2017年12月07日(木)

弾けるようになったらカッコイイ楽器って?!?

テーマ:学校教育

僕の勤める高校で担当している授業「楽器と文化」は2時間続きでの器楽実習。

今年度はお琴(筝)とカホン、アコーディオンの演奏実習に取り組んでいる。

その、お琴の授業の休み時間に、僕は音楽準備室で次の時間の準備をしていると、音楽室の方から漏れ聞こえてくる誰かの話声。

「どうせやるなら弾けるとカッコイイ楽器をやりたいよな」と。

ちょうどお琴の実習に取り組んでいる期間だったから、お琴なんてできるようになったところで、あまりかっこよくないと思ったのかもしれない。

そんな生徒の気持ちも分からないでもない。

僕が高校生の頃だったら、ひょっとしたら同じことを思ったかもしれない。



けど、これだけは確かなことなので言っておこう。

「どの楽器が弾けたらカッコイイ」なんてものは無いのだ。

どんな楽器であっても、上手に且つ楽しそうに弾きこなす姿こそがカッコイイのだからね。

エレキギター?ドラム?何をやってても下手な演奏なら、ちっともカッコよくなんかない。



そのカッコイイ姿を人前で見せるためには、みんな人知れず練習を積み重ねるんだよ。

そういった見えない部分での努力も含めて「人のカッコよさ」が全身からにじみ出てくるのだ。

そういった見えない部分での努力の積み重ねこそが、カッコイイ音を奏でることが出来るようになるのだ。

勘違いするなよ。



 

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2017年09月06日(水)

体罰に関して

テーマ:学校教育

僕は今まで誰にも話したことは無かったけど、体罰で悩んで悩んで、実は学校を辞めたことがある。

 

今まで、説明もめんどくさいし、高校は普通に留年して4年行ってたということにして話していたが、実はそうじゃない。

 

幸い、ネット上の情報でも僕がどの高校を出ているのか?という事実は、後に入学~卒業した高校名しか出てこない。

 

おそらく、誰も僕のことなんて覚えてないんだろう。

 

今さら、なんていう高校に居たか?なんて口が裂けても言うつもりもない。

 

僕は1学期在籍しただけで自主退学したので、多くの同級生に覚えられていなくても当然。

 

とにかく体罰の厳しい学校だった。

 

正座させられて両腕が耳にぴったりと付くように伸ばした状態

で上に揚げた状態で1時間。

 

少しでも腕が曲がったり、ふらついたりすると体育教師に竹刀でボコボコに殴られてしまう。

その体罰が施行されるには、理由もあると言えばあるのだけど。

 

それは遅刻。

 

体育の時間に一人でも遅刻してしまうと、その日の体育の授業は中止となり、連帯責任ということで全員揃って体罰が実施される。

他には、クラスの誰かが女の子にちょっかいを出した(スカートを捲った)とかで、お前らのクラスはどうなってるのだ!連帯責任だ!ということで体罰が実施されたのも覚えている。

僕は遅刻もしてないし何も悪いこともしてない。

 

連帯責任って何なのか?悩みに悩んだ。

 

自分が何もしていなくても、クラスの誰かが悪いことをすれば体罰だ。

 

じゃあ、誰か悪い行いをしようものなら、正義感を発揮して、それを窘めるのか?

 

そんなことをすると、たちまちイジメが始まってしまうことも目の当たりにした。

 

こんなところに居たら、いつか殺されると、そのイジメのターゲットとなった生徒が僕に言った。

 

僕は彼を助けられないことが悔しくて泣いた。

 

僕は彼の顔も名前も、実はよく覚えていて、絶対に忘れられない。


先生にこのことを話しても「それは正義感が強すぎる」と言われたことも絶対に忘れない。

日常的に体罰を執行していた教師たちも絶対に許せないが、この時に「正義感が強すぎる」と言葉を放った担任教師の罪が最大だと感じている。
 

ターゲットとなった彼は、正義感が強すぎるという理由にて、イジメられても仕方がないという見解。


学校も教師も彼を守る気が皆無。

ここで僕が彼を庇ってみても、共倒れとなるのが必至だろう。

やがて僕がターゲットになるかもしれないと、その時に動けなくなってしまった自分の感情もよく覚えている。

 

その後、体育用の更衣室で僕の腕時計が盗まれたのも覚えてる。


母に買ってもらったばっかりの腕時計。


自分の大切な物を盗まれても、怖くて被害すら届け出ることもできない。

 

体罰も嫌だし、よくない行いを窘めるのも怖いし、結局は僕はその高校から逃げ出してしまった。

 

 

 

その経験は「逃げた」という罪悪感でしかないから、一つ目の高校を中退して別の高校でやり直した事実を今まで外に向けて話すことができなかった。


あのまま、僕があそこに残っていたら、今の自分は絶対に無い。

 

ひょっとしたら、生きていないかも知れない。

 

 

 

体罰も紛れもない暴力。


当然イジメも許しがたい暴力。
 

暴力は人の心が全く動けないように固まらせてしまう。

 

判断する力を奪う。

 

人の心を暴力で育むことは絶対にできない。

 

そして、体罰によって受けたストレスは、そのはけ口が必ず弱い者へと向けられてしまう、暴力の連鎖。

 

 


暴力で育った人間は、暴力を使わずに人を育む方法を工夫できない。

 


高校の非常勤講師として教育現場に携わって13年。

 

その場に立つにあたり、まずは体罰だけは絶対に許してはならない!と、これを誓った。

 

どんな理由であろうと、その場を取り仕切る人が誰であろうと、人が人を殴ったりなど、身体的、精神的に苦痛を与えたり制裁を加えても良い理由なんてものは一つも見つけられない。

 

 

 

最近、巷で話題となった件(具体的に書くつもりは無い)で、当事者同士は理解~納得済みであるってことなら、その場面はそれでいいのかもしれない。

 

あの人一人だけの行動を取り上げて非難するつもりは無い。

 

そもそも、あの場で収拾がついていた事象であり、その後も問題とはなっていないのなら、実際にあの場に居なかった無関係者にとって、知る必要すら無かった事実だとも思ってる。

 

雑誌に載せて話を拡げてしまうことで、暴力の当事者を叩いたつもりが、当事者とくに子どもの立場が追い詰められてしまうとも思う。


なので過去にもこれからも、絶対に個人名を挙げるつもりも無いし、あの人一人に向けて言うつもりもない。

あの事象を受けて、安易に暴力を容認するようなことを無責任に言い放った全ての人に伝えたいだけだ。

あの件が全くの無名人、例えば学校の先生の振る舞いであっても同じことが言えるのか?

 

例えば、あれが学校の軽音のライブで、生徒があれと全く同じ状況のことをやらかして、それを受けて顧問の教員があれと全く同じ振る舞いをしたら、全国民意見として総非難とならないか?

 

このご時世おそらく、その教員は懲戒免職となる可能性も高い。

 

 

 

ああいった暴力での制止に至るまでに様々な理由があったのも子どもに非があるというのも全て理解できる。

 

が、それらの全てはどれ一つとっても暴力を容認るする理由にはならない。

 

それと暴力は全くの別次元だ。

 

理由や人によって、暴力が許されたり許されなかったりするなら、そこは法治国家ではない。

 

それだけの信頼関係?親子に匹敵する関係?

 

それだけの信頼関係があるというなら、本番であのようにならない指導ができていない状況に矛盾を感じるところでもある。

 

それに、信頼関係とか親子関係とか、いかなる関係性であったとしても、それは暴力を肯定する理由としてはならない。

芸術もスポーツも・・・指導に暴力は無用だ。

 

学校現場で毎日子どもたちと接してる教員なんて、どれだけ子どもに非があったとしても、これは暴言にならないか?体罰に当たらないか?と、一つ一つ慎重に取り組んでいる。

 

それでも、学校の教員の振る舞いとなると、ちょっと何かがあると全く関係の無い人にまで猛烈に非難される。

 

そういう時に「学校の先生はロクな奴は居ない」って非難したことがある人も少ないくないと思うけど、自分の過去の言動も思い出して、もう一度考えてみてよ。

 

一貫性なんてないままに、大衆の「そうだそうだ!」に靡いてるだけじゃない?

 

いつも僕がこのブログで伝えようとしている他の件にも、全く同じことがいえると思う。

 

 

 

 

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2017年07月08日(土)

学校での音楽の授業を馬鹿にしないで

テーマ:学校教育

音楽教育を守る会に賛同する音楽教室、先生による主張で、これもまたよく見受けられるのが、学校(小・中・高)での音楽の授業を引き合いに出したもの。

 

とりわけ、学校での音楽の授業を馬鹿にするような発言も少なからず見受けられるので、私も心を痛めています。

 

その中でも「学校の音楽の授業なんかでは音楽人は育たない」というような心無い発言は今でも決して忘れられません。

私自身、作曲家でもあり、同時に演奏家、音楽教室の運営者、音楽教室に従事する労働者、そして公立高校の非常勤講師も10年以上続けています。


今回は高校教師としての立場での話を皆さんに聞いていただきたいと思います。

 

自分たちの意見を正当化するために、他者を蔑むような主張の手法は教育者としてあるまじき行為です。

 

学校での音楽の授業を馬鹿にしないで欲しいものです。


学校での音楽の授業は、これこそが教育活動そのものなのです。

 

 

 

ところで、最近の学校での音楽の授業を実際に見たことがありますか?


進級、卒業の目安となるための評価を与えるために、大切なルールを「音楽というコンテンツを通じて」教えているのです。

音楽、楽器に対してモチベーションを持っている生徒も、そうでない生徒に対しても、平等に教育を受けられる機会を提供しているのが学校教育です。

 


同時に何十人もの生徒を相手にして単に音楽・楽器を教えているのではなく「音楽を通じて」社会に出るための大切な教育・訓練機会を与えるのが学校教育です。

 

それが学校教育法上での学校の授業であり、それが教育というものです。


また、6月ごろには、その学校の卒業生で音大・芸大に進んだ先輩たちが教育実習生として母校に戻ってきますから、そういった「生きた手本」となる先輩を間近で見られることで、新たに目標意識を持ち、励みにする生徒も少なくないのです。

 

 


家庭があまり裕福ではなく、家に楽器が無い生徒でも、音楽教室に通うことができない生徒でも、学校に来ればピアノやいろんな楽器を触ることもできます。

この楽器じゃダメだとか、次のステップには上級の楽器が必要だなんてことも、学校教育現場では絶対に言いません。

まあ、私たち教師からも分け隔てなく指導を受けるチャンスが与えられます。

音楽教師は、昼休みや放課後にも楽器を交えて生徒たちとワイワイ楽しく過ごしてるんですよ。

授業時間も大切ですが、学校生活の中での休憩時間や放課後も、教育活動にとって非常に大切な時間ですからね。

楽器・音楽に興味がなかった生徒、学校外での音楽教育機会に一切接する経験がなかった生徒、音楽が苦手だと思い込んでいた生徒に対しても「できた!」を実感できる授業づくりを行うのが学校教育です。

今までにも、音楽が苦手だと思い込んでいた生徒が、学校での音楽の授業を機に、何人もの生徒が楽器演奏を趣味とするようになったり、軽音楽部に入りバンドを始めたり、歌が好きになったり、あるいはパソコンでの音楽つづりを楽しめるようになれる機会をたくさん作ってきました。

 

 

 

学校の音楽室、そこにある楽器は全生徒の共有財産ですので、みんなが自由に楽器と親しむことができる場でもあります。

私自身としては、一人でも多く「アコーディオンを知ってるよ!」という生徒を増やしたいと思っているので、実際に私物のアコーディオンを何台も現場に投入しています。


そこから更なる学びを志し、音楽大学・芸術大学を志す生徒には、当然一般的な公立学校での音楽の授業だけでは、受験に向けた指導が行き届くはずもありませんので、地域の音楽教室・先生を紹介しています。

実際に今まで何十人も。

これは私たちの学校だけに限らず、どんな学校でも同じです。

また、学校の先生自身も、自らの音楽力・楽器演奏力・知識を高めるために、地域の音楽教室に通ってる事実をご存じでしょうか?

そうやって、学校の音楽教師自身がまずは自分自身の向上のために音楽教室に通い、どの教室、どの先生になら、うちの生徒を任せられる?という市場調査も同時にやっているのです。

自ら経験していないものを生徒に薦めるわけにもいかないのです。

ですが、こうして学校での音楽の授業を馬鹿にしたリ、音楽著作権を公然と蔑ろになさるようでしたら、全ての学校・教師は「音楽教育を守る会」に賛同している音楽教室には、大切な生徒たちを預けることはできませんので、今後そのような教室を紹介することもないでしょう。

 

学校教育での教えに反するような考え方で、自分たちの考えだけを正当化するような主張をする人たちに、大切な教え子を預けられるわけがありませんからね。

 

 

 

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2017年06月23日(金)

学校での音楽の授業

テーマ:学校教育

高校での授業風景(ほんの一部)です。

 

僕は高校で、ごく一般的な「音楽の授業」のほか、この高校特有の「エンパワーメントタイム」指定講座でもある「DTM表現」と、芸術選択科目の「楽器と文化」を今年度は担当しています。

 

先日は授業公開期間という設定日があり、うちの生徒の保護者の皆さんを始め、近隣の中学校の先生、保護者の皆さん、それから他の高校の先生方も授業見学にお越しいただいていました。

 

僕の担当する「DTM表現」もこの期間中に該当していましたので、たくさんの方が授業見学にお越しいただきました。


今日、紹介してみようと思うのは、このDTM表現ではなく、「楽器と文化」という授業。

今期はまず最初(4月)に、カホンの演奏実習に取り組みました。

そして次は、なんとアコーディオンに!

僕が教えるのですから「ちょっとやってみました」なんて中途半端なレベルではありません。

惜しまず私物機材を投入、やるなら本気です!

将来に音楽療法、保育、幼児教育系の短大へ進学する生徒にも、「現場で使えるアコーディオン」として教えていますので、既に独奏での表現ができるようになった生徒も実際にいるんですよ。

僕らの教え子たちが、アコーディオンを抱えた保育園、幼稚園・・・の先生となる日を、僕は夢見ています。

そして6月後半からは夏休み前までの総まとめとして、カホン、アコーディオンを中心に、キーボードやギター、ベース、マリンバ、ビブラフォンなどを活用したバンドアンサンブルに取り組み始めました。

 


ちょっとしたバンドを組んでみる実習です。

メンバーを決め、楽器パートの振り分けを決め、そしてバンド名をつけます。

楽器の演奏だけを教えるのではないんですよ。

メンバー同士、互いのことを思いやり、担当パートの振り分け時に考慮すべきこと、どんな条件で何から先に決めていくべきなのか?

学校教育では、このように他人を思いやる心、コミュニケーション力を養う機会としても、大きな役割を果たすことになります。


 

今期の授業で演奏する楽曲は、カホン、アコーディオン、ギター、キーボード、マリンバ、ビブラフォン、ベース・・・を使って高校生たちによるアンサンブルを想定して、実際に「できる」ことを実感してもらえる曲を僕自身が作曲しました。

このアンサンブルの仕上がりは録音、録画し、生徒たち全員の同意があれば公開することにしますね。

使用目的は学校教育用の楽曲ですから、合奏譜も格安で販売(PDFによるダウンロード販売)しようと思います。

実際の仕上がり具合を見て、楽曲には問題が無かったか?ということを省みることは、僕自身も良い勉強の機会となります。

改善すべき点があれば、この楽曲をコチョコチョいじくりまわすのではなく、潔く新しい作品を創作することで対応していこうと思います。



こんな授業計画で、きっと一番楽しんでいるのは僕自身だろうと思いきや、生徒たちも生き生きとした表情で、本当に一生懸命取り組んでいます。

 

 

 



生徒たちの表情を見ていると、僕よりも数倍楽しんでいるように見えます。
 

 

 

 

こんな風に生徒同士で、お互いのペースに合わせて合奏の練習をしたり、互いに教え合うことができるように指導します。

 

これが学校の教師として大切な仕事。

 



こんな風に、どの生徒も夢中で取り組んでいますので、2時間続きの授業なんて本当にあっという間なんですよね。


こんな高校があるなら、僕が通いたかった!

と、この高校に勤めるようになってからの12年、ずっとそう思っています。

この学校は21世紀ならではの取り組みが実現している、最先端の公立高校かも知れませんよね。(そうなるまでに何段階もの苦しい思いもありましたが)



色んな大学での音楽の教職課程でも、もっともっと生徒たちの身近な題材を用いて、生徒たちが率先して実際にやってみたくなるもの、そして本当に使える音楽に近づけるように、皆で一緒に情報交換をしながら取り組んでいきましょうね。

大学の教職課程、教育実習担当の先生も、もっといろんな学校の授業を見に行ってください!

敢えて、音楽専門学校の授業も見に行ってください。

そして、授業の内容ではなく、生徒たちの顔に注目してください。

「理想的な授業のカタチ」なんて、机上で考えただけの一種類だけじゃ絶対にダメです。



巷では、学校の音楽の授業では音楽人は育たない、というように学校教育を馬鹿にした意見を目にすることもあります。

全国の公立・私立学校の音楽の先生、こんな風に馬鹿にされたまま黙っていてはいけませんよ。

学校は人間の育成そのものが第一です。

どんな教科であれ、指導を通じて生徒たちが生き生きと取り組む姿を引き出すことで、学習活動全体、生活全体を活性~相乗効果を持たせるための指導をしているという現実を、もっと世に知らしめて行きましょう。

学校教育は、音楽教室でレッスンに来ている生徒、それとその保護者だけを満足させればいいようなサービス業とは、教育の意味も質も全然違います。

これを機に、分かってない人たちに「ホンモノの教育というのは、こういうものだ」と教えてあげましょうよ。

公立・私立の学校教員の皆さん、違いを見せつけるときが来ましたよ。

 

 

 

[mixi]JASRACは僕らの町役場

http://mixi.jp/view_community.pl?id=6287023
音楽著作権、JASRACについて、正しく知りたいという人、既に正しくご存知の皆様は、常識人であることの証、コンプライアンスの証として、是非ご参加ください。

 

そもそも僕がこのような話題を取り上げ始めたのは、僕が勤める高校で"DTM表現"という授業を担当していて、その授業の中で「わが教え子たちを犯罪者にしてしまわないために!」というテーマを単元とした授業で、音楽著作権にまつわる常識・非常識を教えるために、こういったネット上での事実誤認情報拡散を訂正するためのネタ集めからです。

知らないままでは本当に恥ずかしいこともありますし、知らないまま犯罪者になってしまっても困りますよね。

これってホント?っていう音楽著作権にまつわる都市伝説、逸話の真偽を確認したい人は、遠慮なくコメントをくださいね。

もちろん、僕自身も真偽を知らないことがありますので、そういう場合はその都度JASRACに問い合わせをしますので。

 

 

 

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2016年11月25日(金)

ワープロ検定の文書作成問題、現場でのリアルな例

テーマ:学校教育

僕の勤めている高校では、ビジネスコンピューターという科目があります。


実は僕がその教科の授業担当でして、前期/後期の各期末に校内で実施する、ワープロ検定3級に合格しよう!という目標で半年ずつの選択科目として開講中なのです。

僕は基本的に音楽科担当教員ということでその高校に勤務しているのですが、コンピューター系科目と芸術科目のハイブリッドである"DTM表現"の講座を担当したのをきっかけに、学校からはコイツはコンピューター系にも強いのか?と思われてしまったようで、いつの間にか僕に白羽の矢が。

確かに、かつては一般企業勤務経験もあり、現在は個人事業主ということもあり、日常的にビジネスにはコンピューターが欠かせない生活をしているということにも間違いはありませんし、とりあえずは一般社会・ビジネスシーンを知る一人の民間人の立場としての方が教えやすのかな?ということで納得をしながら教鞭を。


 

 

教え子たちが将来書くであろう履歴書の資格欄には、何か一つでも仕事に役立つ資格を!ということで、ビジネスコンピューターを受講する諸君にはワープロ検定の受験を勧めているわけです。

 

もちろん受験料が必要ですし、任意での受験とはなるのですが、とりあえずはこの科目の授業を半年間一生懸命取り組むと、将来の就職・バイトでも必ず役に立つビジネススキルが身につくことでしょう。

 

わが校で実施しているワープロ検定は日本情報処理検定協会によるもの。

わが校も当然ながら公的な教育機関等いうことで、団体受験の実施校として認定を受け、厳格な規定遵守のもと検定実施を許可されています。

ワープロ検定には「速度問題(10分間)」と「文書作成問題(20分間)」の2種類に合格しなければ資格取得とはなりません。

 

速度問題は受験級によって異なりますが、10分間での有効入力文字数が合格ラインをクリアすればOK。

 

一方、文書作成問題は20分間で、ビジネス文書(よくあるBtoBでのお手紙)を、いかにきちんとしたフォーマットで綺麗に作成できるかがポイントで、こちらの合格ラインは80点以上。誤字脱字はもちろんのこと、文書のレイアウトにもたくさんの減点項目が設けられているので、たくさんのルールを覚えなければなりません。

 

けれども、半年間この授業を受講して、真面目に集中して練習すれば、3級は確実に合格できる!という内容の授業を行っています。

まあでも、試験対策・練習だけメインというわけでもなく、時には「ビジネスシーンの実際」ということで、ちょっと出来の悪そうな(?)上司がテキトーに書いた文書の下書きをもとに、どのくらいのスキルが身についているのか?ということも確認したりします。

こんな感じの下書き、アルアルですよね(笑)
 

 

「新規入会キャンペーンの・・・」大事な手紙のタイトルも名刺で隠れてるし、どうしたらいいのだ?

よく読んでいくと、なんか誤字もあるようだし、体裁の上での抜かりもいくつかあるようだし、それに差出人はどうしたらいいんだろう?

ワープロ検定を受験しようともしなくとも、こんな時に全く困らないスキルが生徒諸君の身に付いてくれたらなあ、というのが僕の願いです。

 

※下書き例は、わざと汚く書いてます。(僕が書きました)
 

 

※団体名は実在しない架空もののつもりですが、万が一同じ名称の団体が実在していたとしても、それとは一切無関係です。

 

 

 

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2016年11月08日(火)

昨日の教材づくりとは・・・

テーマ:学校教育

昨日のブログで話してた高校の授業で使う教材準備とは・・・
 

 

まずこんな風にドラムの演奏と動画を撮っておきます。

今回は予め楽譜を書いて演奏~撮影+レコーディングしましたが、場合によってはとりあえず先に演奏~撮影+レコーディングをして、それを見聴きしながら採譜する場合もあり。

 

まずは、このドラム演奏8小節分をDAWのアプリケーションで打ち込んでみるところから。

 

これだけじゃ何の曲かわからないですよね?

では次にシンセ・ベースの音が加わったらどうでしょう?

勘が良い人ならわかるかな?

 

 

なんて言いながら授業が進んでいきます。

 

この後、バッキングのギターが重なり・・・

 

 

そして、ここまでくると分るのかな。

 

映像は全部ドラムのままなのですが、シンセ・ベースはふつに鍵盤で弾いてるだけですし動画撮影は省略、そしてギターはチョーキングとかスライドなどの奏法を生で見てもらいたいので、コンピューター教室にエレキ・ギターを持ち込んでの解説となるため、映像はドラムのままです。


こんなプランが今回の単元。

 

2限続きの授業1回分でやり切ることができるか否か?!?

 

 


そして、正解がハッキリわかる、最後の1パート、メインのリード・ギターは・・・

 

 

これら4パートで8小節ほどの演奏をパソコンで打ち込んで、具体的なバンド・サウンドにしてみましょう。

 

ちなみに高校の授業だけではなく、音楽教室きじばとの家では、もっともっと深く広くレッスンを行っています♪

 

 

 

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2016年03月11日(金)

スマホ禁止は誰のため

テーマ:学校教育
今日は、このニュース記事を受けて・・・



キンコン西野「授業スマホ」禁止の先生をばっさり:サービス業である学校の先生はスマホより魅力的か?(佐藤仁) - Y!ニュース http://bylines.news.yahoo.co.jp/satohitoshi



そう、お笑いコンビ・キングコングの西野さん、佐藤仁さんが言ってることも一理アリ。

けど、ちょっと理解不足かなと思えることも一部アリ。

できれば訂正してもらわないと、妙な方向へとミスリードされてしまう点もアリ。



僕自身は学校教員専業ではありません。

基本的には半分はミュージシャンですし、時には仕事でイベントの司会をやることもあります。

ラジオに出て話すことだって有りますし、自分のライブでは当然MCをしていますので、当然ながら発声練習もしていますよ。

話す内容だって、分かりにくい表現にならないよう、めんどくさがらずに台本を書いています。

そうやって人前に立つときには、写真に撮られたり動画を撮られたりもするので、月に一度は美容院に通っています。

日ごろから本番を想定した訓練は怠っていませんし、ライブ本番と全く同じランスルー状態で常に動画も撮ってチェックしてますよ。

それと同じ準備を、学校の授業でもやっています。

僕にとって人の前に立つというのは、学校でも外でのお仕事でも全く同じ。



それはアンタ(長坂)だけが特殊なのでは?

いえいえ、僕と同じような非常勤講師は学校現場には意外にたくさん居るんですよ。

非常勤なので、他の仕事と兼業しているのが当然。



学校の授業で先生が与えてくれる情報が、生徒にとって必要なのか否かによって、退屈に感じる人も居れば、きちんと聞く人も居るはず。

生徒を引き付けるために、面白いことだけを考えて与えれば簡単なんだけど、学校の授業はそうもいかないですからね。

生徒が授業中にスマホを見てしまうのは「先生の授業が面白くない」タダそれだけが原因ではありません。

記事を書いた佐藤さんの大学での授業例は、比較的お利口さんの学生の例であり、多くの学校現場で先生たちが頭を悩ませているのは、やはりゲームやLINE をやめられない子たちのこと。

中学や高校での授業となると、どの授業も全員が同じレベルで必要としている情報なのか?といわれると、そうでもないのです。

自分にとって必要が無い情報が発せられている瞬間には、集中力が途切れるのも当然。

自分に関係の無い瞬間だからと言って、自由にスマホを触って過ごして良いのか?

こういう姿勢の生徒がチラホラ存在すると、集中している生徒にとって邪魔な存在とはならないか?その辺も含めていろんな状況を想像してみた上で、学校内での「スマホ禁止」というのも、大切な指導手法の一つとなっているんですよね。

私物のスマホでネット検索などの調べものが必要になるようなケースは、中学や高校の授業中ではなかなかありません。

また、家庭の事情でスマホなんかを所有できない子もまだまだいます。

生徒達が学校を出た後、この法治国家の中でルールに従い気持ちよく社会生活を営む準備としても、「禁止」というルールを作ってあげるのが理にかなった教育スタイルだとも言えるのです。



誰だって「娯楽」のほうが面白いのですから。

僕だってそう。SNSなどでお喋りするのが楽しいですし大好きです。



けれども、今は授業に集中して取り組むべき時間だし、今与えられている情報を聞き逃してしまうと自分自身が損をしてしまうので、僕自身は授業中にはスマホの電源を切ってくのが標準です。

僕が高等学校で担当する全ての授業では、基本的に「電源を切っておけ」という指導が基本。

もちろん、指導に従っていない生徒も居ますので、しつこく指導は繰り返します。

スマホ依存が良いとか悪いではなく、スマホ依存に陥っている生徒は、救ってあげなければならないのです。スマホ依存を解消するためのヒントを与え、その努力に手をかしてあげなければなりません。

教科の授業を一方的に教えているだけが学校教員の仕事だと思ったら大間違いですよ。



自分が勝手に逃避をしてスマホを見ていたせいで大切な授業を聞き逃し、後になってから先生教えてくれ!もう一度言ってくれ!という無駄な時間を、どれだけ浪費していることだろう。

僕自身、いや僕に限らず、教員という商売の人間なら二度三度繰り返し言うことは日常的であり、大して苦にしていません。

教員側の負担の問題ではなく、そうやって無駄な時間を費やすことで、聞き漏らし無く話を聞いていた生徒の貴重な時間を奪っていることに気づいて欲しいものです。



それが未成熟な子どもたちにはなかなか分からないんですよ。

娯楽への誘惑を簡単には断ち切れないんですよ。

それでも僕らは、そこを切り替えられるように、ONとOFFを使い分けられるよう、子ども達には根気よく教え続けなきゃいけないのです。

僕自身、有無を言わさず「禁止」というやり方には実は反対なのですが、学校によってはそんな悠長なことを言っていると成り立たなくなってしまうタイプの学校がたくさんあります。

大切なのは「遊ぶとき」と「学業に集中して取り組むとき」を「上手く切り替える力をつけさせる」ことも学校教育では大切になってきます。

教員は、時には面白くないことも言わなければなりませんし、生徒達に嫌われてしまうようなこと、生徒達にうっとおしがられるようなことも沢山伝えなくてはなりません。

そして学校では、決められたこと、与えられたことができたか否かによって、点数で評価をつけなきゃいけません。

僕は音楽の担当教員ですが、僕自身は音楽に点数をつけること自体には反対ですよ。

だからと言って、僕は評価・採点という職務を拒否することはありません。

拒否したいのであれば、教職に付くべきではないと思っていますからね。

僕は音楽そのものに点数をつけるというより、生徒一人一人が社会に出てからの評価のあり方について、一つのヒントとなるように採点方法や「人の感情」「組織・会社への貢献」についてを説明する機会として評価・採点を活用しています。

努力を惜しまなかった生徒には、結果がどうあれ、努力してきたプロセスを振り返り、自己評価をさせる。

サボっていた生徒には余計な情は無用。実際の社会と同じように冷たい評価をすることも。

ただ、決して黙って切り捨てることはせず、必ず回復するべく手段を残す。

そして、かつてはスマホ依存で、スマホの電源を切ることができなかった生徒が、そこから脱することができたのであれば、僕としては大きな評価を与えたい。



あくまでも学校教育現場なので、学習指導要領での方針を重んじ、ある程度の基準の上でできるだけ公平な評価を心がけていますが、実際の社会では不公平の連続で、管理者・評価者の都合や感情に評価は左右されてしまうのも実情。



ということで、僕らはサービス業とはほど遠い、嫌な役回りを担わなければなりません。

授業が面白い、生徒ウケの良し悪し、そんなことだけで仕事はできないのです。

しかも組織の中の一員として、学校全体、都道府県の教育委員会、そして文部科学省の考える教育のあり方に参画するのが教員としての役割です。



個人的に自分の主義主張で教育を進めたいのであれば、私塾を開講すれば良いだけでしょう。



僕自身、僕の音楽、僕のアコーディオンを僕らしく伝えるために、私塾として音楽教室きじばとの家を開講してますし。



それが、ある日、学校に芸能人がやってきて、おもしろおかしく単発授業をやれば、生徒達の集中力は驚くほど持続します。

寝てしまう生徒もスマホをいじりで逃避する生徒も非常に少ないでしょう。

それはハッキリ言って講演・授業内容が本当に面白いか?否か?だけの問題ではなく、普段とは違うもの珍しさと刺激の大きさが故の限定的な「引き付け力」なのです。

そう「今だけですよ!」「タイムサービスです!」の状態。

実は教育実習生がやってきて、初々しく授業をやるのも同じです。

指導経験が限りなくゼロに近いド素人が突然やってきて、拙い授業をやっても、生徒たちは案外聞いてくれます。

それは自分達に歳の近い兄さん姉さんが一生懸命やっていることに対する共感もありますし、なにより物珍しさの刺激です。

僕自身も教育実習期間は「間違いなく成功した!」と大きな勘違いをしたまま教育実習期間を終えました。

けれども初めて実際の学校現場で一年間を通じて音楽の授業を担当した年度の最中には、何度も自分が失敗しているように感じましたし、何度も途中で投げ出したくなるぐらい辛くもなりました。



さて、最後に「スマホ禁止」に話は戻りますが、21世紀の学校現場の実際は、決して昭和の軍隊的教育なんてやっていません。

体罰どころか、頭ごなしに叱り付ける事も絶対にしません。

家庭ではスマホとの付き合いかたなどの躾は全くせず、学校に任せっきりにし、そのくせ学校で禁止にしたら教師の怠慢だとか思考停止だとか言われたらたまったもんじゃないですよね。

「スマホ禁止」という指導手法を否定されてしまうと、決められたことをやるまでも無く、権利の主張が先に来てしまい、いわゆるモンスター化も加速してしまいます。

けれども、僕ら教育現場に立つ人間は、生徒や保護者のことをモンスター扱いはしないんですよ。あくまでもモンスターじゃなく人間だ!と信じて接する努力を忘れていませんからね。



スマートフォンと生徒達の付き合い方には、僕ら学校現場の大人たちがどれほど苦労をして、どれほど時間を費やしているのか、掻い摘んだ限定的な情報・経験で全てを知った気にならず、もっと実際の教育現場を継続的に見ていただいた上で、ぜひ西野さんにしても、佐藤さんにしても改めてアイディアを出してみて欲しいです。



このままじゃ日本はダメになっちゃうんですよ。



今の状態では、便利な道具を使いこなすより、道具に振り回されているだけです。



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2016年01月28日(木)

教員用のパソコン画面

テーマ:学校教育
もう何年になるのかな?

非常勤講師として勤務している公立高校では
一般の音楽の授業以外にDTM(DeskTopMusic)という
授業も長年担当しています。

ざっくり言うと、パソコンで音楽を作る授業で
「創作する」ことにに重点を置く音楽の授業です。

「みんなも作曲ができるんだ!」ということを
必ず実感してもらって修了となる授業で
この高校の名物授業のひとつとなっております。

この授業に限らず、この高校に限らず
現代の教育用機器は非常に便利になっているので
生徒の取り組んでいる画面をマルチ画面で把握。

どんな作業途上で困ってるのかな?と一目瞭然。



複数の生徒の作業状況を歩いて見て回らなくとも
すぐにアドバイスをすることができます。

そして、ときどき、授業とは関係の無い画面を・・・
これまた一目瞭然。



すぐに長坂先生に叱られてしまいます(笑)

来年度からは新カリキュラムとして
「DTM表現」と講座名を改め
授業時間数も倍増となる予定。

こちらも新たに「できた!」を実感してもらえるような
新たな創作課題を作って行きたいところ。
また来期からは音楽著作権教育にも力を入れます。



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2015年09月02日(水)

実は今までに履歴書上で学歴の詐称をしていました

テーマ:学校教育
実は今までに履歴書上で学歴の詐称をしていました。

それは高校入学時期に関する記述。

今まで、バイトや就職で書いてきた履歴書には、

昭和60年4月 大阪府立吹田高等学校 入学
平成元年3月 大阪府立吹田高等学校 卒業
平成元年4月 大阪芸術大学芸術学部 入学

と書き続けてきた。

おそらく計算して気付いたとしても、そこは気にするべきところではないのかも知れない。



昭和60年は西暦で1985年で、阪神タイガースファンの人は、きっと忘れない年だ。

一方、平成元年は昭和64年でもあり、西暦では1989年。



西暦からこの履歴書を計算をすると高校の入学から卒業までに4年を要していることが分かる。



実は間違いでもなんでもなく、僕は高校を卒業をするのに4年がかかってしまったのは事実。

でも実は一つの高校で過ごしたのではない。

昭和60年に、ある高校への入学と退学を経験していることを故意に隠蔽して、書かないことにしていた。

それは、その時のことを聞かれても、話したくないから。

僕は決して悪いこともしていないし、うしろめたいことも全く無いのに、経歴上「汚れ」てしまっていることが極めて不本意。

単に「留年した」という体裁にしておいて、勉強が苦手で成績が良くなかったのでという言い訳で済ませようと思っていたのだけど、入学時期と卒業時期で元号が変わってしまったマジックにも助けられて、うまく誤魔化されてしまっていたのか一度としてその矛盾を指摘されたことがない。



というように、昭和60年の高校入学~退学は、あまり良い記憶でも無いし、その高校名を書くのも嫌だったから。

例えば中学卒業が昭和59年で、高校入学が昭和60年って書いたら、これはこれで説明がめんどくさいんだよ。



けれども、高校に勤めるようになる際の履歴書には、昭和60年の記述を初めて正しく書いたよ。

その時の経験を赤裸々に、自分が教育現場に立つ際の心構えなどを、志望理由書などに長々と書いたからね。



ということなのですが、履歴書上の経歴詐称は不法行為です。

今までに正しく経歴を記載せずに履歴書を提出し、採用してくださった企業の皆様には申し訳なく思います。

が、今後、もし学校以外で履歴書の提出を求められたとしても、その学校名を書くのが絶対に嫌なので、今後も記載しないと思います。

決してそれを許せとは言いません。各々の価値観でご判断ください。



さて水曜日だ、今日も1時間目から6時間目まで詰めています。

昼休みには音楽室に居るので、夏休み中にあった良い事や悪い事、なんでも話しに来てくれ。



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2015年09月01日(火)

話題となった図書館の真似事みたいだけど

テーマ:学校教育
話題となった図書館の真似事みたいだけど、うちは民間の音楽教室。

今日9月1日は夕方までレッスンが入ってないので、午前~夕方までの間なら教室見学と称して小中高校生は遊びに来てくれてもOK。話だけなら聞くよ。

学校へは行けないと思っても良い。

家で家族と話せるのなら、家に居たって良いよ。

なかなか話せる人が居ないなと思ったなら、きじばとの家に来てみないか?

いや、別に話したくないことは無理をして話さなくても良い。

歌ったり楽器で遊ぶだけでも良いから。



というのもね、実は僕自身、高校1年生の9月1日、2学期の始業式にだけ行って、その後、高校へ行くのをやめた一人。



事情は、今の時代では絶対に考えられない非常識、いや非合法な理由が原因。

当時は僕が間違っているかのように思い込まされて、従えない奴はさっさと出て行けと、まんまと追い出されてしまった。

いや、ここに居たら自分が思った方向には絶対に進めないと感じたから、自らの選択で僕は辞めたのだと思っているのみだな。

当時は学校という集団をものすごく怨んだし、絶対に許せないと思った。

もっと大暴れして辞めてやれば良かったとも思った。



今はこれ以上の具体的な理由は公には話さないつもりだけど。

僕は絶対に悪くない。

絶対にあの学校が悪い。教師達が悪い。

今の時代に同じことが行われていたら、逮捕される教師も10人や20人じゃ済まないだろう。

間違いなく学校も閉鎖させられただろう。

あの当時の同じクラスでは、結局半数近くが辞めてしまったとのこと。

同じ学年の一割以上が辞めてしまったとのこと。

多かれ少なかれ僕と同じような気持ちになった人も居たということだろう。



今までには僕が勤める高校での教え子、特にいろいろな悩みと向き合っている生徒には、少し具体的に話した経験がある。

何の根拠も無く、生徒たちの「気持ちが分かる」なんて言えないからね。

自分の経験をある程度話してあげる必要も有ったから。



高校を辞めてしまった先の自分にどれだけ不安があったことか。

家族にも友達にもたくさんの迷惑と心配をかけたと思う。



とりあえずブラブラしていてはいけないから新聞配達をして働いた。

そのバイトに誘ってくれたのは、見放さないでいてくれた数人の友達。

僕が高校に行っていても行っていなくても、今はバンドを一緒にやろう、と。



今のように不登校支援の組織も全く無かった時代。

全然変わらずに付き合いを続けてくれている友達が居たのが救いだった。

恩人だと思っている。



あまり真面目に働いたとは言えない半年間の間、高校生活を続けている友達を見ていて、一年遅れでも良いから再び高校生になろうという勇気が少しずつ沸いてきた。

いや、ホントはダメ元。

実は無理だと思ってた。

勉強なんて得意でもないし、一年間全く勉強もせずに高校を受験したって、受かりっこないと思ってた。

それに一年遅れて高校生になることには、とにかく大きな抵抗が有った。

なんで一年遅れで高校生活をやり直さなきゃいけないのか。

またあんな高校生活が待っているのか?と思うと、戻っても仕方ないと思ったり。



それと、その頃に感じていた学校への不信感、教師達への不信感は、今でも全く消えていないぐらいなんだ。

あんた達は僕の顔も名前も覚えてないだろうけど、僕はそんな教師達の顔も名前も、今でも一切忘れてないからね。

学校なんて大嫌いだった。

教師なんて人間じゃないと思ってた。



それでも僕は教育現場に関わる仕事を自ら選んでいる。

それは、その時代にその学校で行われていたようなことが、誰にも絶対に繰り返させないために。



まあ、でも、長くなるので、また今度。



僕の話しなんて、今は良い。

9月1日に学校へ行けなくなったキミ達の話を聞きたい。

教師としてではなく、近所のおっちゃんとして。

僕は絶対に学校の味方ではなく、あくまで生徒たちの味方。

難しく考えず気軽に音楽教室きじばとの家においで。

(お仕事としてレッスンをやってる時間はちょっと待っててね)

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