昭和女子大事件 最判昭和49・7・19 | 憲法判例解説

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憲法判例の意訳・超訳、解説をします。


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昭和女子大学は、保守的教育を校風とし、穏健中正な思想を教育の指導精神としている私立の大学です。


音楽関係の人には、人見記念講堂でよく知られていますね。都内でも比較的響きの良いホールです。人見圓吉氏という方が大学の創始者で、その後も、人見家の方が理事長をされています。


この昭和女子大学の学生Aは、学内において、昼休みや放課後に、「政治的暴力行為防止法案」反対の国会請願のため署名を集めました。


政治的暴力行為防止法案は、右翼少年による浅沼委員長刺殺事件などをきっかけに、右翼によるテロを禁止するという名目で作られましたが、実際には、「左翼による集団暴力」も対象にするとされました。そこで、社会党などは、デモなどの合法的な表現行為までも抑圧するものとして反発、10万人の請願デモなどを展開しました。この法案を自民党は反対を押し切り強行裁決しましたが、参議院で継続審議となり、翌年廃案になった法案です。


ところで、入学時に学生全員に配布している学生手帳記載の「生活要録」には、学内における署名運動・資金カンパなどは事前に届けること、という規定がありました。

しかし、Aは、この規定に従うことなく署名活動を行っていたため、大学側は取調べを行いました。


その取調べ中に、B及びCが、共産党系の学生組織である民主青年同盟(民青または民青同)に加入していることが発覚、署名活動をしていたAも、民青に加入の申込をしていたことがわかりました。


「生活要録」には、許可なく学外団体に加入することを禁止する規定もありました。「四十年の伝統において政治活動なんかやったことがない、そうして左系の学生なんて一人もいないことを誇りとしてきた」大学側は、民青と関係を断ち切るよう、強く要請しました。


また、これより前に、講師を一名、安保反対闘争に学生が参加するのを黙認したという理由で、大学は、正規の手続をとらず、人見学監による「便箋一枚」で退職させたそうです。この件については、その講師の師である高名な哲学者、下村寅太郎・東京教育大学教授が、人見学監に抗議を申し入れています。


3名のうち、Cのみは、「反省」を表明し、以後、民青とは関係を持たない旨約束して、通常通りの学校生活に復帰したとのことです。大学は残るABに対し、11月8日自宅謹慎を申し渡します。しかし、両名は、年明けの1月26日、都内各大学の学生自治会・民青等が主宰した「戦争と教育反動化に反対する討論集会」に出席し、大学の対応について発言、さらに、2月9日の民間放送でもこの事件について発言をするなどの行動をとりました。


こうした一連の行動に対して、大学側は、2月12日付けで、学則36条4号「学校の秩序を乱しその他学生としての本分に反したもの」に該当するとして、退学処分にしました。


この際、大学側は両名に対し、反省を促すような補導措置を取っていないということです。


そこで、ABは、退学処分が学生の教育を受ける権利を不当に侵害し、また、生活要録が、憲法19条21条等に違反するものであることを理由に、学生であることの身分確認を求める裁判を起こしました。


(2)下級審判決


一審判決


1)私立大学は校風・教育方針に従い、学生に対する自律的な規制も認められますが、憲法19条14条は、私人間においても尊重されるべきであり、私学も、社会公共のためであって、公の性質、公共性を持っています。ですから、私立大学も学生の思想に対して寛容であることが法的に要求されています。
2)学生を処分するには、学生の行動が、現実に教育環境を乱すなど具体的行為が行われたことが必要です。本件の違反行為は、学則に違反しているとしても、状況の軽いものです。
3)退学処分の前に、教育機関にふさわしい過程と手続で本人に反省を促す過程を経ることが法的義務ですが、大学は、その努力を怠っています。


以上のように述べて、退学処分を無効としました。


なお、これは、戦後の東京地裁で行政訴訟の基礎を確立した白石コート、白石健三裁判長。左陪席には、町田判事補がいました。これが後の第15代最高裁判所長官のマチケンさん(町田顕氏)です。当時、町田判事補は、青法協にも所属し、信念の人、と思われていました。(…過去形ですみません。)


一方、控訴審は、


大学側は、学生らの思想に干渉し改変を求めたものではない、とし、
また、一審判決3)の法的義務を否定、大学の措置が、教育的見地から批判の対象になるとしても、社会観念上著しく不当であり裁量権の範囲を越えるものとは解しがたいとし、一審判決を取り消しました。


(3)最高裁判決


1)憲法一九条、二一条、二三条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障することを目的とした規定であり、専ら国又は公共団体と個人との関係を規律するものです。これは、私人相互間の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではありません。


ですから、私立大学の学則の細則である生活要録について、直接、違憲かどうかを論じる余地がありません。


ここはまず、私人間効力論ですね。私立大学は私人なので、憲法によって直接律されるわけではない、ということです。


2)大学は、「国公立であると私立であるとを問わず」学生の教育と学術の研究を目的とする公共的な施設です。法律に特に規定がない場合でも、大学は、その設置目的を達成するために必要な事項を、「学則等により一方的に制定し、これによって在学する学生を規律する包括的権能を」持っています。


特に私立学校は、建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針によって、社会的存在意義が認められるものですし、学生もそのような伝統ないし校風と教育方針のもとで教育を受けることを希望してその大学に入学します。ですから、このような伝統や校風と教育方針を、学則などで具体化し、実践することも当然認められます。学生も、その大学で教育を受ける以上、このような規律に従うことを義務付けられます。


もちろん、こうした大学の包括的権能は無制限ではなく、在学関係設定の目的と関連し、その内容が社会通念に照らし合理的と認められる範囲で是認されるものです。しかし、具体的に、学生のどんな行動について、どの程度、どのような方法での規制を加えるかは、画一的には決められず、各学校の伝統、校風、教育方針によっても異なってきます。


学生の政治的活動の自由も重要視されるべきです。しかし、政治的活動を自由に放任すると、学業をおろそかにしたり、学内の教育・研究の環境を乱したりして、本人や他の学生に対する教育目的の達成や研究の遂行を損ない、大学設置の目的の実現を妨げる恐れがあります。ですから、大学当局が、政治活動になんらかの規制を加えることには合理性があります。


特に、私立大学の中でも、特に学生の勉学専念を特に重視し、比較的保守的な校風を有する大学が、教育方針により、政治的活動をできるだけ制限するのが教育上適当という考えを持ち、学内外での政治的活動を制限したとしても、ただちに社会通念上不合理な制限とはいえません。


そして生活要録の規定は、大学の教育方針に基づいて、政治的目的の署名活動や、政治的目的の学外の団体に学生が加わることについて届出制または許可制をとっているもので、上に述べた通り、不合理なものとはいえません。ですから生活要録の規定は無効とはいえません。


こうして判例は、部分社会の法理を使っています。昭和女子大の教育方針を考えたとき、学外での政治活動をある程度制限するのも合理的だということですね。

なお、この当時は、全国で学生運動が激しかったようです。昭和女子大の学長や幹事が、昭和37年3月23日の40回国会、法務・文教委員会連合審査会に呼び出されて、本件の事情を説明する中で、政治的活動をすると学業がおろそかになると発言して、一部の議員たちから怒られています。


3)本件の退学処分は、実社会の政治的社会的活動にあたる行為を理由としたものですから、学生の学問の自由および教育を受ける権利を侵害し、公序良俗に違反するものではないことが、東大ポポロ事件(最大判昭和38・5・22)の趣旨から明らかです。


また、これは思想・信条を理由とした差別的取扱でもありません。


4)大学の、学生に対する懲戒処分は、内部規律を維持し、教育目的を達成するために認められる自律作用であり、行為の軽重や、本人の性格、平素の行状、他の学生に与える影響、本人及び他の学生に及ぼす訓戒的効果(他の学生に=見せしめ?)、処分しなかった場合の影響、などさまざまな要素を考慮しなくてはなりません。


これらの判断は、大学の内部事情をよく知っている者の合理的な裁量に任せるのでなければ、適切な結果を期待することはできません。


退学処分については、学校教育法施行規則が4つの具体的な処分事由を定めています。これは、退学処分は特に重大な措置であることから、学生に改善の余地がなく、学外に排除することが教育上やむをえないと認められる場合に限って選択すべきものとして、処分事由を限定的に列挙したものと考えられます。


ですから、学校教育法施行規則13条3項4号にいう「学校の秩序を見出し、その他学生としての本文に反した」ものとして退学処分を行うについては、特に慎重な配慮が必要なことは当然ですが、この判定について、そして、退学処分以前に本人に反省を促すための補導を行うことが必要で適切か、それをどのように行うのがよいかについては、学校当局の、それぞれの方針に基づいた具体的、かつ専門的・自律的判断に委ねざるをえません。ですから、学則などで定められていない限り、退学処分前に、補導を行うことが常に学校当局の法的義務だとまではいえません。


ですから、退学前に補導をしなかったとしても、それだけで退学処分が違法になるわけではありません。これを含めた事情を総合的に判断して、退学処分が、社会通念上合理性を認めることができないようなものでない限り、退学処分も懲戒権を持つ学校当局の裁量権の範囲内にあり、効力を否定することはできません。


ここでの規範のたてかたはお分かりでしょうか。要するに、退学処分は重大で、処分事由も限定されてるけど、その具体的な判定や実行は、大学の専門的な裁量に委ねるしかないので、手続に関しても、よっぽど無茶じゃなけりゃ大学の裁量権の範囲内です、ってことです。


では、本件については、退学処分ははたして社会通念上合理性を認めることができないようなものだったのでしょうか。


ここで、最高裁は、原審が確定した事実経過を確認しています。判旨に従い、もう一度まとめておくと、


①大学側は、学生らの生活要録違反の行為を知り、それが教育方針からみて不当であるとして、学生たちに民青との関係を絶つことを強く要求し、登校を禁止しました。この間の大学当局の態度は、全体としては、大学の名声のために学生たちの責任を追及するばかりで、反省を求めて説得に努めたとは言いがたいものでした。


②学生たちは、生活要録違反を知りつつ、民青に加入等しており、違反についての責任の自覚は薄く、離脱を求める大学の要求にも従う意思なく、事実、加入申込中の一人は、12月に正式加入しました。また、教授らの説諭にもずっと反発していましたが、大学側はできるだけ穏便に事件を解決する方針でした。


③しかし、年があけた昭和37年1月に、学生が、週刊誌や、都内での集会で事件の経過を述べ、ラジオ番組でも、取調べの様子を述べたことに対し、大学側は、学生たちが学外で大学を誹謗したものと認め、学生たちの行動が、退学自由にあたる「学校の秩序を乱し、その他学生としての本分に反した」として、昭和37年2月12日付で退学処分にしたものです。


これらの事実関係からすれば、学生たちの生活要録違反の行為自体が比較的軽微なものであったとしても、退学処分は、その違反のみを理由としているわけではないことは明らかです。


大学側が穏便に解決するために学生らと話し合いを続けようとしている間に、週刊誌や学外の集会等において、公然と大学の措置を非難するような行為に及んだことは、彼女らが、もはや大学の教育方針に服する意思がないことを表明したと理解されても仕方がないことと言えます。


もっとも、大学当局の措置についてみると、学生たちと話し合った教授らの言動には、学生たちの感情をいたずらに刺激するようなものもあり、事件を重大視するあまりに、寛容や忍耐を欠いてはいますが、しかし、こうした大学側の措置が、学生たちを反抗的態度においやって、外部団体と接触を深めるきっかけになったというわけではないので、この段階で、大学が、学生たちに改善の見込みがないと判断したことが軽率であったともいえません。


大学が事件を重大視して、学生たちを責めたてたり、黙っている学生たちに対して「それが共産主義の細胞で鍛えた黙秘という奴か」などとなじったり、処分が決定する以前から出席簿の名前を赤線で消してみたり、授業に来るなと追い出したりして、学生の感情をいたずらに刺激するような態度もあったようですが、これが学生たちの行動を引き起こしたという事情があるわけでもなかったというのは、まあ、それはその通りですね。


さらに、民青からの脱退を要求したことは、直ちに思想・信条に対する干渉とはならず、それ以外には、学生の思想・信条を理由として差別的に取扱ったという事実は認められません。


これらをまとめて考えると、大学のとった措置は、教育的見地から批判の対象になるかどうかはともかく、大学がとった判断、すなわち、学生らにはもはや教育方針に従った改善は期待できず、教育目的を達成する見込みが失われたとして、学生たちの行為を「学内の秩序を乱し、その他学生としての本分に反した」ものと認めた判断は、社会通念上、合理性を欠くものとはいえず、退学処分は、大学の裁量権の範囲内にあります。


以上のように最高裁は判示しています。

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