よもよも

気になった文・言葉/覚書


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ホンマタカシ × サワラギノイ


多くの人が、物語の結末を求めますが

それは僕にとってどうでもいいこと。

写真を選んだのは「断片」だということが大きいですね。



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ホンマタカシ×サワラギノイ


ホンマさんの作品は直接性よりも

間接性が強調されていて

何が真実かわからないというのが

特徴のような気がします。


<seeing itself>は

間接的な視線を重ねることで

かえって直接的にみるような感覚が

生じると思うんです。


偽者の偽者はホンモノということですかね。

でもホンモノは、ホンモノに見えても微妙に違う。

つまり、シミュラークルということです。

実体験でもないし、まがいものなんだけど

別の意味でホンモノになっている。


ウソの積み重ねでも、違う意味での写実的な真実が

出ればいいなと思ったんです。




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photographは「真を写す」だけじゃない。

写真は現実をとらえたものである。

しかし、それは同時に、

誰かに意図的に選び取られたものであり

編集され、加工されたものかもしれない」


「決定的な瞬間など存在せず、すべては

等価値であるという認識こそが重要だ」


世界をすべて等価に切り取ろうとする彼の姿勢は

見るものに疑問符を与えずにはおかない。

(人は、既成概念、ヒエラルキーというものを

無意識のうちに築いてしまっているものである)

つまり、より主体的に写真に関わることへ

誘いかけるのだ。


「僕たち建築家は建築の形そのものではなく

同時に環境をつくろうとしています。

ホンマさんの写真は建築物だけを撮るのではなく

ホンマさんが経験した雰囲気を撮っているように

感じられ、その点に共感します。

ありのままに撮っているのだけど、リアリズムではない。

常にホンマさんの視点によって抽象化された世界に

なっているような気がします。

ホンマさんの写真が今、

時代の何かを象徴しているというとき

それはたぶん、ホンマさんの抽象化の仕方に

ある種の現代性を感じる人が多いということでしょう」

(西沢)



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せつない気持ち。

BRUTUS 11/1


今、世界は日本的「せつなさ」を求めているのでは。

-内田樹


村上春樹の小説が世界的なポピュラリティを獲得した

最大の理由は、彼の書くものは人の「せつない気持ち」を

起動するのと同じ仕組みを内包しているところにあります。


日本に現に「あるもの」を書いても

世界性を得ることはできません。

「あるもの」はその具体性ゆえに

自分が求めているものとは違う、と

否定されてしまうからです。

しかし、「ないもの」に言葉は届きません。

「これがない」という欠落感を人間は

うまく表現できない。

だから「何かが欠けている」という表現に出会ったとき、

人は「自分が”ない”と思っているものと同じかもしれない」

という欠落感

-せつなさの共有によって連帯できるのです。


「冬のソナタ」が爆発的にブレイクしたのも

どうしても相手の実態に届かない物語と

欠落感による連帯が

国境を越える力を得たからでしょう。

こうした物語が、韓国、台湾、日本という

東アジア、それも中国の周縁部分で共有されているのは

興味深い現象です。


大陸に広大な領土を占め、

中華思想を奉じる中国には

おそらくせつなさ、もの悲しさの文化は

ほとんど存在しないのではないでしょうか。

自分たちが存在するということに自身を持って

その場に根を下ろしている人たちは

おそらく、壮麗な伽藍、揺らぐことのない王城を築くことにこそ

意味を見出すからです。


しかし地球上で起こる震度6以上の地震の20%が集中し

台風の通り道となる、地政学的に非常に脆弱な

何を構築してもすべて崩壊していく風土を

運命付けられた日本列島に住む人にとって

持っているものを数え上げるより

失ったものを数え上げる文化を発展させていったのは

当然の帰結でした。


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せつない気持ち。

BRUTUS 11/1


脳科学的には「せつない」は快感です。

-茂木健一郎


「せつなさ」の感覚は

アジア全域に偏在する力ではないかと考えています。

力ずくで相手を支配するのではなく

弱いままでいいとする立場、

そして他者の存在を認める立場であり

もっと言えば、現実的な成功や

幸福以外からでも生きる力を得られる能力なのです。


せつなさを感じるためには

現実と「こうであったらいいな」という仮説を

比較しなければなりません。


そもそもキリスト教世界にある

「原罪」という考えにたつなら

本来は完全無欠のユートピアが存在していたのに

現実派不完全なものであるから

人間はその在るべき姿に向かって

現実を正していかなければならない。

この使命感とでも呼ぶべきものを

西欧の人々は強く抱いています。


それに対してアジアでは現状追認的な

現実は現実として、それなりに

受け入れていく哲学が発達してきました。


(略)


西欧の人々は個人が意識的にコントロールできる領域は

大きいというのが物事を考える際の前提になっています。

だから何か思いが達せられなかったり

敗北すると、その責任は自分にあると考える。

ところが日本人はたまたまそういうめぐり合わせだったとか

世の中の複雑な要素が絡み合った結果

そうなってしまったと考える。


(略)


失恋でもなんでもいいのですが、切ない感情に

とらわれて落ち込んでたとしましょう。

脳はホメスタシス(恒常性:人間の体の

周囲の環境が変わっても生体を一定の状態に

保とうとする働き)に従って

マイナスの感情を抑えるために

わずかなきっかけからプラスの感情を

作り出そうとする。

その上「上昇気流」に乗ることができると

落ち込みから一転して生きることへの

猛烈な歓喜が湧いてきます。

だから、感情的にフラットに生きていくより

せつないことや苦しいことのあるほうが

ほんの少しの喜びから、脳がつくりだす

大きな快感を味わうことができるのです。


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月刊インタビュー7月号


ギャラリーかわにし 代表 塩出あまねさんのインタビューから。


・<作品が人を待っている>

いくらほしがっても、作品が自分の行き場所が違うんじゃないかと思っている間は売れません。

不思議です。


・美術作品を見て、まずわかろうとしないこと。

特に抽象画などを見るときには描いている意味を探ろうと構えてしまいますが

芸術はもともと、合理的に理解する分野とは無縁のもの

まさにその対極にあるものです。

見て何かを感じるだけでいいのです。


その何かを感じるためには所有欲を持つこと。

所有欲を働かせて美術品を見る経験を重ねるとまさに目からウロコ。


実は、この美術品の見方は人に頼らず自分個人の価値観とものの見方、

感じ方を磨く訓練になり、その延長でオリジナルな発想ができるようになります。






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齋藤先生、

方言はフェロモンですか?


齋藤孝

-BRUTUS


今や、日本全国標準語話す人が増えている。

その意味で、共通語の使命は終わったと言えます。

そういった時代を経て、現代はむしろ

方言の価値に改めて気づき

ようやく方言を話すことが豊かであるという認識に

進化しつつあるのではないでしょうか。


グローバルスタンダードが普及した後には

必ずローカルなものへの志向が強くたち現れてくる。

そういう揺り戻しが

言葉の面でも起きているという兆しは感じますね。

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齋藤先生、

方言はフェロモンですか?


齋藤孝

-BRUTUS


人間は話し方を帰ることによって

その身体も変容します。

たとえば、関西弁。

開放的で人に積極的に関わっていくパワーが

感じられる。l

その土地固有のコミュニケーション文化と言葉は

深くつながっていて

その方言のリズムやイントネーションで話すことで

身体のモードが変わり、

さらにはその土地の持つ精神性みたいなものまで

取り込んでいくことができるんです。



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齋藤先生、

方言はフェロモンですか?


齋藤孝

-BRUTUS


言葉とは元来、

書かれたものではなく、

体から発せられるものですが、

中でも方言というものは、

それぞれの土地の風土・文化に根ざした

身体性が強く感じられる言葉だといえます。


たとえば、東北の方言である

”しばれる”という言葉が

やはりその土地が持つ気候や生活の風景、

身体のあり方から生まれてきた言い方ですよね。

においや手触り、空気感、

ひととの関係など

その土地で永年培われてきた

風土や文化が、

言葉とセットになって

人間の身体に沈殿していること、

それが方言の持つ身体性ということなんです。




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村上春樹、

美しい

ニッポン文学の

未来。


解説/高橋源一郎

-BRUTUS


近代文学は「何かが伝わる」

という確信をもっていたけれど、

村上さんは

「わからないよ」と言ってしまう。

村上さんの小説を

意味で捉えるのが難しいのは

どういうメッセージか

何を言っているのかを考えようとすると

「そんなことわからないよ」といって

消えてしまう部分がある。

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