超お久しぶりです。

朝、京都市内のホテルで目が覚めました。

バス:烏丸松原-京都駅前

バス:京都駅前-博物館三十三間堂前

では、三十三間堂をどうぞ。

 

三十三間堂の庭園で撮りましたが・・・たぶん、蝋梅ですよね?

 

バス:三十三間堂前-京都駅前

バス:京都駅前-中書島

ここから京阪電車に乗り換えました。

京阪電気鉄道宇治線:中書島-黄檗

 

次の画像は、電車の中で撮りたかった一枚です。

こちらの車両から、向こうの車両が見えます。

この画像を撮った理由は、また、書きます。

 

この後、JR奈良線、JR東海道新幹線、JR東海道線と乗り継ぎ、午後5時頃帰宅したのであります。

では、今日はここまで。

 

PENTAX K-1

TAMRON SP AF28-75mm F/2.8 XR Di LD Aspherical 〔IF〕 MACRO

 

こん○○は~

たんたんの場合、初めて使うカメラで最初に撮る景色といえば、ほとんどの場合、富士山になってしまうのであります。



昨年の12月28日の画像ですが、これはNikon D610 + TAMRON AF28-105mm F/4-5.6(IF)で撮ったものです。
12月10日にカメラのキタムラで清水の舞台から飛び降りた気分で買ったD610です(これで私の少ないボーナスが消えた;;)。

D610は、私の持っている中で唯一、撮像素子が35mmフィルムの大きさに匹敵するニコンFXフォーマットのデジタル一眼です。
上の画像は、6016×4016ピクセルの画像を640×427ピクセルに縮小した画像ですが、今度は縮小しないでトリミングしてみましょう。



富士山の天頂部分を640×427ピクセルで切り抜きしてみました。
撮像素子が大きいだけあって、細部まで鮮明に表現されていることが分かります。

2400万画素であれば6000×4000ピクセルの記録画素数になりますが、撮像素子の大きさが小さくなればなるほど鮮明さが失われ、ぼやけた画像になります。

プリントする際、はがき大程度でしたら撮像素子が大きくても小さくても大差ないかもしれませんが、B5版とかA4版とかのサイズの用紙にプリントすれば明らかに違いが出ます。(ご年配の女性を写すには、撮像素子が小さい方がシワが目立たなくて喜ばれますw)

カメラを選ぶ時に、画素数が多いだけで選ぶ方が多いですが、例えば予算2万円以内でコンパクトデジカメを買うにしても、1.撮像素子が大きいもの、2.レンズが大きいもの、3.画素数が多いものというような選び方が良いと思われます。

さて、富士山静岡空港のターミナルの中にある模型



ちなみに、富士山静岡空港は滑走路が2,500メートルしかないので、ジャンボジェットの定期便はありません。
以下は、ターミナルの中の展示物で私が気になったものw

 



 



では、また。

今日は、家で読書をしていたたんたんでございます。
ということで、昨日の続きです。

灯台から出ますと、歌碑が・・・

 

「丸山薫」の歌碑 

おお 御前崎 ここの断崖で 海は二つに切られている
駿河の光と 遠江の光に
丸山薫(1899年-1974年)は、詩人です。

もう一つ大きい歌碑が・・・



「山口誓子」の歌碑
碧の濃き灘 通り来し土用波
山口誓子(1901年-1994年)は、俳人です。

そして、遊歩道を西に歩いて行きますとねずみ塚があったりしますが、そこは、前回行きましたので、車で移動です。

海洋センター前の駐車場で車を停めて、グラウンドを横切るとねずみ塚から続く遊歩道に出ます。遊歩道を下っていく途中に歌碑が・・・

 

若山牧水門阿部先生比翼歌碑とあり
太、冨士子、二人の詠まれた歌が書かれています。
御前崎の こゝ岩鼻よ 風を・・・(読めませんw)
お読みいただける方は、コメントお願いします。

さて、遊歩道の西の端、「夕日と風が見えるん台」という展望台です。

 

「潮騒」の像、彫刻家堤達男(1918年-1988年)の作品です。

 

でその左にあるのは、「恋人の聖地」の碑です。

 

その碑の裏側を覗いてみますと・・・

 

御前崎市長S.石原さん〔現職〕のお言葉です。

「恋人の聖地」は、特定非営利活動法人地域活性化支援センターが主催する「恋人の聖地プロジェクト」により選定されたデートスポットとのことで、自然に囲まれた場所、夜景の綺麗な場所などが選定されているとか。恋人のいらっしゃる方はぜひ訪れてください。

では、たんたんは、今日も一人寂しく読書の続きでもw・・・

〔Nikon D50 + SIGMA ZOOM 18-200mm F3.5-6.3 DC〕

今日の静岡県南部は、良い天気でした。
たんたんは、お山づたいに御前崎へ。
御前崎まできますと、風は強く、太平洋の波も立っています。

 

太陽の方向へ向けて撮ってみました。

 

御前崎の灯台です。
灯台へ上るには、入場料200円です。

 

門を入って行きますと歌碑があります。
御前崎灯台は、昭和32年に木下恵介監督「喜びも悲しみも幾歳月」の映画ロケが行われた場所です。また、この映画の主題歌を作詞・作曲された木下忠司氏が平成19年にこの灯台を訪れたことを記念して、平成22年に歌碑が立てられました。

 

灯台に入るとらせん状の階段が、ぐるぐると上ります。

 

最後の階段は、はしごのような階段で、しかも上が狭く、這うようにしないと上れません。



これが光を出す部分。

 

説明書きがあります。
拡大すればお読みいただけますのでご一読を。

 
 
灯台から見た太平洋



灯台から駿河湾方向、真ん中に富士山が写っているのですが分かるかな?

 

灯台は自動化され、燈台守は現在ではいません。
管理は、清水海上保安部が行っています。

 

では、今日はここまで。


〔Nikon D50 + SIGMA ZOOM 18-200mm F3.5-6.3 DC〕
 前日の日記に書きましたが、せっかくズームレンズがありますので、使えるようにしなければなりません。

 ネットで検索してみましたが、D7000やD7100を探してみましたが、新品在庫はあっても非常に高価です。D90、D80、D70などは、新品在庫は市場になさそうです。

 残る手は、ネットオークションに安くて、可能な限り新品に近い機種が放出されるのを待つしかあちません。
 しばらく待っていましたら、17,000円でD50レンズキットの展示品が出てきました。ショップのデッドストックになっていたもののようです。幸い落札することができました。

 

 12月31日に配達されました。
 開梱しますと、外箱はスレやヨゴレがありましたが、ボディ、レンズともに僅かなスレやヨゴレもありません。ショーケース内での展示だったと思われます。ネックストラップ、その他も新品のままでした。

 早速、リチウム電池を充電し、SIGMAのズームレンズを着けて電源ON、日付設定の後、AFが働いていることを確認しました。

 

 Nikon D50は、D70Sエントリーマシンとして2005年6月に発売されたもので、ボディ色にはブラックとシルバーがあります。また、ボディのみ、レンズキット、ダブルズームキットと3態で販売され、レンズキットには、当時新開発の標準ズームレンズ「AF-S DXズームニッコール ED18~55mm F3.5~5.6G」が付いています。

仕様を少しだけ書き止めておきます。

有効画素数 6.1メガピクセル
撮像素子 23.7×15.6mmサイズ原色CCD、総画素数6.24メガピクセル、ニコンDXフォーマット
撮像感度 ISO 200~1600相当(1段ステップ)
記録媒体 SDメモリーカード
液晶モニター 2.0型低温ポリシリコンTFT液晶、約13万画素
レンズマウント ニコンFマウント(AFカップリング、AF接点付)
連続撮影:約2.5コマ/秒
シャッタースピード 30~1/4000秒
大きさ 約133(W)×102(H)×76(D)mm
質量(重さ) 約540g

ということで、コレクションのデジイチが、また1台増えてしまいました。
えっ?カメラを増やす前に、腕を磨けって?
ごもっともでございます。(ショボン)
以下は、私が最近知ったことです。
既にご承知の方またはNikonのデジタル一眼レフカメラに興味のない方は、スルーしてね。

もう数ヶ月前のことですが、ネットオークションで、個人のデッドストックとなっていた未使用品のズームレンズを購入しました。
「SIGMA ZOOM 18-200mm F3.5-6.3 DC」 です。



しかし、Nikon D3100へ装着し、撮影しようとしたら、オートフォーカス(AF)機能が働きませんでした。その時は故障かなと思って、またの機会に修理に出そうと。

次に、D3200のレンズとして、ネットショップで新品のズームレンズを購入しました。
「Tokina AT-X 16.5-135mm F3.5-5.6 DX」です。



しかし、D3200では、レンズをマニュアルフォーカス(MF)と認識し、AF機能が働きません。

そこで、ネットを渡り歩き、分かってきました。Nikonは元々、カメラボディーにAF制御用のモーターを積み、レンズを制御していたのですが、途中から、AF制御用のモーターをレンズに組み込むようになり、普及価格帯に区分されるデジタル一眼レフには、制御用モーターを搭載しなくなったのです。

技術の進歩によりモーターが小さくなり、レンズ内に組み込むことが容易になったこと。AF制御用のモーターをレンズ内に組み込むことによってAFの反応が早くなること。また、ボディーにモーターを積まないことにより、ボディーの小型化・軽量化を図れること等があるようです。

ということで、先に挙げた2本のズームレンズは、AF機能の故障ではなく、レンズにAFモーターが内蔵されていないタイプであると分かったのです。
(このレンズを使えるボディーを探すことになるのですが、そのお話はまた後日ww)

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レンズの話
 Nikonのデジタル一眼レフで、DXフォーマット(撮像素子がAPS-Cサイズ)の機種に使用するNikon及びサードパーティが提供する交換レンズ群の中には
(1) レンズにAF制御のためのモーターを内蔵するもの
(2) レンズにAF制御のためのモーターを内蔵していないもの
に分けられます。

デジタル一眼レフ(ボディ)の話
 NikonのDXフォーマットのデジタル一眼レフは、
(A) ボディーにAF制御のためのモーターを内蔵するもの
(B) ボディーにAF制御のためのモーターを内蔵しないもの
に分けられます。

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レンズとボディの組み合わせにより、次のようになります。

(1)
(A) AF機能が使えます。
(1)(B) AF機能が使えます。
(2)(A) AF機能が使えます。
(2)(B) AF機能は使えません。

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(A)
 ボディーにAF制御のためのモーターを内蔵する機種 一覧
D70(2004年3月発売)
D70s(2005年4月発売)
D50(2005年6月発売)
D80(2006年9月発売)
D90(2008年9月発売)
D7000(2010年10月発売)
D7100(2013年3月発売)

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(B)
 ボディーにAF制御のためのモーターを内蔵しない機種 一覧
D40(2006年12月発売)
D40x(2007年3月発売)
D60(2008年2月発売)
D3000(2009年8月発売)
D3100(2010年9月発売)
D3200(2012年4月発売)
D5000(2009年5月発売)
D5100(2011年4月発売)
D5200(2012年12月発売)
D5300(2013年11月発売)

※ Nikon製レンズ:AF-Sニッコール、AF-I ニッコールのレンズ群でしたら、AF機能が使えます。

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1月3日の広島は、良いお天気でした。

ホテルを出て、平和大橋を渡り、平和記念公園へ向かいました。
私は、ここに来るのは二度目になります。

広島平和都市記念碑

通称、「原爆死没者慰霊碑」です。
埴輪形のアーチは、記念碑や原爆死没者名簿を納めた石棺の屋根です。
私も改めて死没者のご冥福をお祈りさせていただきました。

 

慰霊碑の本体です。
碑文には「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と書かれています。「過ちは 繰返しませぬから」に主語はありません。



「東京裁判」の裁判官で一人日本側の無罪を主張したインドのパール判事は、ここを訪れた時、この碑文を見て(通訳を介して聞いて)「原爆を落としたのは日本人ではない。落としたアメリカ人の手は、まだ清められていない。」と言われたそうな。

それに対し、この碑文の撰者であった某大学教授は、
「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。『原爆投下は広島市民の過ちではない』とは世界市民に通じない言葉だ。そんなせせこましい立場に立つ時は過ちを繰返さぬことは不可能になり、霊前でものをいう資格はない。」
との抗議文を送ったそうな。

先のパール判事の発言も、外国人でありながら、日本国と日本国民に対して、精一杯配慮してくれた言葉です。それと比べ某教授の抗議文は無礼千万であると私は思いました。パール判事には、主語のない日本語の文章というものは理解できなかったのかもしれません。あるいは、通訳が細かい部分を伝えきれなかったのかも知れません。言葉がうまく伝わらなかっただけだと思うのです。

「せせこましい」だとか「霊前でものをいう資格はない」などと感情的で差別的文章を書く人が「世界市民」を自称することのほうが不可思議です。批判だけして、身勝手なサヨクの言葉のように思えます。喧嘩で物事は解決しません。丁寧に説明してこそ価値あるものになったと思いますが、残念です。

結局、私にとっては、某教授の前段の文章「広島市民であると共に世界市民であるわれわれが過ちを繰返さないと誓う。これは全人類の過去、現在、未来に通ずる広島市民の感情であり良心の叫びである。」当時の広島市民の願いであることは理解しながらも、後段の文章は誠にお粗末で、この碑文には、誰が読んでも、誰が訳しても誤解の無いように、主語を入れるべきだと思った次第であります。

広島市の公式見解は次のとおりです。「碑文はすべての人びとが、原爆犠牲者の冥福を祈り、戦争という過ちを再び繰り返さないことを誓う言葉である」


平和の灯

次は、平和の池の中にある平和の灯。
手首を合わせ、手のひらを大空にひろげた形を表現しているそうです。
中央に灯る火は、1964年からずっと消えないで灯されていて、「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けよう」という核兵器廃絶悲願の象徴となっているそうです。

 

原爆の子の像



三脚のドーム型の台座の頂上に金色の折鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像です。原爆で亡くなった多くの子どもたちの霊を慰め、世界に平和を呼びかける目的で建てられたものです。

原爆ドーム

元安橋からの原爆ドームです。



前回、記念公園にきたときは資料館が主で、原爆ドームを近くで見た記憶がありません。そのまま、歩いていきました。

原爆ドームと呼ばれる建物は「広島県物産陳列館」(後の「広島県産業奨励館」だったこと。被曝直後の広島市内の様子が分かります。

 

1996年、世界遺産に登録されました。

 

北側から見た原爆ドームです。

 

原爆ドームの説明書を、書き写させてさせていただいて、私たんたんの平和の願いにさせていただきます。

「昭和20年8月6日 史上初めての原子爆弾によって破壊された旧広島県産業奨励館の残骸である
爆弾はこの建物のほぼ直上約600メートルの上空で爆発した その1個の爆弾によって20万をこえる人々の生命が失われ 半径約2キロメートルに及ぶ市街地が廃墟と化した この悲痛な事実を後世に伝え人類の戒めとするため 国の内外の平和を願う多数の人々の寄金によって補強工事を施し これを永久に保存する____
昭和42年8月6日 広島市」



この後、帰途についたのですが、この日、有楽町での火災の影響で、新幹線のダイヤは乱れに乱れておりました。

〔Nikon D5200
+SIGMA ZOOM 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSMで撮影〕
皆様、お正月はいかがお過ごしでしょうか。

昨年末、近所の悪~いオジサン(1年先輩)からTELあり。「1月2日・3日はヒマか?」と問われ、「ヒマですよ~」と答えたのがそもそもの間違い。「ワシ、行ったことないんで、厳島神社へ初詣と、原爆ドーム見に行きたいんだけど、一緒に行くべ~」と。
「たんたん、厳島神社3回行ってるんですけど~」と声には出せず・・・まあ、いいか。

ということで、2日、朝一の新幹線に乗って西へ西へ。
掛川駅6:20、こだま693号で名古屋駅着7:11
名古屋駅7:27、ひかり493号で広島駅着10:01、のぞみを使わないのは、ひかりなら終点は広島なので、眠っていても安心だから。
広電に乗り換え宮島口に。

「あなご料理専門店あなご処さくら庵城山で、当然のことながら、あなご丼と焼きカキを食べる。いけねぇ、カメラに撮るのも忘れ、食べてしまった。
 

JRの連絡船に乗って宮島へ。
鹿の出迎えを受け、天津甘栗を餌にした悪~いオジサン。
「餌を与えてはいけません」との看板も出ております。
餌を与える人が多く、山に帰らないばかりか、個体数も増加し過ぎて、問題になっているようであります。

 

日本三景の一つ、世界遺産にもなっている厳島神社でございます。



この後、参道は初詣の人の波、なかなか入り口にたどり着けません。

 

参拝入り口は、こんなです。なかなか前に進みません。

 

なかなか拝殿までの道は遠いのであります。すごい人でしょ。

 

雅楽の演奏や舞も披露されていました。



拝殿です。せっかくですから、皆様も画像に向かってどうぞ。
二礼、二拍手、一礼

 

干潮でたくさんの人々が浜辺におりていました。

 

昼前に着いたのに、初詣に半日かかり、広電で広島市内に戻った時には、夜になっていました。
この日の宿は、平和記念公園に近い、ホテルサンルート広島です。
夕食は、ホテルからも、広電「中電前」からも徒歩2分くらいのところにある「侍」(中区追手町3-2-18サンハイツ1F)というお店へ。

しょぶり肉を使ったお好み焼き、まいう~!

 

これ何だっけ?(忘れた)まいう~!

 

もちろんお値段も安く、満腹になってホテルに戻りました。

〔Nikon D5200
+SIGMA ZOOM 18-250mm F3.5-6.3 DC OS HSMで撮影〕

カラーレーザープリンター

 もう昨年になってしまいましたが、年末にカラーレーザープリンターを買いました。私が昨年購入した物の中では、一番の大物(高価という意味ではなく、大きな物)w。年賀状には間に合わず・・・というか、設置場所のお部屋が片付かなくて、未だに新品元箱入りなんですねw

 たんたん、某社のインクジェットプリンター使っているんですけどね。インクカートリッジが小さくて、すぐ減ってしまうし、インクが空になると停止してしまうし、ご丁寧に「購入」ボタンがクリックせよとばかりにパソコン画面に出て。私のように夜しか使わないタヌキにとっては、まったく腹立たしい限りですわい。
 インク代も正直高すぎるんじゃないかと感じています。(見てくれましたか?某社の社長様。役員様。社員様。カメラは良い物作ってくれているんですけどね~。プリンターインク安くしてくださいよ~。)いけねぇ、年始早々ボヤいてしもうた。

magicolor 1650EN(コニカミノルタ社製)



 そんなわけで、購入時のトナー代は高価ても、たくさん印刷できるカラーレーザーを購入したしだいであります。(もちろん新品)
機種は「magicolor 1650EN」、メーカーはコニカミノルタ。


 ご存知ですか?コニカミノルタ株式会社。


 私が学生の頃のお話ですが、今は大女優の宮崎美子さん(当時大学生)が浜辺でジーンズを脱いで水着姿になるコマーシャル。「今のキミは、ピカピカに光って~、あきれ返るほどステキ~」で世の男性共が欲しがった一眼レフカメラ、そう「X7」のメーカーがミノルタ株式会社。日本の光学機器メーカーでは2番目に古い歴史のあった会社でございます。で、1番古い歴史のあったメーカーが、日本で最初に印画紙を作り、日本で最初にカラーフィルム(サクラカラー)を作った小西六写真工業株式会社(後にコニカ株式会社)です。もちろんカメラも作ってました。

 この両者が合併してコニカミノルタ社になったのであります。コニカミノルタ社で発売したデジタル一眼レフは、「α-7」(2004年)と「αSweet」(2005年)かな。

αSweet

 「αSweet」は、有効画素数610万画素、撮像素子APS-CサイズのCCD、CCDシフト式の手ぶれ補正機構、3枚/秒の連写、2.5型液晶モニターなど、上位機種であったα-7の技術が惜しみなく盛り込まれた優れた普及価格帯のマシン(と言っても、当時ボディのみで10万円くらいしてた)だったのであります。

 

 

 ところが、2006年には、一眼レフカメラ関連の資産をソニー社に譲渡し、フォト事業も終了されてしまいました。
 現在は、複写機、印刷用機器、ヘルスケア用機器、産業用・医用計測機器、電子材料や光学デバイスの開発・製造・販売などを行っているようであります。

 以上、たんたん、メーカー様とは無関係でありますが、一ユーザーとしましてコマーシャルさせていただきました。良いユーザーでしょwww

 お許しいただけるなら、αSweetの当時のパンフレットが残してありますので、全ページスキャンして掲載させていただきたいと思う次第ですが・・・何のツテもないし・・・(コニカミノルタ社の社長様、役員様、社員様、ご覧になりましたら、本件について太鼓腹をポンと叩いて、いえ、許可のご決裁をいただきたくお願い申し上げます。)

 

 いけねぇ。カラーレーザープリンターで書き始めたのに、またまたカメラの話になってしまったたんたんでした。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。
 お礼に、当時の「X7」のCMをどうぞw。


Oyakata55様掲載の動画に共有リンクさせていただきました。