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ビジョンクエストの”I”

NPO法人ビジョンクエストの”I”のブログです。

想ったこと、感じたこと、気づいたことを、なんとな~く書いていきま~す♪

う~ん、えらいことになった。(「大変なことになった」の意ですが、名古屋弁?)

今、朝の5時半。。。

なんと!毎朝5時に起きてパソコンに向かうことになってしまったのです。(@Д@;


昨日、夫婦でミーティングをしました。

我が家では月に数回、家のことや仕事のこと、不満なことやこうして欲しいことなど、いろいろ話し合う時間を持っています。

例えば気に入らないことがあっても、その場では感情的になってうまく伝わらないこともあるので、お互いに相手の話を聞ける状態で話す時間を持つためです。

でも、たいていは庭の草取りをいつやるとか、どっか遊びに行きたいとか、そんな話ですが、昨日は大変なことが決まってしまいました。それが「朝5時に起きて、一緒に体操をした後、パソコンに向かう」という約束です。


私はめちゃんこ夜型です。寝るのはいつも1時2時・・・。

朝は6時半に起きて、一緒に「若さの泉」という体操をするようになっていましたが、二度寝することもあったりして。

(そういえばこれを決めたのも8月15日のミーティングでした。)

ちなみにこの体操は「若さの泉―5つのチベット体操(ピーターケルダー著、河出書房新社)」という本を読んで始めたものです。10分くらいの体操だけど、やると気持ちが良い♪

でも、6時半と5時は大違い!

では、なぜそんな約束をしてしまったのかと言うと・・・


>>>ここで朝は時間切れ。続きは次回へ☆

昨日、ディズニー・シーへ遊びに行きました。

私はランドよりもシーの方が落ち着いてて好きです

ディズニー・リゾートは、ゲストを楽しませることに徹底しているところがスゴイと思います。

「隙がない」と言うか、嫌な思いをすることがほとんどありません。

(ちょっと待ち時間が長いことはあるけど。)


最初にゴンドラに乗ったとき、そこで働く人達をみて夫が「全員、石田純一にみえる」と言い出し、私もそれを否定できなかったのには笑いました。

顔が似ていると言うのではなく、あの口角をあげて笑いが張り付いたような表情が共通していて・・・。

きっとものすごく練習したんだろうな~。

それでも人間だから、悲しいことやつらいこともあるだろうけど、仕事に対するプロ意識だよね。


ディズニー・リゾートで働いている人達は、教育もさることながら、ビジョン(仕事の目的)がはっきりしてるように思う。

自分達がゲストに対して何を提供するのかをよく知ってる。

だから、ひとりひとりの行動がぶれず、隙のない力になってる。

そして全体として心地よい場が作られているんだと感じました。

話題の「タワー・オブ・テラー」も55分待ちして体験しました。

(11時頃に入場したとき、すでにファストパスは売り切れていて、並ぶしかなかったので・・・)

そんなに高くないから落ち感(?)はいまいちだけど、演出が凝っていておもしろかったです。

歩き回って足が疲れたけど、たまには良いよね~♪

先週の週末、金・土・日と「リコネクティブ・ヒーリング」のセミナーを受けました。

セミナーの内容についてもいろいろ書くことがあるのですが、その前に「あらら・・」と思う出来事がありました。


セミナーに出席するためノートを探していました。

どんなセミナーかよくわからなかったのですが、一応メモを取りたくなった場合のノートです。

古いノートでも空いていればいいやと思い、適当なのを持ってでかけました。


電車の中でそのノートを見ると、昔のセミナーやセッションに出たときのメモが書いてあります。

懐かしくて「あぁ、こんなことあったなぁ」と思って読んでいたら、ひとつの言葉が!!


「怒ることで人をおびえさせ支配しようとする」


げげげっ!

昔、何かのセッションで自分のパターンに気づいて書いたメモです。


でも、今と変わらないじゃん☆o(;△;)o

メモの日付は平成11年6月13日となっています。

7年以上前ですよぉ。

気づいていながら、変わってない!!しかも、忘れてるーっ!!


私の場合、怒りを直接ぶつけるのではなく、「思い通りにならないときに不機嫌になる」という嫌な奴なんです。

無言で不機嫌になるので、そばにいる人は怯えまくり~。

さすがに外では減ったと思いますが、一番被害を受けているのは家族ですね(外面は良いので)。

反省しました。


本当に変わるのは難しい。

でも、意識して注意するだけで、パートナーと仲良くできたりするんですよね。

そして自分も楽しく生きられる。

本当に気をつけよう!!


セミナーの内容については、また次回書きます~♪

でも、出席する前から、とっても大事なことに気づかせてもらえました。”感謝”


先週月曜日、我が家の猫ミミちゃん(♀:16歳半)の様子がおかしくなりました。

力んでもうんちが出ず、舌を出してハッハッと呼吸しています。

触れるのを嫌がるので、ただ見ているしかなく、翌朝、ネットで近所の獣医さんを探して連れて行きました。

(昨年11月に引っ越して、以前の獣医さんへは連れて行けないので)


診察中にちょうどおしっこをしてしまったので尿検査、それから血液検査、レントゲンとひととおり診てもらった結果、腎障害とのことでした。腎機能が低下しているため、水分が尿の方に出すぎてしまい便秘になるようです。また、腰椎のひとつが変形しているので、下半身へ繋がる神経を圧迫している可能性があり、触られるのを嫌がるのだろうとのことでした。

「腎障害を治す方法は?」と聞くと、「一度悪くなると治す方法はない。食事療法などで、悪化するのを防ぐ程度」と言われました。


溜まっている便を出すため浣腸することになり、先生はそのまま入院させることを勧めてくれました。家まで連れ帰る途中で便が出てしまう可能性があることと、状態が急変する可能性があるためだそうです。

でも、気の弱いミミちゃんを知らない場所の狭いゲージに入れる気にどうしてもならず、連れ帰ることにしました。


家についてから便が出て、あちこち汚しましたが、それは拭けば済むことです。

不安だったのは、「状態が急変する=死」でした。

しかも、ミミちゃんは全く眠りません(猫なのに・・・)。

いつもなら口元や耳のあたりを撫でると、私の手にあわせて首を動かしたり目を閉じたりするのに、目をまん丸に開いたまま、ものすごく緊張しています。私は、「いつ”死”がやってくるのだろう」と考えながら、ただ傍にいるしかありませんでした。

翌日も仕事を休んで様子をみることにしましたが、やはり眠りません。

ただ、キャットフードを少し食べたので「大丈夫かも?」と期待しました。


そして、木曜日はどうしても仕事を休むことができず、家を空けることにしました。

仕事帰りの電車の中で「家に帰ったら冷たくなってるんじゃないか?」と思いながら、一昨年失ったモモ(♀:享年14歳半)や去年逝ったピンク(♀:享年14歳半)のことを考えました。


モモやピンクは乳腺腫瘍という病気だったので、通院しながらだんだん死を覚悟していきました。どちらも「今日だ」というのを感じたので、一緒にいて看取ることができました。逝ったときは確かに悲しかったと思います。ひとしきり泣いた後、動物霊園で葬儀をしてもらいました。

でも、今回とはちょっと違う気がしました。


『喪失感』がものすごく強いのです。ペットロスってこういうことなのかもしれない、と少し思いました。

モモやピンクが逝ったときは、まだミミがいました。でも、ミミを失ったら家に帰っても、誰も出迎えてくれない。動くものが全くいなくなる(夫は別として・・・)。「そういうことなのだ」と思いました。


失うことのつらさって言うのは、「自分と相手との関係性を失うつらさ」かもしれません。非常に自己中だと思いますが、私は、3匹の猫達に「家にいて、時々自分に甘えてくれて、抱いたり撫ぜたりできて、癒してくれる存在」を求めていたようです。最後のミミがいなくなることに直面したとき、そういった存在を失うことをつらく感じたのです。

もちろん、また別の猫を飼うこともできますが、この16年半を共に過ごしてきた子はもうどこにもいません。


それでも受け入れていくのだろうと思います。これが猫でなく、家族やパートナーであっても同じですよね。

失うことはつらいけど受け入れる。そして、相手が与えてくれた多くのことに「ありがとう」と言いたい。そんな風に想っていたら、電車の中で涙が出ました。


さて、その後、ミミちゃんは少し回復しました。腰のあたりはまだちょっと心もとないのですが、猫らしく眠るようになり、ご飯も食べ、おしっこも出ています。うんちがあまり出ていないのは心配ですが、頭を撫でると気持ちよさそうに目を閉じたり、頭を手に擦りつけたりします。治ったわけではないので、またいろいろあるかもしれませんが、覚悟はしました。

『己を尽くして、天命を受け入れる』って感じかな(*^.^*)


ミミちゃんが逝く前に、彼女が私にくれたものに感謝することができてよかったです。すでに逝ったモモとピンクにも心から「ありがとう」と言いたい、と思います。


今日、高尾山へ登りました。

と言っても、ケーブルカーで上がっただけですがo(^▽^)o


お天気は雨上がりの曇り空でしたが、風が心地よくて良い散歩になりました。

ケーブルカーは日本で一番の急勾配ということで、下向きに座っているとおしりが滑り落ちそうになるほど。

途中、トンネルをくぐったりして景色はあまりよく見えませんが、一気に山の中腹まで運んでくれます。


少し歩くと開けた場所にでて、街が一望できました。


高尾山からの景色1


撮影技術がいまいちなので見難いですが、遠くには新宿の高層ビルが見えました。(写真には写っていませんね。)


1時間ほど歩いて途中の神社にお参りして戻ってきたのですが、道には大きな杉の木がたくさんありました。どの木も「神木」と言ってよいほど大きくてたくましく、雨上がりの夏の緑はとっても心地よく、自然と呼吸が深くなります。

眺めの良い場所に戻ってベンチに座り、靴を脱いで足を土につけました。

これは、夫に教えてもらった方法で私達は「アース」と呼んでいます。

身体の中の余分な気やエネルギーを大地に流す(アースする)という意味です。


最初にこれを教えてもらったとき「土に直接足をつけるのは子供のとき以来だ」と驚いたことを覚えています。

大人になると靴を履くのがあたりまえで、「はだしになる」ってことがまったくありませんよね。

恐る恐る足を土につけると、なんだか足の裏がジンジンして本当になにか流れていくような感じがします。

ただ、場所によって逆に土から身体の中に流れ込んでくるようなところもあります。

また、流れ方も場所によって違います。

本当は額を土につけるともっと良いのですが、人前ではちょっと恥ずかしくてできません。

でも、額を土につけて5分くらいすると軽い頭痛なんかはなおってしまいます。


高尾山のその場所は、あまりジンジン流れていくという感じではなかったのですが、見晴らしの良い場所でかすかに虹も見えて、とてもリラックスできたように思います。


そうしている内に日が沈み、街の灯りがつき始めました。


高尾山からの夜景

夜景を写真にとるのは本当に難しいですね。

ナイトスナップモードにしたのですが、こんな感じです。

実際にみると、とってもきれいな夜景でした。


自然に触れるって、やっぱり素敵ですね。

「アース」は皆さんにもお薦めですから、機会があったら試してみてください!!

ゲド戦記、観てきました~。

TVで特集組まれたり、宣伝もよくやってますよね。

宮崎駿監督の息子、宮崎吾郎氏の初演出作品ということで、話題にもなったし。

私は観るかどうか決めてなかったのですが、夫(いるのですねぇ~、そのうち紹介しますね☆)が観たいと言い出したので一緒に行きました。

もし、これから観る予定で感想を知りたくない人は、以下を読まない方が良いかも。




公開翌週の土曜日だったので、「混むかなあ~」と早めにチケットを買ったのですが、結構ガラガラ。(う~ん、そんなもんか?)

公開前にクマ(E子)とヒヨコ(Rちゃん)からいろいろ情報はもらったけど、公開後の評価はまったく知らない、ニュートラルな状態で観ました。


で、結果。。。私にとっては「二度と観ないだろう」作品という評価です。

(この表現、難しいよね。「全然駄目」「最低」と言っちゃうのもねぇ・・。)

他のブログとかで評価をみると、可もなく不可もなくってのが多い感じでした。

アニメの映像的な点を評価している人もいたけど、私はそういったところはよくわからないのでご容赦ください。


「登場人物の誰にも共感できなかった。」というのが、実感です。

主要な登場人物が6人いると思うけど、ぎりぎり理解できるのは悪い魔法使いのクモくらい。

後は皆「何考えてるかわからない」って感じ。

そんな人物が、セリフだけは「命」とか「生きる」ってことを語るの。

まるで、伝わってこない。

登場人物の想いが言葉として出てくるんじゃなくて、そういうセリフがあるから語ってるって感じ。

(声優が駄目っていうんじゃないよ。)


同じ言葉でも言う人によって受け止め方って違うよね~。

その人の想いとか生き方が伝わってこないと、どんなに大事なことを言っても心に入ってこない。

そんなことを感じちゃった。


原作ではそういったものまで描かれてるのかもしれないけど、2時間程の映画では無理なのかなぁ。

指輪物語やナルニア国物語も3部作だものね。

それをやっちゃった、ってとこが苦しかったのかも。

人が農作物を育てなくなった理由とか、光と影が分裂したこととか、突然人が竜になっちゃうとか、・・・訳わからなかったなぁ。

それでも、作品として世に出すからには、もう少しなんとかならなかったのか、と思えてならない。


私にとって映画って感動を求めて観るものだから、残念。

まぁ、実写の映画でもハズレはよくあるけど、ジブリ作品はこれまでハズレがなかったから、期待しちゃったのかな。

ちなみにジブリ作品で私が好きなのは「耳をすませば」なの。少数派だよね~、きっと。

宮崎駿作品では、「ナウシカ」だけどね。(あれは、何度観ても同じ場所で泣ける☆)


感想あったら教えてください♪

我が家の猫、ミミ(♀:16歳6ヶ月)を紹介します。


ミミちゃん

いつか紹介しようと思っていたのですが、先週急に腰砕け状態になりびっくり!!!

後ろ足がちゃんと立たなくて流れちゃうんですよね~。

夜8時過ぎだったし、引っ越してからまだかかりつけの獣医さんを探していなかったので、あわてました。

でも、一度抱き上げてから床に降ろしたら、普通に歩き出しました。

「ブログで紹介する前に死んじゃったらどうしよう」と思い、早速掲載☆


2年前までモモ(♀:ミミと姉妹)とピンク(♀:モモの娘)の3匹の猫を飼っていましたが、一昨年モモを乳腺腫瘍で亡くし、昨年はピンクを同じく乳腺腫瘍で亡くしたため、今はミミだけです。

高齢なので、今はひたすら寝る日々ですが、「死んじゃうかも」と思った時、猫のいない我が家を想像してしまい、そのさみしさ(空虚感)に”ぞっ”としました。

一人暮らしを始めた3年目に飼い始めて、もう16年以上。。。その間私をみつめ、癒してくれてるんだなぁと思いました。


いつかは逝っちゃうけど、それまでの時間を大切にしたいな。



ずいぶん間が空いてしまった・・・。

ブログを始める前に心配していたことが、やっぱり起きたなぁ。


実は、私はパソコン嫌いなのです。

過去にはコンピューターのプログラマを生業としていた時期もあるのだけど、やっぱり好きじゃないみたい。

ブログのことは気になるけど、パソコンを立ち上げる気持ちになかなかなれない。


昨夜、友人ウサギ(S子)とパスタを食べながらいろいろおしゃべりしました。

彼女もブログを待っていてくれるひとりだけど、全然更新してないから「本当は書きたくないんじゃない?無理してるんじゃない?」って、ずばっと言われてしまった。


確かにそうかもしれないけど、「じゃぁ、やめる」と言う気にならなかった。

はっきりしない私に、ウサギはいろいろ聞いてくる。

その問いかけに答えながら、とっても大事なことに気づくことができました。


それはね☆

私には「本当にやりたいこと」があります。

それが何かっていうのは、おいおい書いていくと思うけど、それをやっているとき私はとっても元気で楽しくて、もう一生続けたいと思うの。

それをやってる自分をイメージするだけで嬉しくなっちゃう。

でも、今は簡単にできない。

それは関わる相手が必要なことだから。。。


そして、それができるようになるために、ブログを始めたんだと言うことに気づきました。

だから、パソコンは好きじゃないけど、心のどっかで「やろう」と思ってることに。


でも、その気持ちを忘れてたんだよね。

ただ、「書き始めたから続けなくっちゃ」みたいな無理をしていた自分がいたみたい。


今は少しつらくても、未来のために頑張るって、結構心地いい。(変?)

この気持ちを忘れないで書いていきたいと思います。


ウサギに感謝!!

こういう友人がいてくれる、ってことが私の力になります!

ありがとう!!!





何度も失敗しました~。

記事を書いてる最中に、他のHPを覗いたら、書いてた原稿が消えてしまった・・・。

2回連続で失敗し、3回目は「下書き保存」したつもりが、タイトルを入れてなくて、やっぱり消えてしまった・・・。

あぁ~、やっぱりいろいろ経験しないと駄目なのね。


また頑張って書くつもりだけど、気分をかえて写真の貼り付けなどをやってみよう!


今日は、午前中晴天で布団を干したけど、昼から大荒れでしたね。

雷で電車も止まったみたいだけど、夕方の雨と雷のあと、すぐ日差しが出たので東をみたら、でました!

「虹」が!

で、写真に撮ってみました。

我が家から見た今日の虹で~す。


虹


我が家は東京都ではありますが、かなり田舎です。

先週の土曜日、NHKで夜「東大の教養」という番組をみました。
タレントの「爆笑問題」と東大の教授が「教養」についてディスカッションするみたいな感じだったけど、途中から見たので、何をしようとしているのかはいまひとつ・・・。
ただ、エンディングで「教養とは・・」って文字がでて、番組の中ででてきた言葉とかが羅列されたのをみて、私の想う「教養」について考えました。


「教養」って言葉から一番に出てくるのは、美内すずえさんの漫画「ガラスの仮面」なんです。

主人公の北島マヤが「ふたりの王女」で王女アルディスを演じるとき、生まれながらの王女が理解できず苦労しているとき、昔アルディスを演じたオペラ歌手のアドバイスを受けます。

そのアドバイスの中で、野の花を見て(このあたり少々うろ覚えの記憶です・・)、「この花の名前はご存知?」とマヤに聞きます。マヤは恥ずかしそうに「知らない」と答えます。

それに対して「花の名前を知っていることは知識です。でも、名前を知らなくても、この花を見て美しいと感じることはできます。その感じる心が教養なんです。」みたいなことを言ったように思います。(かなり怪しい記憶です。本当は漫画喫茶へ行って確認しようと思っていたのだけど、どんどん日が経ってしまうので・・・。私の印象ですから、ご容赦ください。)


実はその頃の私は「雑学好き」で、いろいろ知っていることが人として素晴らしいと思っていました。

華道をやっていたこともあって、花の名前とかを結構知っていて、花を見ると「あ、これは○○」なんて思っていました。

そんな私には衝撃的だったんです!

花を見て、それが美しいとか可愛いとか思う前に、名前が浮かんでしまう自分。

私は知識で花をみていただけで、心で見ていなかったんだと気づき、そのことに愕然となりました。

それからは、意識的に「私はこの花をみて、どう感じてるんだろう?」と自分に確認するようになりました。


もうひとつは、これもコミックなのですが、槇村さとるさんの「おいしい関係」で主人公が麺類を食べる時、音をたててすする場合と音をたてない場合があって、その理由が「一緒に食べている人に合わせている」と言うシーンです。

これは、麺をすすることに不快感を感じる人がいることを知識として知っていることが必要です。でも、スパゲッティだから音をたてないのがマナーと決め付けるのではなく、「相手に合わせる」というのがスゴイと思います。


つまり、まず相手を感じること。そして、より相手を感じ・知るために知識を持つこと。

それが、私の想う「教養」かな。

「教養」って言うと固くて、とっつきにくい言葉だけど、これってコミュニケーションの核ですよね~?


昔の私のように、知識だけのコミュニケーションは表面上うまくいっても、深い関係になるのは難しいです。いつか化けの皮が剥がれる・・・(経験済み)。

その時、その場の相手を感じるのって、とっても難しくて、しょっちゅう失敗するけど、感じられたときは、すっごく嬉しいし楽しい!!
この番組をみて、久々に「相手を感じることの大切さ」を再認識しました。