ノバリス2回目 | 僕が僕のすべて

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23歳で乳癌発症→温存手術・抗がん剤・放射線治療を経てホルモン療法を8年続けて頑張ってたのに2012年に肋骨転移…だと思っていたら2014年に肉腫だった事が発覚しました。
乳がん治療は発症10年目の2014年に終了したアラシックでコスプレイヤーYellowのブログ。

9時半に病院へ行かなきゃいけないのに痛みで寝れなかった為、
目覚ましが鳴ってても起きれなくて彼が会社行く前に起こしてくれた。

目覚ましで起きれない事は滅多にないので「きっと痛くて寝れなかったんだろうなー」と彼が思ったらしく、
病院は高速使って行かせばいいとギリギリまで寝かせてくれた。

ありがとう。
最近、喧嘩が多いけどいつも感謝してます。

ついでに彼を車で駅まで送って高速使って病院に行きました。


着いて早々に「H先生からお話があるので」と看護師さんに面談室へ案内される。
こういう時って何か悪い報告をされるんじゃないかと緊張します。

看護師さんに「あれから特に変わった様子はなかった?痛みは大丈夫?」と言われたので、
「照射してすぐに皮膚が熱っぽかったり腫れる感じはしますか?」と聞きました。

気のしすぎかもしれないけどそんな感じがしたので…。
「もうすぐ先生が来るので聞いてみましょうね」と言われ数分後にH先生が来ました。

昨日、照射時に撮ったノバリスの画像を見せてくれたんですが、
変化があると言われた腫瘍がやっぱり5mm~1cmほど大きくなってると言われました。

たった2週間足らずでそんなに成長するのか…と思った。
何気ない生活の中で5mm~1cmという長さはとても短いですが、
腫瘍を抱えてる者にとってこの数字はとても不安になる数字で死活問題です。
5mmと1cmでもかなり違います。
5mmの差は大きい。
いや、1mmでもショックを受けるだろうな。

ショックで沈黙した後に「やっぱり進行が早い方ですか?」と聞いた。
「んー…早いっちゃー早いけど照射したからこの進行は止まります。縮小してくるのはもう少し先だけど早め早めに治療していきましょう」と言われました。

次のM大の外来はいつか聞かれたので「主治医が来週に入れたかったそうですが夏休みらしいので再来週です」と言ったら、
「じゃあ、胸水の事もあるし心配だと思うから来週にうちでも採血とレントゲン撮りましょう」と言ってくれた。

縮小していくと言われ少しだけホッとしましたが看護師さんに言った事を聞いた。
「そういう症状がすぐ出る人もいるし、どうしても腫瘍が大きいからその関係で気になっちゃう所はあるかもしれないね」というお返事。

話が終わった後で、
「そういう訳で腫瘍が大きくなった部分があるから照射する箇所を少し変更したいので30分くらい待ってもらわないといけないの。あ、昨日の照射もちゃんと当たってるから心配しないでね。申し訳ないけど少し待っててくれる?(>_<)」
と言われたので放射線科の椅子で待機。

そしたらさっきの看護師さんが来て、
「H先生以外の先生にも聞いてみたけど腫瘍が大きくて皮膚に近いから、そういう症状がすぐ出てくる事もあるだろうなーって言われたよ。H先生はなんて言ってた?」
と聞かれたので、
「似たような事を言われました」と言ったら、
「そっかそっか。心配しなくて大丈夫だからね」と言ってくれた。

技師さんにも待たせてしまった事を謝られましたがK病院は皆さん対応が良いので好きです。
照射が終わったのは10時半過ぎでした。

やっぱり両手を挙げて型をはめると痛みが増して辛いですが、今日は治っていく事を想像しながら照射しました。

そして今日は原爆の日ですね。
入院中にポートの管を夜に抜いて朝にまた入れるというのが地味に痛いし嫌だったので、
「管はそのままにして、明日またそこから点滴入れればいいんじゃない?」と看護師さんに言ったら、
「感染症とかの恐れがあるから出来ないんだよー」と言われた事がありました。

それを聞いて戦時中は医療器具なんて物はロクに消毒もしないで当たり前に使い回しをしていただろうし、
マトモな薬もなかった&足りなかっただろうから色々と考えたら凄く恐ろしくなったのを覚えてます。

戦争は駄目です。
夏になると特に世界中の国々が平和になってほしいと切に願います。

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