FarEast of Latin=極東の大秦=大十=ヤマト=扶桑=日夲 | Violet monkey 紫門のブログ

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十字架の国  1998 不思議の国、ZIPANG

 
 

FarEast of Latin 
十字架の国
紫門 圭♂vimonkey@hotmail.com
第二章    僊人居之
六、 奉る(たてまつる)木


 晋作の動きがまた止まった。またしても往っちまうつもりか? …いや、今回は違ったようだ。すぐに小さく「あっ、…」と呟くとみるみる眉間に皺が寄ってきて鬼のような形相に成ったかと思うと今度は目を硬くつむり、自分の頭を叩き始めやがった。かなり強く叩いている。何かを思い出そうとしているのか? やがて動きが小さくなって、低い唸り声まで上げ始める。声をかけても答えない。一分…二分…なんだか俺が大の大人をいじめているようカッコになってきた。と、晋作は、突然がばっと顔を上げる。何かが吹っ切れたのか「ホウだ!」と、叫ぶ。見ると生まれ変わったような顔つきで歯をむき出して笑っている。…ぶ、不気味だ。目の輝き方が尋常ではない。何か大きな変化が晋作の中で起こったようだ。まったく、見ていて飽きない男だが、理解には相当に苦しむ。
 「わかったよ…やっとわかった…『奉(ホウ)』だったんだ…ありがとうタケちゃん! 繋がったよ完璧だ。やっと繋がったよ。」
 何を言い出すのかと思えばさっぱり分からんことを口走っている。俺の怪訝そうな顔つきに気がつくと、晋作は機関銃のように喋り始めた。
 「そうなんだよ。ずっと後の時代だったんだ。象形文字から漢字と云う文字に移行する時に、何らかの意思が『早』と『楽』から『くぬぎ』の意味を奪い去ったんだ!」
 「まあ今まで通用していた文字の意味を転換させるんだから、それなりの理由はあったんだろうな…」
 「それに、神話が民族に残された記億の断片から創作された部分があると考えれば、『早』は、太陽である『日』を、『十』と云う符合で示していた名残りだと云う可能性も考えられるだろう。だからこそ日と十の合成された『早』と云う文字で最初は表現した…」
 「…太陽を『十』と書いていた? …が為に、『10個の太陽』説が生まれたって言うのか?」
 「だって誰が見たって『早』の文字は日が十であることを示しているじゃないか。むしろ『十』の国から昇る『日』の象形と解釈した方がぴったりだ。
 それに『十』は『八十(やそ)』や『五十(いそ)』のように『そ』とも読む。これらは『早』や『草』の音読みである『ソウ』の名残ではないかな?
 それに日本では『日下』と書いて『くさか』と読む地名も残っているだろ。それは『日』を『草(くさ)』と書いていた名残じゃないのか? 『草加せんべい』は『十下(そうか)せんべい』なんだよ!
 それに、見ようによっては『早』はエジプトのクルクス・アンサータ(輪頭十字)にそっくりだろ。それに科学記号のメス(♀)のマークにも見えるじゃないか。言わば太母神のマークそのモノだよ。『早』は太陽の象徴、豊穣の女神だったのさ。どおりでシャロンの薔薇も繋がる筈だよ。タケちゃんの言う通りだったんだ。みんな女神様だったんだから…」
 暴走が始まっちまった。遂にエジプトの太陽神まで引っ張り出してきやがった。ここはひとつブレーキをかけてやろうと俺が口を開きかけると…晋作は身を乗り出して俺の口を手のひらで押さえ込んでバッチンとウィンクしやがった。
 「だからね、ちょっと黙って聞いて欲しいんだけど…仮に『扶桑』の桑が太陽や太母神を意味する『十』と書いて『扶十(フソウ)』としていたと仮定すると『扶』も解けるんだ。『扶十(フソウ)』の意味は『奉る(たてまつる)』と云う文字に収斂される!」
 ……もう誰にも止められそうに無い。
 「『奉る(たてまつる)』だって? 『扶桑』の『扶』は『扶ける』って云う意味だったろう。『たすける桑』や『たすけるくぬぎ』では不満なのか? 晋作の説を取って『たすける太陽(サン)』でも『たすける十』でも良いじゃないか。」
 「いや、まだ不十分だ。なんて言うのかな…『たすける』では神聖さがぜんぜん足りないんだ。」
 「ならば宗教的に『救う』ことも『扶ける』だったよな。『救いの太陽(サン)』でも『救いの十』でも良いじゃないか。…あれれ? まるっきり『救いの十字架』、キリスト教みたいに成っちまった! んな訳無いよな。」
 「それだよ、それ! すばらしいぜタケちゃん! 最高だ! その通りだよ! まさしくドンぴしゃだ! …まあ、だまされたと思ってさ、漢字源で『奉る(たてまつる)』って言う字を引いて見てくれよ。なんだか今、『彼』がやって来ちまったような気がしたんだ。一瞬先の事がわかっちゃったんだよ。『扶桑』の封印を解いちまったみたいだ!」
 彼? 誰も来ちゃいないのに…わけのわからんことを晋作はまくしあげる。今思えば、芸術家がインスピレーションを受けた時のように、『忘れないうちにアウトラインだけでもメモしておきたいんだ!』 とでも叫んでいたのかもしれない。
 「やれやれトンデモ無い漢字博士が居たもんだ。漢字源もこんな使われ方をするとは思わなかったろう。



 …ほれ、出たぞ。『たてまつる。両手でささげ持つ。また、手でささげてさしあげる』…か。これが『扶』に対応するってんだな。確かに『扶』には『そえ木を当ててささえる』とあったが…」
 晋作はちっちっちと人指し指を横に振りながら憎々しげに言った。
 「凡人と天才の差はまさしくここなんだよな~」
 「何言ってやがる! さしずめ晋作なんぞ、駄洒落の得意な天才バカボンのパパさんじゃないか!」
 「駄洒落だてぇ? ちっちっち、語感センスの申し子と呼んでもらいたいね。あえて言わせてもらえば俺は、ハジメちゃんだね!
 いいかい、『扶』の右側の『夫』が『奉る(たてまつる)』の上の部分に対応しているんだよ。横棒が2本か3本かの違いだけだ。それに『扶』には手偏が付いているのだから『そえ木』ではなく『両手でささげ持つ』って云う意味の方が自然なのさ。いわば『扶』が『捧げる』の略字だと解釈した方が良いかもしれないな。」
 「おい、桑の木やら『くぬぎ』を捧げ持つのか? 担いだって大変な仕事だぞ。それを両手で捧げるなんて無茶だよ、。」
 「そんなモン棒げ持つワキャないだろ! …いいからその『奉』の字やら亀甲やら何やらにそういった図柄があったんだろうな。
 でも十字架がキリスト教のシンボルに成ったのは3世紀以降のことだと言われているから、漢字の創生期である殷の時代にお宝を十字架で表現するなんてのは実に不思議だね…と、思うだろ。ねっ、タケちゃん。」
 「………」 頭の中が白くなりかかっていた。晋作はお構いなしに喋り続ける。
 「あっははは、腰でも抜かしたか? …でもね、世界的な視野に立てば十字型の象徴なんてキリスト教以前に腐るほどあったことも事実なのさ。マルタ島のマルタクロスは言うにゃ及ばず、地中海沿岸諸国からメソポタミヤに至るまで、シンボルとしての十字模様はいくらでもある。アメリカではスペイン人の征服者は、インカ人やアズテック人によってシンボルとされた十字架を発見しているし、日本でだって沖縄の超古代絵文字が書かれているロゼッタストーンには十字が刻まれていた。最近では青森の三内丸山遺跡から発掘された平状土偶なんて完璧な十字型で、これなんか 5000 年前の物と推定されている。面白いのは九州の島津家の紋章で、キリスト教が伝来した時に、キリスト教に間違えられない様、もともと十字の紋章だったものをわざわざ丸で囲って丸に十字の紋章にしたと言われているんだぜ。
 …さあ、ビックリしてるところを申し訳無いんだが先へ進もう。もっとびっくりさせてあげるからね。今度は『太』を引いてくれよ。大に点を付ける『太』だ。・・タ・ケ・ちゃん! 大丈夫?」
 「…あ、ああ。『太』だな。」
 真っ白な頭でキーを打つ…『太』が表示された。俺はざっと辞書の内容を流し読みして言った。
 「えっと…『太』は太いと言う意味で、『泰』の略字とあるぞ。」
 晋作は液晶を鷲掴みにしてぐぐっと身を乗り出した。
 「それだよ! 『太』が『泰』の略字ならば漢字を構成するそれぞれの部品はどれに対応する?」
 「ん? えっと…あれれ…『泰』の上の『三+人』が『大』になって、『水』は点になって…『太』に成っているんだな。」
一瞬、俺の頭の中に、飛び去って行く龍の尻尾が見えた…と、思ったら晋作のモヒカンだった。白昼夢のまばゆい世界が一瞬で極彩色の現実に切り替わる。入道雲が天空に膨れ上がる。雲の切れ間から一条の光が差込む。テーブルがみるみる明るく輝き始める。振るえが止まらない…天使が舞い戻ってきたんだ!


 「そうか…晋作…解かったぞ。…『奉る』の下の部分が十字架を暗示する。(図解-2.F)上の『三+人』の部分は『大』の元字ってことだ…」 (図解-1)
 「そうそう…」
 「つまり『奉』は『大十』ってことになるじゃないか! 違うか!」 (図解-2.A,F)
 「そうだ!」
 「…そうなると富本銭に記されていた『ヤマト(大十)』、つまり『夲(とう)』と『扶桑』は共に同じモノを示していることになるんだな!」


 長い穏やかな沈黙が訪れた…かすかな風が、まわるシーリングファンから吐き出され、この店全体が深海のアンコウの腹の中に取り残されたかのようだ。窓辺の花は時間を止めて、『君は美しい』、と、言われるのをただじっと待っている。クウソクゼーシキゼーシキソククウ・クウソクゼーシキゼーシキクウソク・クウソクゼーシキゼーシキクウソク…だが、満面に笑みを浮かべて沈黙を突き破ったのは晋作だった。
 「うっほほ~い!」
 …まるっきりアラレちゃんである。
 「正解だよタケちゃん。『扶桑』は確かに『ヤマト(大十)』、つまり日本を指していたんだ。だからこそ始皇帝は徐福の大法螺を信じたんだよ!
…ああ、やっと解けたあ…もしかしたら天武天皇は『富夲』と書いて『富奉』としたかったのかもね…」
 晋作は目に涙を浮かべていた。わからないではない。感動しているのだ。
 「…大きな十は、救いの十字架だったんだな! ラテンも大秦も…」
 なんだか知らんが二人とも感極まって両手をがっしりと握り合っていた。隣の席のおばちゃま達が指を指してまた笑っていたようだ。思わず俺も我に返った。頭に体中の血液が大集合を掛けているようだ。恥ずかしさで顔が熱くなってくる。あわてて晋作と絡めていた手を引くと、どう云う訳か晋作も引っ張られて付いて来た。晋作の間の抜けた顔が俺の顔の上で笑ってる。口の回りのミートソースが拭き切れてない。態勢を崩した晋作はその手を握りこぶしに変えて立ちあがってしまい、ひとしきり熱く演説を打った。
 「思えば長いこと『扶桑』について考えて来た。俺は今、モーレツに感動してる!」
 まるっきり星飛馬が入っている。時代が古い。モーレツなんて死語を未だに使う人間も珍しい。霊能者であればその目に炎が見えたはずだ。