前編の投稿が9月18日だから、2カ月と11日か..絶望

 

 

9月と10月は落ち着いてブログが書けませんでした。反省タラー

父との生活はなかなかのストレスで、丸3カ月を過ぎてからその疲れが出てしまった感ありという泣

 

まずはさらに体重が減りました右下矢印しかし、長い間なかなか減量ができなかった私にとっては、ある意味、怪我の巧妙と言えますがね(笑)ニヤニヤ

 

そして毎日軽いめまいが続き、少しでも時間がある時は、後の予定に備えて昼寝をしないと夜までもたない。一日中頭がボ~っとし、とにかく眠い日々...家族で車で遠出をすると、高速道路上を運転しながらウトウトしてしまう始末でしてチーン

 

そんな中10月には、子どもの頃から大好きで姉のように慕っていた母方の叔母が体調を崩し入院。その後急性の病により、今月初めに旅立ちました悲しい

 

でもね、叔母の入院中の約一カ月は往復6時間をかけて、何度も見舞いに行くことができました。亡くなる10日前が最後になったのですが、その時はこれが最後になると言う予感もあって、ある意味達成感のようなものまであった。

 

だからね、後悔はないんですクローバー母が亡くなってからの5年間はほぼ毎月、里帰りも兼ねて私に逢いにきてくれましたからね。

大人になってから過ごした叔母との時間は、今私の宝物になっていますキラキラ

 

そして諸事情あり、葬儀と火葬を終えた叔母のお骨は我が家に持ち返ってきましたので、私にとってはまさに「おかえりなさい」という状況であり心境でもある家

 

だからね、なんだかうれしいんですよねピンク薔薇

叔母は姉(私の母)と姪(私)がいる故郷に帰ってきた。特にここ数年は、それを強く望んでいたと思うんです。それはねぇ、葬儀の際、叔母の家に泊まって確信しました。

 

一方で父と叔母の最後は、叔母によると口喧嘩だったようなんです。叔母は母の妹ですから義理の妹にあたり、実の妹ではない。父は昔から偉そうで、母方の親戚にも自分の正しさを押し付け、気に入らなかったら恫喝したり口論になったりということもあったようで、決して好かれてはいませんでした。

 

みんな父が怖かったし、嫌いだったと思いますプンプン

 

なのに叔母は毎月来てくれて、家事をしてくれたり、父のお出かけに付き合ってくれたりしていたけれど、やっぱり父がダメなのは、父にとってはそれが当たり前になってしまい感謝できないというところ。叔母を母のように使っていましたもんムキー

 

そして遠方から時間とお金をかけてきてくれる叔母に「これ日当や札束」と言ってお金を渡し、上から目線。金をやってるから、自分の言うことをきくのは当然と言う思考真顔

 

今年の5月、それにブチ切れた叔母は父に言ったそうです。

「私はお兄さんのためにここに来てるんじゃないからねムカムカNaokoに逢いに来てるんだからね物申す

 

家族や身内には、

調子に乗るな

勘違いするな

出しゃばるな

謙虚になれ

と言い続けてきて、自分はどうやねんと...

まぁ~2歳やからしゃーないか(笑)立ち上がる

 

さて、父と暮らし始めて丸6ケ月になろうとしていますが、今のところ同居を決断したことについての後悔はなく、むしろ良かったと思えています。

 

それは父の行動について、なぜ父がそういうことをするのかという理由が少し分かるようになったからです電球でもね、もちろん理解はできません。

 

その理由でそれ、普通はやらんやろという行動ばかりですわガーン

理解はできないけれど父の行動パターンが分かるようになったことで、私の怒りの感情は確実に減ったというのは事実。怒りが、呆れと諦めに変わったという感じかな。

 

そして今ではもう父に対する期待もほぼないので、私の心は随分楽になりました。

 

そんなこんなで、私は少しずつ進んでいます地球

そして決して「VS父」ではなく、「VS me myself」「VS自分自身」なのだということを日々実感しています。同居したことで、私も少しは成長したと言えるかも知れません。

 

でもね...やっぱり父のこと、大嫌いですわ(笑)ドクロ

 

to be continued.

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