『心』 | 『高堂巓古 Officia Blog』
Fri, December 31, 2010

『心』

テーマ:箸やすめ

 人は心と躯(からだ)から成る。オーケストラに例えるなら、心が指揮者で、躯が楽器といったところが一般的なのかもしれない。ところが、仏説では「心に心許すな」と説く。いますこし言葉を継ぐと、心を指揮者として扱わず、他の何かが指揮する姿を感じなさいよと私は解釈している。指揮 を視ずに、心が心で勝手に奏でる情態を我と呼ぶのであろう。




 庭球界では、ナダルが「心は鍛えるものではない」と発言していたかとおもうが、この視点はたしかである。メンタルトレーニングと言った時点で、心が指揮者になってしまう。心と躯は楽器なのだ。心相手に妄想しているくらいなら、銀座『いわしや』 で魚を堪能されてはいかがであろうか。食は心と躯を調律 する。


『庭球四十八手』-photo.JPG


 さて、今年は に焦点をあてた。躯が言葉よりも豊かという点に惹かれてきた一年であった。躯も心と同様、装飾的である。しかしながら、心は言葉と絶えず同居せざる得ない節があるのに対し、躯は言葉の束縛から比較的自由な面がある。未知の感覚を躯に拡散 させておいて、言葉でもってここに限定する稽古は、来年以降も続けていくつもりである。



 よいお年を。





☆.。.:*・°美 Tenni Style ☆.。.:*・°    ☆.。.:*・°美 Tenni Style ☆.。.:*・°   ☆.。.:*・°美 Tenni Style ☆.。.:*・°



高堂 巓古さんの読者になろう

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

SNSアカウント