ストーン磐座

磐座、巨石調査、褌、天然石笛(磐笛、岩笛、いわぶえ)販売、干物販売、海上タクシー


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伊方1
ここ数日数件酔っ払ってmixiやブログにコメントを書いたつもりだったが後で確認すると記載が無い。
どうも最後の操作を誤ってしまった様だ、大ちゃん(例の大ちゃんではありませんよ~連絡取れない所に行ってますから~、放浪画家の大ちゃん です)、陽大君ごめんね。
内容も半分記憶に無いので再送出来ませんがまた気が向いたらコメントしますね。
早くもアルコール性痴呆症の傾向が見受けられるのでとにかく印象的な事は書き止めておかないと完全に忘れてしまう(写真ですらどこでどう取ったのか忘れてしまうのがある)。
先の濃ゆ~い日曜の出来事を書き留めておこう。


1/22(日曜)最近伊方の辺りが妙に騒がしいのが気になってつらつらと地図を眺めているうちに立神岩という地名にひっかかった。
全国的に海岸部によくある地名で、岬の先端部分の海中にある屹立した岩礁が古来より信仰の対象とされ地名となった。
特に奄美諸島、トカラ列島、大隅諸島に集中しており地質上の特性か、あるいは信仰をした海洋民族の移動とも密接に関係しているのかもしれない。
何れにしろその立ち姿を見ているだけで自然と手を合わせたくなるほど孤高で美しい。
四国には淡路島沼島の南方海上に高さ30m余の立神岩がある。
今年は中央構造線上の磐座をテーマに正月に沼島、6月に忌部サミット奉納演奏で忌部神社磐座をアタックした。
今年を締めるにはふさわしい岩石だろうと調査に赴くことにした。
暮れも押し迫って店の方も21周年企画とクリスマス、年末用品の企画と同時進行でかなりあわただしい中調査予定を立てた。
逆算をするとこの日曜しか遠出出来る日が無いので強行軍ではあるが10数年ぶりに伊方へ日帰り調査を決行することにした。
朝6:00に家を出て高速松山道を飛ばして約4時間で八幡浜に着いた。
八幡浜という地名もなかなか興味をそそられるのだがそれはさておいて、八幡浜から長浜方面へ向かい瞽女トンネルを越えてすぐを青木津方面へと下ると眼下に美しい伊予灘が広がっている。
伊方町に入ってすぐのところに立神岩があるはずだが見過ごした様なので近くの民家で場所を尋ねた。
中央構造線南側の三波川変成岩が隆起して出来た海岸線は傾斜が急でその上を縫うように走っている道路からは下の海岸線が見えない、よくよく見るとかなり離れたところから小さく立神の岩礁が見えた。
町見郷土館の高島氏から送っていただいた資料の写真とほぼ同じアングルだったのでそれと解ったが道路を走っているだけではちょっと解りづらい。
近くまでの道を尋ねると「さあちょっとわからんね、多分無いじゃろう」とつれない返事。
まあこれも何時もの事なのでさほど気にはかけない、必ず行けるという根拠の無い確信だけを持ってアプローチをするのみである。
しかしこの岩石へ向かう際の高揚感は何と表現したら良いのだろうか、普段は高速道路は苦手なので地を這うように地道をトロトロ走るのだが、磐座調査となると長時間の高速もさほど苦にならない。
常々思うのだがこれはもうSEXに近いのかもしれない、射精行為が伴わない分余韻が持続して果てる事が無くサスティナブルな、体全体で女陰(ホト)へと向かう行為なのだ。
立神岩近くと思われる所に下る道があったのでとりあえず下ると、傾斜が急なヘアピンカーブが続いている。
おまけに枯葉が堆積して滑りやすい、雨の後だったらJAFのお世話になったろうと冷や汗が出る。
途中で荒れたみかん畑に突き当たり道が途切れた、畑の向こうはほとんど原生林だ。
ここからは直感だけを頼りに道無き道を進むしかないが、浪打際までは直線で30mくらいだろか波の音と潮の匂いがする。
フラフラっと匂いのする方へ斜面を下る、しばらく下って木々の向こうに立神らしい影を見つけた時には思わず雄叫びを発してしまった。
このゾクゾクする瞬間がたまらないのだ、さらに下へ降りようとしたが10mほどの絶壁に行く手を阻まれる。
角度は上の写真を見ていただければお判りになるだろうが7~80度くらいだろうか、気分的にはほぼ90度近い。
ここまで来るともう後戻りは出来ない、ええい!斜面にへばりつきながら最後の難関を突破して波打際の岩場に降り立った。
岩場からははっきりとその姿が確認出来る、高さはおよそ20mほどだろうか?少し距離があるので正確な目測が出来ないが白色の立岩は素晴しい存在感である、後ろを振り返ると四国電力伊方発電所が見える。
地図上では距離は近いが直線で見える位置では無かったのだがやはり現場に来てみないと解らないものだ。
イメージ的には原発と巨石のコントラストというのがあったのだが、ほぼそれを満たすアングルになっている。
暫し瞑目して岩笛を奏上しようと思ったがなんとリュックに入れるのを忘れている、ふと足元を見ると典型的な三波川帯の緑色変岩が波に侵食されて10~50mmほどの穴があいている。
これはインパール作戦 におけるジンギスカン方式(後方支援の余力が無いので現地調達をしながら進行していく)ではないか。
ちなみにこの作戦の指揮官牟田口中将は3万もの餓死者を出しながら生き残り、戦後「ジンギスカンハウス」という中華料理店を出店したというふざけた野郎だ。
話が横道にそれたが、結果的には原発と巨石そして石笛が用意されていたということなので岩場に体を大の字ににして腹這いになり息を入れる。
石上布都魂神社磐座 を始め各地でで経験しているが普通に息を入れたのでは音は出ない、岩全体(大地)を抱擁する様なイメージで息を吹き込むのだ。
数回目で岩と一体となった感覚あり「ピー~」という音がなった。
石笛は同種類の岩石で吹くのが一番良い、音と岩が一体となって全くつっかえるところが無い。
笛といっても実際に一つの岩帯なので磐座と一体物なのである。

伊方3

伊方原子力発電所の横を通り次の目的地平石峠を目指してメロディーライン(尾根伝いに先端の三崎港まで走る国道197号)へと坂道を登ると四国電力のビジターハウスがあった。
高松に夜7:00までには着きたいのであまり時間が無いが一度も入ったことが無かったので一応入ることにした。
中に入るとお弁当を手にした無料ツアーの一団がコンパニオンに洗脳されていた。
あまりにばかばかしい説明なので怒る気にもなれない、いくら強固な岩盤の上に立てられていてもその岩盤は中央構造線という日本最大の活断層の上に乗っかかっているのだ。

ウイキペディアフリー百科事典より引用

-----四国地方の中央構造線徳島市から吉野川北岸を走って阿波池田に達し、川之江・新居浜のすぐ南側を通り、砥部町から双海町を通り、佐田岬半島北側の沖合を通り豊予海峡に入る。四国でも中央構造線の基本的な姿は三波川変成岩と和泉層群の境界断層である。四国では三波川変成岩は広く露出し、徳島の山城、祖谷地方から大歩危、別子、佐田岬半島などでよく見られる。ただし石鎚山は新第三紀の火山岩である。地質境界としての中央構造線は吉野川の北岸を通っているが、その北に活断層が見られる。愛媛県でも地質境界としての中央構造線は砥部町を通っているが、活断層は松山を通っている。四国山地北縁ではナイフで切ったように直線状に山が並び(断層崖)、その航空写真が活断層の見本として各種書籍に取り上げられている。活動度は1000年間で最大8mと推定されている。近年の活動記録が無く、エネルギーが蓄積されていると考えられ、要注意断層である。ただし、一部は約400年前に動いた可能性がある。この区間が動くときは、マグニチュード7を超える地震を発生すると考えられる。近年の活動記録が無く、エネルギーが蓄積されていると考えられ、要注意断層である--------

伊方2

その後半島にある数ヶ所の磐座を調査したが事前の調査不足と立神岩でエネルギーを使い果たしたのかあるいは原発にエネルギーを吸い取られたのか得意の鼻が利かず目的の岩石には出会えなかった。
近々再調査に訪れる事にして一路高松へと帰路についた。
というのも夜7:00からは小坂修平さん の講演会に参加する予定なのである。
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