ロシアの音楽教育について | JOKER.松永暢史のブログ

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ウクライナ、ジョージア、そしてもちろんロシア・・・旧ソ連領からは優れた音楽家、芸術家が輩出する。

作曲家でもチャイコフスキー、プロコフィエフ、ハチャトリアン、ショスタコービッチ、ストラヴィンスキー、と世界の音楽史に大きな影響を与えた人たちがいる。しかし、演奏者については、リヒテルやギレリス、そしてブーニンなども記憶されるがさらに大きな厚みがあると思わせる。

些細なことだが、手元に7月に日本国内演奏旅行のために来日した、ロシア国立交響楽団<シンフォニック・カペレ>のパンフレットがあり、その中に入江真理子氏の『ロシア流芸術家の育て方』と言うロシア音楽体験の文章がある。

—大学が受験生に求めるのは上手い下手ではない。弾き始めて4〜8小節のところですぐ止められ、次のような課題が教授陣から矢継ぎ早に出されるー

「では今度は、恋い焦がれている人が目の前にいると想像してその人に向って弾いて下さい。」

「はい、次はその好きな人がたった今恋敵に横取りされたと言う状況で。」

「世界で一番嫌いな人にじっと見られているとしたら、どう弾くでしょう?」

「お腹が痛くてしかたがないけど弾かなきゃいけないという設定で、はいどうぞ!」

どう思われるか。学校教育同様、音楽教育でもとにかくひたすら譜面通りに間違えないようにする練習を求められる日本の教育とは大きな違いがあると思う。

「表現」と言う言葉の意味の捉え方が全く異なっていることが分かる。

リオのカーニバルで有名なブラジルでは、学校での音楽教育がないそうだが、美術同様、我が国の音楽教育も、そろそろ考え方を改めないとやがて「無意味化」するのではないか。

心情表現のないところに芸術は存在しない。