私、こと日和は座席について溜息を零した。
あと10分もすれば朝のSHRが始まるだろう。右手首にある腕時計を見て思った。周囲の学生は楽しそうにお喋りをしている。
昨日あったテレビを話題にしたり、授業前にある小テストを話題にしていたりする。
皆、短いスカートに綺麗な髪。真夏の季節だと言うのに、日に焼けず真っ白な肌を惜しみなくさらけ出していた。そう、ここは女子校。男子の居ない華々しい教室の一つである。
数人でグループを作っていた女子数人のうち。一人、長い黒髪を風に揺らしながら、私の前にまでやってきて声をかけた。
「日和、おはよう」
「あ、瑠夏。おはよう」
声をかけてきた瑠夏は高校で初対面だった。
しかし、面白い位に気が合い、今では親友、と行った所だ。愛らしい容姿に誰にでも平等に接する親しみの良さから、彼女の周囲にはいつだって誰かが居る。何故、そんな彼女が私を気に入ってくれたのか今でも分からない。
一番前列の席に座る私の隣りの席は空白。そこに瑠夏が腰かける。先程のグループの女の子たちはいいのだろうか、ほっといて。心配そうに日和が瑠夏越しに後ろを見る。数人の女の子たちは心配そうにこちらをちらちらと振りかえっていた。だが、瑠夏が戻って来ないのを確認したのか、少し疎ましげに私を見てから談笑に戻って言った。
あの瞳。いつ見ても、良いものじゃない。二の腕に鳥肌が立っているのに気がついて、宥めるようにさする。それに気が付いたのか、瑠夏は不思議そうに目を丸くした。
「なぁに、こんな真夏だっていうのに」
「色々あるのよ」
呟いて鞄から教材を取り出す。SHRが済んで、5分もすれば一限目が始まるだろう。確か、古典だったはず。振り返って黒板を確認すれば、確かに古典であった。教科書やノートを引っ張り出していると、隣の瑠夏が溜息をつく。訝しげに顔を上げてみれば、唇を尖らせる姿が目に入る。
「折角人が話しているのに…」
むすっとした態度。しかしそれは本気のものではない。彼女は寂しがり屋、例えるならうさぎだろうか。死にはしないが。兎にも角にも構ってもらえなかったのが不満だったらしく、机にうつ伏せになる。そんな姿を一瞥してから、授業の準備を済ませる。その間、瑠夏は一言も言わずに私から顔を背けるようにし、左を向いていた。
「瑠夏」
声をかけて瑠夏の前に立ち、頭を撫でる。そろそろと此方に顔が向く。その顔はどこか不満げでありながらも、ようやく構ってもらえたのが嬉しいらしく口元がわずかに緩んでいた。
可愛らしいその姿に此方の頬も自然と緩む。
きっと私と同様。他の人たちもこの表情に魅了されて、瑠夏のことを親しんでいるのだろう。
さらさらの髪の毛を指先で弄りながら、ふと。頭の中に黒い影が落ちる。睫毛を伏せて、気持ちよさそうに頭を傾ける仕草。唇から微かに自分の名前を呼ぶ姿にざわり、と頬毛が逆立った。
ああ、またこれか
呆然と自分を客観的に見つめて思う。
心臓がとくとくと不規則に血液を巡らせる。妙な高揚感が全身を覆い、それと同時に侮蔑と不快の念が脳を満たした。
二の腕が先程とは違った意味で鳥肌がたつ。もう離れなくては。
隙を窺ってそっと瑠夏の髪の毛から指先を離す。離す際に緊張のあまりぶる、と手が震えたが、目を瞑っていた瑠夏はそのことに気がつかなかったようだ。
しかし、突然髪を撫でる感触が無くなったことを不思議に思ったらしい。
パッと目を覚まして、こちらを見上げる。それはまるでおもちゃを取り上げられて、一瞬何が起こったか分からない、子供のような表情だった。
純真無垢。無邪気。
悪意のないその瞳に、自分が移る。邪なことしか考えていない、不純。
まるで、さながら悪魔のよう。
悲しげに顔をゆがめる自分が見える。それから慌てて顔を逸らし、自分の席に着く。タイミングを合わせたかのように担任が入って来て声をかける。瑠夏はしばらく何か言いたげにこちらを見つめていた。その視線が交わらないように、俯く。
瑠夏は立ち上がって、自分の席に戻ってきた。入れ違いのように、隣りに座る誰か。多分隣りの席の山中さんだろう。いつも右隣からする香水の匂いが漂って来て、どうしようもなく安心した。
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ちょっと休憩させてくだはれ…
ということで短編。
苦手な人はごめんなさいですが、うーん(´-~-`;)
傘那。//