清津神社は、日韓併合から少し経った1917年に日本が咸鏡北道清津府(現清津市)に建設した神社で、祭神は朝鮮神宮と同じく天照大神と明治天皇であった。

 

清津神社

 

1937年以降、日本は「皇民化政策」の一環として神社参拝を強制し、拒否した者を逮捕・投獄し、反対した教団を解散させる等して弾圧した。

 

1945年8月に日本が敗戦するとすぐに、清津神社は現地群衆の焼き討ちにより焼失し、神職たちも焼死した。