ルシアンの社会問題を考えるブログ

社会問題に関する書籍から得た考察を、アウトプットのため投稿しています。


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トルコに旅行してからイスラーム好きになり、大人買い!!




千夜一夜物語(全11巻セット)―バートン版 (ちくま文庫)文庫
大場正史 (著)
筑摩書房 (2005/11)

イスラーム文化について、政治経済だけでなく、古典を読むことで彼らが普段感じていることや、風俗も知りたいなと思って購入しました。

最初は古風な言い回しが読みにくかったのですが、だんだんハマッてきて病みつきはてなマークになりましたラブラブ




とりあえず絶世の美男美女が出てきて、どれだけ美しいか詩で例えるところや、恋の悩みで死ぬところなどは呆れます(笑)

そんなんで王様の務めをほおって死んでええんかっっ?!

・・とツッコミたくなります。




でも、全体を通してイスラーム文化はとても気前がよく慈悲深いことが伝わってきて、読んでいるとこちらまで周囲に気前よくなっちゃいました。

毎日を幸せに生きられるヒントがいっぱいあった気がします
ラブラブ



気に入ったり、恩がある相手にはこれでもかというほど財産を分け与える。そのときは騙されたり与えすぎたりして貧乏になるが、巡り巡って結果的に自分に還ってくる


っていうエピソードが多かったです。




よく自己啓発系の本にあるお金持ちになる本にもたいてい同じことが書いてあるんですよね。お金は「人のため」に使われるのが好きって。

なんか通じるものがあります。





またイスラーム世界が栄華を極めた描写がとても素敵で、現在の荒れる一方の中東がとても悲しいです。

イスラーム世界は19世紀のヨーロッパの産業革命まで世界の中心だったんですよね。文化も芸術も学問もなにもかも進んでいて、領土も広大、宗教は寛大で多宗教も受け入れ治めていた。

イラク戦争やISが遺跡を破壊するなど、残念でなりません。
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日本人のためのイスラム原論
小室 直樹 (著)
集英社インターナショナル (2002/03)



わかりやすううう~!!目


そもそもイスラム教とはどんな宗教か?ということが、ユダヤ教、キリスト教、仏教などと比較しながら易しい言葉で書いてあるので非常にわかりやすいです。

表紙もカッコイイですね~得意げ


最近よく耳にする「イスラム原理主義」なる言葉はそもそも見当違いだとか、日本の仏教は本来の仏教から相当に逸脱しているだとか、キリスト教は矛盾だらけであるのに比べてイスラム教は非常に理路整然とし、これこそ宗教のかくあるべき、と思わせるような理想的なものであるなど、、

目からウロコの情報が盛りだくさんですグッド!





日本人は無宗教と言われますが、それは違う!神道と仏教が融合した宗教観を持っているのだ!と思っていたのですが・・・



仏教とは、世界はこうである、という理(ことわり)を釈迦が悟り、煩悩を捨てる修行をすることで輪廻でよい来世に行けるというもので、僧侶は本来とても厳しい修行をしなければならない。

しかし日本では、鑑真が失明しながらも修行のやり方を伝えたのに、空海が修行しなくてもいいよ、仏を信じさえすれば救われるよ、と超甘いものに変えてしまった。


というのに衝撃・・・叫び


ちなみにユダヤ教、キリスト教、イスラム教は世界の理はすべて神が決めるので、仏教とは全然違うんですね。



本の中で、これだけ世界で多いイスラム教がなぜ日本ではなじまなかったのかという理由に、日本人はこれをしてはいけない、という戒律がキライとありますが、仏教のこの流れを見ると納得・・・

また日本は多神教であるので、一神教になじまない。仏教の神はことごとく日本神道の神に習合されている、というのにもナルホドと納得・・・



日本ってかーなーりー独特なんだな・・・かお







日本はさておき、イスラム教が実はとても平和的な宗教だということが私が欲しい情報なのですが、やはりそうなんですねビックリマーク


男尊女卑といわれていますが、アラーのもと、人民はすべて平等で、金持ちも貧乏人も、男も女も平等なのです。

もともとイスラム教が入る以前のアラブの宗教はとても男尊女卑だったので、かなりマシになったそうです。一夫多妻というのも、戦闘で男性が減って女性が一人で暮らしていけないので男性が女性の一生に責任を持つという制度で、離婚の際はその女性が一生暮らせるように援助しなければいけません。

またイスラム教は改宗を強制してはいけないので、自分たちから無理矢理に異教徒を改宗させることはしません。自発的な改宗を受け入れています。異教徒に対しても寛容で、キリスト今日の寺院も破戒しませんでしたし、ほかの地域で異端とされているモルモン教なども許容しました。


またイスラムはコーランの書いてある内容がそのまま法律で、ムスリムが協力して理想のイスラム共同体を築こうという考えなので、一人一人が社会を作っているという意識があります。

ムスリムはとても寛容ですが、ひとたびコーランから逸脱したことがあった場合、ジハード(聖戦)をするのです。







そうそう、ユダヤ教についてですが、ユダヤ教の神様、激怖ドクロ

ヤハウェは人間のような人格があり、気まぐれで気分のままに世界を動かします。自分が指定した預言者も、一生懸命に神に仕えたのに、何一ついいことがないまま死にますし、ユダヤ人が自分に背いたら皆殺しにしようとします。

また、ユダヤ人に約束の地カナンを与えるといったとき、そこにはすでにいろんな民族がすんでいましたが、すべて神の力添えで皆殺しにしています。


怖ええええ~~~~~






そしてキリスト教ですが・・・

これも日本で骨抜きになった仏教と同様、なにも禁止していません。ただ信じることだけを求めます。

堕胎や離婚禁止などは後の協会が勝手に作ったルールですし、修道院も勝手に修行しているだけです。

エッ汗



そして重要なのは、異教徒は人間ではない

という徹底的な残虐性は、歴史を見れば明白ですね。

南米人皆殺し、宗教戦争でも虐殺、インディアンも皆殺し、黒人奴隷は物扱い・・・・

悪魔のようですね。。。

怖えええ・・・・・ドクロ













またイスラムと中国には意外な共通点があります。

それは歴史観です。


ヨーロッパの考え方が「世界は変化していく」のに対し、正しい社会を持続させていくという考え方です。

中国は王朝が何度も変わりましたが、支配体制や社会は同じであり、支配した女真族などの異民族もやった政治は同じものでした。皇帝が支配するのは天命を与えられたからであり、王朝が変わるのは皇帝が正しい政治をしていないから、天が交代させたのだという考え方で、これを哲学者ヘーゲルは「持続の帝国」と命名しました。

イスラムでも同様で、歴史を重んじ、過去からの連続性を重視します。アラーが定めた法により正しい社会を保つことを良しとしています。

それはマホメットが最後の預言者であり、その後に預言者は現れないため。最後の審判まではコーランの定めたままに動くのが正しいからです。


つまり社会の変化=正しい社会からの逸脱であり、ヨーロッパの社会の変化=社会の革新とは対照的なのです。







そうそう、イスラム過激派はジハードと称しすぐに攻撃しようとするというイメージがありますが、あれも間違い。

なぜならジハードはイスラム法学者がより集まって話し合い、認定しなければジハードにはならないから。

「コーランか剣か」ももちろんキリスト教徒によるイスラム教のイメージ降下を狙ったウソですね。だって改宗は強制してはいけませんから。




またイスラム原理主義など存在しない。原理主義は聖書をそのまま信じることで、キリスト教にのみあるものです。イスラムははじめからずっと変わらずコーランに従っているのだから、そんな主義はあるわけがないのです。イスラムの場合は原点回帰です。





アメリカとイスラム諸国との深い溝。それはアメリカがまぎれもないキリスト教国であるから。かつて隆盛を誇ったイスラム社会はキリスト教を迫害せずに受け入れた、ヨーロッパが失いかけたギリシャ文化を継承し、すべてにおいて文化的水準が高くヨーロッパは恩恵を受けたのに、それを踏みにじる十字軍の遠征をし、産業革命後に立場が逆転したとたん、イスラム諸国を好き勝手に分割した・・・


そりゃあイスラムの人、怒るでしょ!!







と、だらだらと印象に残った事柄をまとめましたが、もう2度ほど読んでみる必要がありますね。。内容濃いです。



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神の棄てた裸体
石井光太(著)
新潮社 (2010/4/24)


目をそむけたくなる、社会から見捨てられた者たちの悲惨な暮らし、取り返しのつかない過ち、それでもどうにもならない諦め。そんな当事者たちの告白をまとめた本です。一話一話、ずしりと重い。

戦争・紛争が作りだした浮浪者、売春するしかない孤児たち、見つかれば処刑される同性愛者、ニューハーフ、不妊とわかれば夫に熱湯をかけられたり、追い出される妻。だまされて売春宿に連れてこられたが、不妊手術をさせられたために故郷へ帰ることもできずただ毎日を生きる十代の少女、強姦による私生児を出産した女性や、私生児を堕胎したことによる不妊の女性たち




紛争や貧困で社会全体が困窮している中で、イスラーム社会の、子どもを産めない女、同性愛者、ニューハーフなどのマイノリティへの激しい差別が、さらに彼らを追い詰める。その暮らしは想像を絶する。




イスラーム教のスンニー派は、コーランを解釈することを禁止している。そのため、現代の社会情勢を汲んだ戒律に修正することができない。これがグローバリズムの進む世界にイスラーム世界が取り残され、白人に蹂躙される原因なのは明らかではないか。

アラブの春も、欧米が新しい道を見出そうとする中東世界を阻むために行ったと思われる。今も昔も、欧米はアフリカ人やアラブ人などの有色人種を同じ人間とは見ていない。搾取する家畜同然だ。


それにしても性への戒律というのは悲惨な結果しか耳に入ってこないのだが、実際幸せなことはあるのだろうか?人間の最も根本的な性欲を抑圧して健全な人間でいられると思うのがまず間違いだ。


それに比べて日本は昔から性に関してはゆるっゆるである。乱交・男色当たり前。身分のある家はともかく、農民や町民は結婚はしても誰とでも寝るし、子どもができたら隣近所皆で面倒を見ていたという。子どもに譲る財産がないから、誰の子でもいいというおおらかな民族である。





イスラームは素晴らしい文化である。欧米の文化よりずっと独創的で華やか、おおらかな面もある。欧米にかきまわされる現状から立ち上がり、目覚めてほしい。一夫多妻には行き場のない女性を生涯面倒を見るという面がある。女性を守ろうとした先人の精神を思い出し、時代遅れの女性差別は捨て、自国を豊かにし、イスラーム社会全体を強くしていってほしい。
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ルシアンの社会問題を考えるブログ
「移動文化」考―イスラームの世界をたずねて
片倉 もとこ (著)
岩波書店 (1998/7/15)



トルコ旅行に行くにあたり、トルコを理解しようと概要本を読んでいたら、より深く知りたくなって借りてきましたニコニコチョキ

トルコについて一番気になったのは少数民族のクルド人アルメニア人についてで、ほかには、現在のトルコ共和国の前のオスマン・トルコの、そのまた前のビザンツ帝国というものも、かなり忘れていたので借りてきました。

その中でこの本はイスラム文化に対する理解を深められそうだとピンときましたひらめき電球目これまでもイスラムについては興味をもって何冊か読んだのですが、「移動」の観点は、漠然とした彼らの習慣への疑問が解けるのではないかと思ったのです。

予想通りとても勉強になる内容でしたビックリマークニコニコ




大前提となるのは、彼らは移動をよし合格とし、動かないことは「停滞」や「澱み」と感じることです。遊牧民は、資源がないから移動すると教わりましたが、そういうわけではなく、資源も学校などの設備もあるにも関わらず、ちょっと先に移動することもよくあるそうです。

ちなみに遊牧は、農耕民が商売をするために駱駝や羊を飼うなどして始めたもので、決して資源がないから移動するわけではないそうです。






また、現代ではA地点からB地点に移動するとき、B地点に到着するのが目的であり、その過程をなるべく減らそうと効率化や、乗り物の発達がめざましいですが、イスラムの彼らは反対に、B地点に到達するまでに得る経験や出会い、沸き起こる感情といった道のりを大切にするそうです。

そのため遊牧民は歌や詩や踊りを数多く残し、自分で詩を作れる人は尊敬され、結婚式などのイベントにも呼ばれて披露します。

日本でも「茶道」や「剣道」のように、精神的成長に軸を置く概念がありますよね。

都市で成功したものは飛行機などは使いますが、休日は親族にめんどうを頼んでおいた駱駝や農産物の世話をして過ごしたり、王族が自分で飛行機を運転して日本の政治家を迎えたりします。





彼らは移動しならが経験値を積み、さまざまなことを勉強することをよしとするので、大昔から大陸を移動しており、コロンブスがインドを発見するはるか昔に交易をしていたし、彼ら欧米の大航海時代のはじめに、欧米人に頼まれてしぶしぶ道案内をしていたという記録もあります。

エジプトからアイスランドに行っていたり、インド、中国、東南アジア、日本、オーストラリアなどのあらゆる地域に出ていって勉強したり交易をしたりしていました。

世界にイスラム教徒が多いのも、彼らが遠く出かけて行って、平和的に広めた奇跡であり、強制的に広めたことが問題となるキリスト教とは大きな違いがあります。

世界の交流・交易はイスラムから、といってもよさそうですね。





イスラムの人は移動が当たり前なので、欧米人が定めた国民国家の境界をあまり気にしておらず、平気で越えるそうです。サンダルにタオルで飛行機に乗り他国へ行くし、目的がないことも多々あるそうです。

外国旅行に行くのみめちゃめちゃ気構えて、「海外旅行の仕方」的な本を借りてくる私とはエライ違いですね・・・汗






オスマン帝国など、昔のイスラム社会は決して宗教や言語を統一して強制しようとはせず、税は徴収し、住居も限られる場合があるけれども、キリスト教、ギリシア正教、アルメニア人の宗教、クルド人の宗教など、いろいろな宗教のコミュニティが共存したそうです。


中東やアフリカが、欧米人が勝手に引いた国境がもとで紛争している例がとても多いのも、こういった、「1国家1国民1宗教」という概念がないために混乱しているからでしょう。



このような移動文化があるため、旅人を援助する習慣があり、旅人を泊める施設があったり、著者のような見知らぬ日本人女性を自宅に泊めたり、一緒に砂漠を旅したり人がおり、著者の研究も苦にはならなかったそうです。









またイスラームの銀行は「利子」を禁止しているというのにも驚きました。不労所得を否定し、実態のない経済を批判しています。たしかに、株やFXなどの実態のないマネーゲームが恐慌を引き起こした事実を考えれば的を得ているのかもしれません。







日本人は、昨今は変わってきているといっても、定住文化ですよね。結婚して家を建てて家族でずっと暮らすというのが、安定した人間だと思われるふしがあります。

私は昔から移動が大好きで、引っ越しも大好き、新しい場所で新しい人や街並みに触れ、吸収するのが好きです。旦那さんが就職活動しているときに、「転勤が多い会社にしてね」と言って現にそういう会社に入ってくれたのですが、まだ転勤がないので残念ですシラー

以前誰かに「引っ越しが好き」と言ったら「そんなこと言う人初めて」と言われたので、これって珍しいことなのかな?と思った記憶があります汗



以前、弘法大使が「違う場所に住むのが良い」としていたというのをどこかでかじり、なんでかな?とその意味を不思議に思いながら自分の移動好きをなんとなく肯定していたのですが、イスラーム的な意味があったのかもしれないな・・






一人で海外を旅する友人をあらためて尊敬したり、自分の引っ越し好きを肯定したり、欧米文化を否定したり、自分の「目的志向」を改めようと思ったり、いろいろなことを反省できる1冊ですた・・・ニコニコ


ただイスラム文化に対し好意的な面のみだったので、次は男尊女卑や紛争に関連する否定的な本も読んでみたいな。
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るしるしルシアンで~すにひひ


先日の宗教のハナシ(「ニューカマー外国人と日本社会」のイスラム礼拝から、日本にも宗教があればいいのに)で、イスラム教がすばらしいと思った根拠を、うろ覚えでざーっと書いたので、「?」と思われたかもしれないと思い、もちょっと本の記述をちゃんと書いておこうと思います。


ルシアンのブログ
もっと知ろう!! わたしたちの隣人―ニューカマー外国人と日本社会
加藤 剛 (著)
世界思想社 (2010/3/2)



アッラーについて
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「アッラーという名の神さまを信じる」のではなく、「宇宙を想像し主宰する唯一の根源的存在を指すアラビア語がアッラー」なのである。

したがって、アラビア語圏のキリスト教徒も彼らの信仰する神のことをやはりアッラーと呼ぶ。
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「もっと知ろう!!わたしたちの隣人 ニューカマー外国人と日本人」加藤剛編 世界思想社 
210ページより抜粋



ムスリムの実践する宗教行為について
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ムスリムが一生を通じて守るべき信仰実践のなかには、五つの行いがある。そのうち四つは、義務としては一生に一度行えばよい信仰告白とメッカ巡礼、一年に一ヶ月間、日中行いえばよい断食、経済的にある程度裕福な者だけに課される喜捨である。

これらに比べ、すべてのムスリムが毎日五回にわたって行わなければならないのが礼拝で、この点で礼拝は、イスラームの日常的な信仰実践の中で中心的な位置を占める。

五行は五柱とも訳されるが、筆者の実感からいっても、立礼と平伏礼を繰り返す全身動作を伴う日々の礼拝こそが、アッラーの存在を至近に感じながら自分がその絶対的存在に帰依する者、すなわちムスリムであることを日々確認し、信仰を深めていく文字通りの「柱」なのである。


いくつも種類のあるイスラームの祈りのうち、毎日五回と定められた義務の礼拝(サラート)は、神に対する「お願いごと」ではない。アッラーに何かのお願いごとをする祈りはドゥアーと呼ばれ、沙良ートとは明確に区別される。礼拝は、何かを神に求めるのとは逆に、自分の一切をアッラーに捧げる気持ちで行うものである。
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同著 211~212ページより抜粋



絶対的存在に自分を捧げるという気持ちを、日々の全身動作によって刻みつけ、習慣づけているところが、すばらしいと思うのです。
人は大切なことから忘れるものだから。この習慣づけゆえに、イスラムがここまで発展したのだろうと思います。

高校の歴史の授業で、「踊りを取り入れることによって、言葉が通じない地域にも教えを広げることができた」と習ったときも「頭イイっ」って思ったな~。

あれなんてったかな、そう、スーフィー!

テストに出たなw




本では、日本に住むイスラム教徒は、この大切な五回の礼拝をする場所と時間がないので、精神的にかない苦痛らしいです。
スミマセン・・・ショック!


ほかにもイスラムがいいと思ったことですが、寄付の心。
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どこのモスクの入り口にも寄付のための募金箱が常設されており、金曜礼拝の際にも説教の合間に小さな募金箱が回される。これらは強制ではないにもかかわらず、たいていのムスリムがそれぞれの経済力やたまたま持ち合わせた金額に応じて浄財を投じる。その額は、日本のコンビニなどで見かける災害募金の類とは桁が違う。一円玉や十円玉程度の小銭が投じられることはまずあり得ない。特にモスク設立基金などと募金の目的が明記されている場合は、一人で一万円札を何枚も投じることも珍しくない。しかもきわめてさりげなく、である。一般にムスリムの寄付行為はどんな高額でも匿名で行われることが多い。アッラーがすべてをご覧になっていると信じているから、寄付者名簿を作成したり、建物に銘板を飾るといった発想は薄い。ムハンマドの言行録の中に「サダカは右手がやっていることを左手が知らぬほどひそかに行うべきものだ」という有名な一文があるほどである。
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222~223ページより抜粋



ぉおおおおお~~~キラキラキラキラキラキラ天使
すっスバラシイイイイイイ






とまあ、イスラムはとてもいい宗教だと思うし、よく知らないけれどキリスト教もいいと思う。でも、だからといって全面的に彼らのしたいことを支援すべきかというと、別問題・・

これについてはさらに考えたいので次にまわしますっモグラ
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