言葉の力 第十九話 | うつ病予防の為に~一銀クリニックブログ「心の処方箋」

うつ病予防の為に~一銀クリニックブログ「心の処方箋」

平成25年、沖縄タイムスにて好評連載後、書籍化されたメディカルエッセー『心の処方箋』。
その著者、一銀クリニック院長の城間功旬が、うつ病予防の提案として“言葉の力”をお届けします。
皆様の心の悩みを軽くする読むクスリになれば幸いです。


テーマ:

突然の大きな「喪失感」から、いかに立ち直るか(喪失感1)

 私達は、日々、人生のろうそくを燃やし続けていて、燃やし終わると、人生の幕を閉じる事になっており、誰もそれを避ける事は出来ない。しかし、普段はその事を忘れており、まるで永遠に、人生が続くかのような感覚で生活している。
 しかしながら、加齢とは異なり、ある日突然、若くして、高血圧による脳卒中や、飲酒酩酊時の転倒による脊髄の外傷などで、四肢麻痺になり、首から下が動かなくなる人がいるという事を知る事で、今、普通に歩ける事が、いかに有り難い事かを知り、日々の生活の中でそうならないように、健康維持し脳卒中予防と、飲酒時の転倒予防などの最大限の努力をし、感謝の気持ちで生きてもらいたいとの気持ちから書かせてもらいます。
 また、突然の大きな身体機能の低下による、いろんな「喪失」体験があると思いますが、そのような人生の大きな「喪失感」から、いかに立ち直るかが、本日のテーマです。

症例は、59歳、G男、建設会社の部長。

主訴:リハビリへの意欲がない

病歴:年度末で忙しかったX年3月下旬、仕事中、肩の違和感を覚えて、職場の医務室で血圧を測ると上が200mmhgあった。それからすぐに両腕が上がらなくなったために、部下の車で大学病院の救急室を受診した。救急室で待ってる間に、今度は両足が動かなくなった。「脊髄梗塞」の診断を受け、入院して高濃度酸素療法もしたが、四肢麻痺はわずかしか改善しなかった。
 X年4月中旬、リハビリ専門の病院へ転院し、リハビリに励むが、わずかしか改善がなかったことから、「一生このままか」と思うと不安で仕方がなくなった。X年5月下旬から睡眠が3時間しか取れなくなった。リハビリへの意欲が無くなったことから、6月上旬、入院中のリハビリ病院に心療内科が無いことから、当院へ紹介となった。

初診時の診察:食事と洗面以外は寝たきりの状態。睡眠は2~3時間。食欲は低下。憂うつ気分と意欲の低下が1ヵ月前からある。テレビ・新聞も見れない。楽しい気分が全くない。

G男「リハビリしても思ったようになかなか改善しない事から、不安で眠れなくなった。すると、右手が動きにくくなった。それから、『こういう状態で生きていていいのか。生きる意義があるのか』と考えるようになり、2~3週間前からは、時々、『死にたい」と思う」。

 「リハビリへの意欲が無くなっている。体が動かないのが一番不安」と話す。

診断:「脊髄梗塞による四肢麻痺」という大きな「喪失感」によるうつ病

私「不安から眠れない状態が続き、うつ状態になったために、リハビリの意欲が低下しているのです。睡眠薬と抗うつ剤の内服でうつ状態は改善しますので、また意欲も出てきます。それに伴い体調も徐々に改善してくると思います。早く改善するためにも、今は先の事は考えずに、目の前の事に集中して生活してください。リハビリは、無理なくゆっくりやるように」と話した。

私は「うつ状態は改善していく」と約束し、G男は「自殺はしない」と約束してくれた。

治療方針:
薬物療法(意欲の低下・抑制に効く抗うつ薬と睡眠薬、抗不安薬)
精神療法(支持的精神療法:喪失した身体機能への執着でなく、残された身体機能に目を向けさせ、「これらをいかに生かして生活していくか」と考えれるようにする)

初診から1か月目の診察
G男「毎日少しずつ悪くなっている。もうこの病気は良くならないと思う」
G男の妻「悪くはなっていない」と妻。「睡眠が取れるようになり、テレビも少し見るようになった。しかし、時間があるとまだ考え込むところがある」
私「うつ状態の改善の兆しは出てきており、大丈夫ですので、考えを捕まえずに、目の前に集中して生活してください」と話した。

2か月目の診察
G男「最近は悪くはなってないが、あまり改善はしていない。ただリハビリは毎日やっている」
私「まだ、疲れやすさがあると思うので、無理しないペースでやるよう」話した。

3か月目の診察
G男「おっくうさは、大分改善してきている。前は、リハビリも嫌だったが、今はリハビリへの意欲を出てきている」
G男の妻「最近からは、頑固も出て、怒ったりもして、もとの夫に戻ってきている。前は話もせずに、ずーと黙っていた。私への感謝の言葉も出るようになった」


5か月目の診察
G男「歩行補助器具で10メートル歩けるようになった。理学療法士が『奇跡だ!』と喜んでくれた」

その後G男は、退院して、自宅からリハビリに通い、半年後には歩行距離を30メートルに延ばし、当院の待合室でも、車いすは使わず、歩行補助器具で歩くようになった。私も「すごい!」とG男の努力をほめたたえた。
模合で親しい友人の家にも行った。職場へも、定年退職の挨拶にも行った。
その後もG男はたゆまぬ努力を続け、ますます歩行距離を伸ばした。2年後、薬を漸減し中止しても、症状の悪化もないため、いよいよ当院での治療終了の日が来た。

G男「初めは、失った事の大きさにただ絶望して、『自分なんか生きていていいのだろうか』「生きていく価値なんかないのではないか」と、生きていく意義を見いだせなかった。それは、失ったものばかりを見ていたから」
「しかし、先生のアドバイスもいただいて、初めの脊髄梗塞を起こした時をスタート地点と考えて、そこを、基点として考えると、良くなっていく喜びしかないと気づいた。そして初めて、失ったことにだけ目を向けるのでなく、残されたものに目を向けていく事の大切さに気付かされた。生きていく意義も取り戻せた」
「前は、毎月の模合に行く事も『当たり前』だったのに、今は『有難し』に変わったんですよ」G男は笑った。
私「あなたは、本当によく頑張りました。これからも、また、無理しないマイペースで頑張ってください」

 私達は、平凡な毎日を当たり前のように生きています。でもそれは、ちっとも「当たり前」でなく、「有難し」である事を、G男から学ぶことができます。誰に、いつ何が起こるか分からないからです。
 この平凡な毎日が「有難し」なら、これを大切に保つ努力をしましょう。健康に気を付け、また、不測の事故にも合わないように気を付けましょう(酩酊して、転んで首の骨を折ったりとか)。
 そして、何か起こった時でも、いつまでも失ったものにばかり心が奪われるのでなく、残されたものに目を向ける事が大切である事を知っておきましょう。

 

イラスト:ウエズタカシ

城間 功旬さんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります