迷子の父から明けた年▲a hardly new year! | 三上ナミの浪漫歳時記

三上ナミの浪漫歳時記

東京生まれホーチミン在住の歌謡歌手の三上ナミです、
世界あちこち旅する座敷童子の日常を召し上がれ。
I'm singer from JAPAN.this is my retro pink and colorful diary. My life is great journey.Tokyo→Hochiminh


テーマ:
2019年。


ちょっと、いろんな感情が湧きすぎて頭を整理したいので、新年早々に言葉が雑なのは御免。

▲▲▲

年末年始、去年と同じく今年も家族が私に会いにホーチミンへやって来た。

初日はホーチミン観光をし、翌日からダナン、ホイアンと一泊ずつし、再び12月31日にホーチミンへ。

連日の移動につぐ移動で少し疲労の色が見えていた一行は空港から荷物を私のアパートに置いてから
大晦日の夕飯を私の家の近くのローカルで食べた後、
姉が体調を崩したのもあり、この日の夕飯をサクッと切り上げて家族の宿泊予定の中心地のホテルへ向かうことに。

しかし、通常なら10〜15分で到着する道程も新年を迎えるにあたり大渋滞を引き起こしていたため途中から1時間近く進まなくなり、
結局ようやく捕まえたタクシーを途中で降りて残り20分ほどの道を歩いて進むことになってしまう。

これが、2018年最後の悲劇の始まり。

私と母が一番後ろ、真ん中に姉夫妻、そして父が助手席に座ったのだが、
途中で降りるにあたりまず姉夫妻が降り、安全な道を進むために右に行こうと車内で話していたので義兄が姉を助けつつ右の歩道へ。
(歩道とは言えどバイクはどんどん通る)

続いて椅子を倒して私と母が出ようとしたところ、何故か先に降りる父。

父が降りるため一度後ろのドアが閉められ、父が降りた瞬間に私と母が降りられていないことを忘れ運転席に戻ろうとする運転手。
(うっかりにもほどがある!!!)

その間にまた何故か父は乗っていたタクシーの後ろを通り左側の歩道へ向かうので、
閉じ込められた母娘は窓を叩いて
「お父さん!違う!」と言うが、声は届かず。

車を避けて運転席に戻った運転手に「私たちも降ろしてくれ!」と言うと、
あ、ヤベッ!という顔をした運転手が
「シンロイ(ごめんね)」といいながら再びドアを開けようやく降ろしてくれたので、車やバイクを避けつつ右の歩道へ。

しかし、父がいない。

道の反対側を見てもいない。

というか、人が多過ぎてわからない。

「お父さん!!!」と何度も大声で叫んでみたが、不思議そうな顔をしたベトナム人たちに見られるだけで、父からの返答はない。

焦った。

「それが、父を見た最後の姿だった」
みたいな謎のナレーションも頭に流れた。本当に。

そして、30分くらい探した。

姉と母は同じ場所にいてもらい、私と義兄で探しまくった。

不安はどんどん大きくなる。

母に
ナミ「お父さん、最近ボケはじまったとかないよね?」と聞くと、

母「確かに急に認知症になったのかもしれない」という不安が倍増する返答。

ナミ「最近、おかしいとかなかった?」

母「最近ていうか、ずっとボケたことばっか言うから…」

ナミ「いや、つまらないギャグとかそういうのじゃなくて…」

だめだ。
私は娘なのに、こんな時の父の思考や行動がまるでわからない。

父は携帯もWi-Fiがないと使えない状態になっているため、Wi-Fiを持っている姉から離れると連絡もつかない。

このまま私のことも家族のことも忘れて、数十年後にホーチミンの街角で宝くじ売ってるおじさんになってて再会、とかなったらどうしよう?

こういう時は無駄に悪い妄想が細かい描写をもって働いてしまう。

結局、見つからないので姉夫妻と母と一旦ホテルに向かおうかと話していると、

「ホテルについた」と、父からのラインが。

それが、2018年が終わる5分前くらい。

呆然とする我々の前に0:00になった瞬間、花火が上がった。

もう、すべてが作りごとのよう。
なんてタイミングなんだ。

安堵と嬉しさと喜びとほのかな怒りと呆れと疲れが一気に押し寄せた。

▲▲▲

というわけで、今年も波乱の予感しかない幕開けに怯えておりますが、
明けましておめでとうございます。

皆さまと家族と誰より私にご多幸あれ!!!

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