「ちょ、翔君?どこ行くの!?」

慌てて追いかけてきて腕を掴んだ松潤の手を振り払う。

「ここじゃないどっか」と顔を見ずに答えた。

「外へは出さない!」と、松潤の方も俺が見たこともない逆ギレ寸前の表情で怒鳴り、半分靴を履きかけていた俺に構わず、再び腕を掴まれて室内へ逆流する。

「離せよ!」

今は頭を冷やしたかった。
このままでは言うつもりのないことも口走ってしまいそうだったから。
しかし、彼の力はかなり強く振りほどく事が出来ない。
抵抗むなしく、そこままリビングのまで連れてこられだところで手を離された。

俯き、ソファにどかっと座る松潤。

「…試しでそういう事したのは悪かったと思う。ごめん」
このままキレたままだと思いきや、予想外にあっさりと彼は頭を下げる。

「でも、だって知りたいよ」

「何をだよ」

「翔君の気持ち」

彼はただ、嬉しかった、と言った。
昨夜、俺が「必需品」だと言った事が。
そんな風に思ってくれていたなんて、少しも予想してなかったと。

「俺は翔君が好きと気づいてから今まで感じたことの無いような感情がどんどん出てきて自分でも戸惑ってるんだ。
翔君を独り占めしたい、そして独り占めされてたいと思ってる。いろんな知り合いがいるじゃん?翔君には。だからすっげぇ焦るんだよ」

自分にここまで独占欲があるなんて思ってもみなかったと、一気にしゃべって自嘲気味に口の端を上げた。

相葉君が言った『松潤は
翔ちゃんに関しては自信がない』という表現は、的を得ていたということになるのだろう。

自信に満ちたいつものオーラは、今は確認できない。
ソファに沈んだ背中には、何も言わないからこそ余計に寂寥感を感じた。

松潤の頭頂部ばかり見ているのもなんなので、ソファに並んで座ってみる。
怒っているのか悲しんでいるのか分からない彼に迂闊に近付くのが憚られ、あけてしまった距離。

「もっと、こっち来てよ」 

考え込むような前傾姿勢のままの彼は、俺を見ずにそう言った。
それではと、じり、じりっと少しずつ距離を縮めてみる。
やっと手が触れそうなほど近くなったと思ったら、「そんなにやだった?」と消えそうな声。

「いや、そういうわ「だって早く確かめたかったんだ。翔君が俺の事を好きなのかどうか」
最初から返事なんて求めていなかったようなタイミングで、松本は言葉をかぶせた。 

「翔君は、そういうの、苦手そうだから…でも」
試すようなことして、ごめん。

こんな時、相手が先に謝る理由はひとつ。
惚れてる方が負けだからと聞いた事がある。 

『自分が思う気持ちの半分も思われていない。いつも私の方が折れていた。結局、好きな方が負けるしかない』と、以前付き合った子から別れ際に聞いた言葉を思い出した。
その時は彼女とはもう別れるんだからと、その言葉は特に胸に響かず受け流したけれど。

「俺は松潤が好きだよ。俺の方こそごめん」

驚いたように彼は黒目がちの目を大きく見開いている。

なんだよ?その顔。
そんなにすぐに言うとは思わなかった、とかそういう顔?
残念でした。
俺はあの時決めたんだ。
後悔しないように生きなきゃいけないって。
突然別れることになっても、その直前までが最後になったとしても、悔いの無いようにしなきゃいけないって決めたんだ。

「松潤が、好きだよ」

口を半開きにしたまま固まっている彼にもう一度そう言って、松潤を抱きしめた。

「…翔君」

しょーくん、しょーくん、と、背中に回される腕の力がぎゅっと強くなる。
肩口にある松潤の唇から、時折ひくっと声がもれる。
昨日と逆だな、こりゃ。

震える背中をポンポンと叩いて、落ち着くまでずっと抱きしめようとしたその矢先、視界が揺れ天井が見えた。
ソファに倒され、覆いかぶさってくる松潤。
あれっ?っと思った時には遅く、すぐにキスをされた。
角度を変え何度も貪るようにしてくるから、途中で苦しくなって顔を背けたが、すぐに顔全体を両手で固定され深く長く続けられた。

合間に呼ばれる自分の名前。
だが、それに答える隙は与えられず、それは今まで我慢していた欲情を爆発させたかのように情熱的なものだった。
服を剥ぎ取られらその先に進もうとする松潤の力を制止させることは難しそうで焦る

「…まっ、…潤」

やっと出た声は、掠れて極小さいもの。
それでも彼には届いたらしく、力を緩め唇を離した。
強い力で抱きしめられた身体が緩められ、それに安心して、ふーっと息を吐き出す。
と、その仕草が面白かったのかふふっと笑う声が聞こえた。
真下から松潤の顔を見ると、その表情はチョコレートケーキに蜂蜜を垂らしたような蕩けそうな笑顔で、どうしていいか焦る。

「俺も翔君が好きだよ」

最初からずっとね、と続けコツンと額と額を合わせてきた松潤。

異国の地で声をかけ、その日一緒に過ごしたのは僅か2時弱程度。
別れた後でも機会があれば旅を続けた俺は、再会するまで何百人と色んな人と出会っては別れた。
月日が経って電話があり、すぐに彼の顔を思い出せたのは、そう言うことなのかもしれない。
だから「俺もだよ」と満面の笑みで返した。










終わりです
お付き合い、ありがとうございました

『恋と気づくまで』の再更新は次回からエピローグや番外編などになります