クモ膜下出血〜母の闘病生活〜

クモ膜下出血〜母の闘病生活〜

母がクモ膜下出血で倒れて、日々の記録。

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2014.02.28 am4:00

いつもと変わらず朝まで仕事だった私。

am4:19 一緒に住んでいる兄から電話。

「母が倒れた。すぐ病院まで来い」


...何がなんだか分からず、とにかく急いで店を出てタクシーで病院へ。


前の日まで元気だった母。
むしろうちが仕事に行く前まで元気だった。

病気なんてもってないし、思い当たる節がなかった。

『過労?過労かな?そーだ。そーだ。ママ仕事と家の事全部頑張りすぎちゃってたもんね。病院行ったらきっと「心配かけてごめんね。」なんて言ってくるんだ』

そう思ってた。








病気へ着き、救急外来の待合室で待たされること1時間。

「くも膜下出血です。
詳しいことは担当医師からお話があります。」


ん?くも膜下出血?聞いたことはあるけどどんな病気?

くも膜下出血と聞いてうなだれる父。

そんなに悪い病気なの?


そして脳外科の先生からのお話。

くも膜下出血とは非常死亡可能性が高い脳卒中のひとつ。
1/3はその場で死亡
1/3は後遺症が残る
1/3は社会復帰ができる

くも膜下出血にはグレードがあり、そのグレードは意識レベルで決まる。
グレード1から5。
私の母はグレード4。

再破裂を起こした場合、もう終わりだと思ってくださいと。
非常に危ない状況だと。
覚悟はしといてくださいと。




どーして?
どーして母がこんなことにならなければいけないの?

誰がそうした?

悪い人なんてこの世にたくさんいる。
なのに何で母なの?



私の本当の父親は私が高1のとき、亡くなっています。
今いる父親は再婚した父親です。





完全なるママっ子の私をママが置いて行くはずがない。
まだ孫の顔も見せてあげられてないよ?
うちの孫を見るなんてきっとまだまだなんだから、もっと生きてもらわないと。
ママを必要としてる人たっくさんいる。


そんなことを思い、


母へ会いに行くと、たくさんの管で繋がれた母。
見ているのが辛くて。
すぐ目をそらしてしまった。

しかし母は頑張っている。
そのことから目をそらしているみたいで嫌になった。
頑張って息をしている。
まだ母は生きている。


pm12:00 母の手術が始まった。

開頭手術ではなく、血管内治療だった。

足の付け根からカテーテルを通して、脳動脈瘤内部をコイルで埋めるという。


約3時間ほどで終わった。

『無事終わりました。』と。


ホッとしました。


そしてまた主治医からのお話。


無事終わった。
が、これからまだまだどうなるか分からない。

出血後24時間以内に再破裂を起こす可能性が高い。
そして48時間以内に再破裂の可能性は減るけどまだ可能性はある。

しかし手術しているので可能性としては低くなっている。

そして、まず合併症として必ず起きるのが頭に水が溜まってしまう水頭症。母の場合は頭を開けていないので、骨髄から水を抜く。

血管攣縮が起きて脳梗塞になる。脳の血管が細くなってしまい血が脳全体に届かなくなる。そして脳梗塞を引き起こしてしまう。
くも膜下は非常に長い病気。
長い闘病生活になると思ってください。と。

まだ20歳の私には初めて聞く言葉や初めてのことが多すぎて全然頭に入ってこなかった。

とにかく命は繋いでもらえた。

1番上の兄もきてくれて、
母の仕事場の人もきてくれて、

20:00まで面会した後、家に帰った。



そして21:00すぎ病院から電話。

『瞳孔が開いたり閉じたりしている。緊急手術をします。急いで病院へ来てください。』


無我夢中で病院へ。

説明によると、

『20:00すぎから瞳孔が開いたり閉じたりし始めた。
可能性としてあるのは、再破裂を起こしている。
そして脳が肥大がしてしまっている。このどちらかです。』


1番聞きたくなかった再破裂。

でも私は心のどこがで絶対に大丈夫ってゆう自信があった。
なんの信用性もない大丈夫。


pm10:00 緊急手術