放課後ディは必要なのか? 

「うちの子重度の身体障害があるので放課後ディがあって助かりました…」

という言葉を口にする一方で、発達障害やグレーゾーンについては目ざましい成果は聞こえてこない。

 

私たちのアドラー・インターナショナル幼児園でも、「発達障害」と診断を受けた子を受け入れている。

今回、その子が「普通学級」への通学が決まった。

 

因みに、この保護者には、通級だろうが普通学級だろうが、この子に良いものはどんどん利用しましょう!とアドバイスをしてきた。私たち(園と保護者の共通理解)の目標は、この子が大人になった時に社会の役に立つ人間に育てることであり、学校はその手段や通過点に過ぎないと考えている。

 

問題なのは、子どもの問題をあきらめたり、その子の個性を伸ばしたりするだけで、社会に役立たない人間に育ててしまう事である。

「うちの子は障害だから仕方がない…」と言う人がいる。

私はこの意見に真っ向から反対する。

 

障害だからこそ、この子の未来を考えて教育する必要があるのだ。

福祉も大切だが、教育はもっと大切だ。教育は一人力を引き出し、人生すらも変える力がある。

 

通常学級に入学が決まった親は何をしたのか? 

発達障害と言われた子が、どうやって通常学級への切符を手に入れたのだろうか?

 

記録として記しておきたいと思う。

①両親との面談

 まず、朝から寝るまでの家庭の生活習慣や親の対応を聴き、間違いは改めるよう具体的な生活指導をした。

②親が実践した

 親は、アドバイスされたことを愚直に実践した。複写日記、下着を自分でしまう、小学校の通学路を歩くなど、親が素直

 に実践した。

③親が成長した

 両親ともにアドラー心理学を学び続け、実践し続けている。アドラー心理学は実践を重視する心理学である。

 本やセミナーで聴いて「知っている」とレベルを超えて「やってみる」という実践を重んじる。

 「知ってる」のと「できる」のでは大違いである。

 分かったつもりでも、できなければ知らないのと同じである。両親とも、学び、実践し続けていることが最大に影響を与

 えていると思う。

 

 

発達障害ブーム? 

私は「障害」を否定しているわけではなく、その怪しさと無知さに警鐘を鳴らし続けている。

実際に障害を持っている子は一定数存在する。

例えば、先天性の障害を持って生まれてくる子は、3~5%存在する。

 

しかし、発達障害だけが、なぜか10%を超えている。

しかも、生体検査も精密検査もせずに診断名が下され、投薬か療育の流れに導かれる。

 

医者が言うからと、妄信している親が多すぎる。

一般的なデータでみると、50~70%の子は誤った診断をされていると思う。

 

従来、個性であり、教育や育児の間違いから来る子どもの「不適切な行動」だけを見て、ある評価基準を元に「発達障害」という名のベルトコンベアーに乗せられ、運ばれている気がする。

 

私も、障害者であるが「障害」は自分の意識・無意識に関係なく変えられないし、改善することもない。

その人たちには「福祉」が役に立つし、支援や援助が必要となる。

 

しかし、「障害」でないとすれば、再教育で変えられるし、更にその子の可能性を広げることもできる。

この子たちに必要なのは「福祉」ではなく「教育」である。

本来、教育によって改善するはずの子ども達が、障害というレッテルを張られて「福祉」の世界に放り込まれていく。

そして、多額の補助金をもらい設けている業者がいる。

「発達障害ビジネス」が盛んであることが残念でならない。

 

私は、一人でも多くの子ども達を正しい教育により、導きたいと思う。