本来定期的に開催しなければならない取締役会。しかしそんなものをキッチリやろうという当社社長ではなく、自分の思い付いたその時にちょっと来いといってちゃちゃっと話をして終わり。それならまだいい方で、たいていは自分一人で勝手に決めてしまって、社員は誰もそのことを知らず後から大混乱。それが当社の姿だった。
僕が専務になって社長の行動にちゃちゃを入れるようになってからは、煙たくなったようで、自分勝手な振る舞いが少なくなった。
株式の7割を持ち、それに対し僕は一株も持たない。そんな状況下で従順でもない僕を解任できないのは、義理の息子であり、また僕が社長を会社運営のプロセスから排除するように仕向けたから。
僕がこの会社に請われて来た時は、社長の近視眼的な、自己のプライドに任せた奔放で杜撰な経営が原因で債務超過の銀行管理下の危機的状態だった。それにも関わらず、あいも変わらず薄利多売の売上至上主義を変えようとしない社長からこの会社を救うには、経営の決定プロセスから外れてもらうしかないと考え、「ワシはもう口出しせん、勝手にやれ(るもんならやってみろ)」と言って会社に来なくなったのが2008年の秋。本人が驚いたことに、その期とその翌期は見事増益となり、銀行の信用が大幅に回復した。
自分がいなければダメだと思い込んでいた威信が脆くも崩れ、僕にほとんど何も言わなくなった。
しかし自社株を一株も持たない僕の地盤はあまりにも軟弱で、いざ揉めた時は議決権を後ろ盾にされるとどうしようもない。開こうとしない取締役会の開催請求をして本日の開催にこぎつけた。
僕の半ば強引な手法に言い争いにもなったが、結局は僕の意見に折れる形になった。方向性は決まった。今後は株価を決定し生前贈与をどのように進めるかだ。
僕が専務になって社長の行動にちゃちゃを入れるようになってからは、煙たくなったようで、自分勝手な振る舞いが少なくなった。
株式の7割を持ち、それに対し僕は一株も持たない。そんな状況下で従順でもない僕を解任できないのは、義理の息子であり、また僕が社長を会社運営のプロセスから排除するように仕向けたから。
僕がこの会社に請われて来た時は、社長の近視眼的な、自己のプライドに任せた奔放で杜撰な経営が原因で債務超過の銀行管理下の危機的状態だった。それにも関わらず、あいも変わらず薄利多売の売上至上主義を変えようとしない社長からこの会社を救うには、経営の決定プロセスから外れてもらうしかないと考え、「ワシはもう口出しせん、勝手にやれ(るもんならやってみろ)」と言って会社に来なくなったのが2008年の秋。本人が驚いたことに、その期とその翌期は見事増益となり、銀行の信用が大幅に回復した。
自分がいなければダメだと思い込んでいた威信が脆くも崩れ、僕にほとんど何も言わなくなった。
しかし自社株を一株も持たない僕の地盤はあまりにも軟弱で、いざ揉めた時は議決権を後ろ盾にされるとどうしようもない。開こうとしない取締役会の開催請求をして本日の開催にこぎつけた。
僕の半ば強引な手法に言い争いにもなったが、結局は僕の意見に折れる形になった。方向性は決まった。今後は株価を決定し生前贈与をどのように進めるかだ。