働きかけと子供のキモチ | 40歳から子育て♪ de 第二子の幼児教育。〜お姉ちゃんとボクの日常風景。知育は仮説?!実験&検証中★

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2012年9月女児を出産。私もすぐ40歳となり、アラフォーの手習い的子育て&知育を始めました。そして2016年9月に第二子の男児出産。ベビーパーク、家庭保育園、DWE、WKE、ピグマリオンと知育の王道に伴走してもらいながらの第一子育児を糧に、さて第二子育児、どうなる?!

※今回の記事もかなり独り言の要素が多いです。知育系のためになる話でも何でもないく、大した結論もないので悶々とした記事にイラっとする場合はスルーでお願いします。

先日の記事「ポリシーを貫く難しさ」にたくさんのコメントをありがとうございました。
みなさんのアドバイスをお伺いし、私の中で良かれと思っている働きかけ(今回はベビーカー封印)も必ずしも功を奏さない、大人の独りよがりに終わることもあるのだろうなーなんて強く思いました。
(すみません、こう書くと当たり前のことですね)

改めて言うまでもありませんが、子供の発達を促すべく、親が行う働きかけには2つのパターンがあると思います。

1月齢別発達表とにらめっこしながら子供に新しい世界を提示していくパターン。
2子供の肉体的精神的成熟度を見ながら、子供の意思を尊重して進めていくパターン。

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1「月齢発達表とにらめっこ」はごくごく一般的に取り入れられている方法。
生後1カ月後からお散歩を始めましょう、6カ月から離乳食を、1歳で歩く練習を…。などなど。行政からも指導があるし、家庭保育園の指導プログラムもこれ。しまじろうもこれ。
何なら小学校以降の教育プログラムもこちらです。
この方法、漏れなく遅滞なく子供の発達を促すには分かりやすくて取り組みやすいのですが、一方でこのエスカレーターに乗れないと母は恐ろしく焦る、という代物でもあります。
そして盲点は、子供そのものに目がいかなくなる危険を孕んでいることだと。

「○歳でこんなことできなくて恥ずかしい」「発達障害かも?」「将来に影響するのでは?」等々の不安から、つい躍起になって取り組んでしまう、モンモンと悩む、周りに相談しまくる…などなど…子供ではなく、任務遂行に目が行ってしまう状態。

体力云々、年齢云々を振りかざして行った今回の私のベビーカー封印も、こちらのパターンの亜種だった気がします。

そして2、子供の発達を見ながら子供の意思を尊重して進める方法は、最近俄然興味が湧いてきたモンテッソーリ教育や、今本を読み進めている童具館の和久先生などがされる方法。
子供を信じ、その世界を楽しみ、発達を促すというより待って寄り添って見守る…なんていうと素晴らしい方法なのですが、これは手間がかかる!そして親も忍耐が必要!(ここで忍耐なんて言葉が出てくること自体この方法が向かなそうな私あせる
でも多くの尊敬するブロガーさんはこちらよりです。

このふたつの方法は、例えるなら「断乳」と「卒乳」に近い違いかなーとも思いました(ぴっぴたんさんへのコメントのお返事でも書きましたが)。

時期を見て、大人のタイミングでおっぱいを止めるのが断乳。
子供を見て、子供のタイミングでおっぱいを止めるのが卒乳。

断乳は、ハハの体力や気力、保育園スタートや第二子妊娠など、子供の意思とは関係なく止めさせられます。
でもその時には、かなり細かく子供の心のケアをしますよね。数週間前からの言い聞かせや、徐々にフェイドアウトする方法、その後の代替物の用意、など。
(あ、もちろんそんなことしなくてもすんなりできる子もいますが。)

どんなに小さい事象でも、断乳方式を取る時には(かつすんなり行かない場合には)、やっぱりこんな儀式が必要なんだと強く思いました。
相手は子供とはいえひとりの意思を持った人間ですものねー。そして、きちんと話せばわかってくれるのも、それもまたどんなに小さくても人間だなあって思います。

そして、この二つの方法、「私は断乳派!」なんて特定する必要もなく、ましてどちらが良い悪いではなく、どっちもアリだ私!と思える広い度量がハハには必要なんだろうなーなんて感じました。

それは、1の方法で行ってみて「あら?娘ノッテこない?」と思ったら止めて少し娘を観察してみる、知育もヘッタクレも忘れて一緒に遊んでみる、娘がもういいよ~って言うまで抱っこしてみる…とか。

今回のベビーカー封印に対する抵抗も、きっとまだ娘歩ききる自信がないのでしょうね。そして怖いのでしょうね。
道ばたの草や地面の葉っぱに触れながら歩くことを楽しむというところまでいかないようです。

3歳になった、もう体力もある、昼寝もしない=さあ、歩け!ではなく、出掛ける前にお話してみて、今日はどうする?お母さんと一緒に歩いてみる?疲れたら抱っこするよ!みたいなやり取りがあっても良いかなあと。

そして私もベビーカーに逆戻りすることに敗北感を覚えることなく(って覚えてたのか私?)それはそれで娘との時間を楽しむ余裕を持ちたいなあって思いました。

となると、どうしても避けて通れないキーワードが「余裕」。

時間的にも、精神的にも余裕がないことが娘に悲しい思いをさせてしまうことの最大の要因ってことが今回の学びです。

Smileさんのコメントにあった「遅刻をしそうな時、モタモタする娘にイライラするのではなく、15分早く準備しなかったことを反省する」ということをどこまで徹底できるか。

もちろんそれもイバラの道な気もしますが、でも娘への八つ当たりやその後の罪悪感も私を打ちのめすので少しづつ取り入れてみようって思う真夜中のつぶやきでした。

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なんだか書ききってみて、全然新しいこと書いていない、当たり前のことを繰り返し書いているだけって気が付きました。最後まで読んで下さった方、スミマセン。

このブログの趣旨はverify hypothesis~仮説の検証。
(過去記事→40歳の教科書~このブログはこんなことを考えながら書きたいと思います
良かれと思ったことが娘の為になっていない、大して期待しなかったことがメチャクチャ娘に響いている、などといった蓋をあけてびっくりなことを過程を含めて残しておきたい、というのが趣旨なので、過去記事の中には「あー私間違ってたな」とか「う…修正したい」と思うものもありますが、あえて残っていたりします。
(あまりにひどい時は追記で冒頭に記します)
娘の成長記録であると同時に、私の成長記録でもあるので、そのあたりご容赦くださいませ。

そして皆さんからのコメント、アドバイスで私、立ち止まって気づくことができます。
これからもヘンな記事もあると思いますが、母3歳の成長のためと思ってご意見頂けると幸いです。