「こころと脳の対話」
河合隼雄・茂木健一郎
(河合)
それは、僕の考えでは、生命体というものは、
内部でいろいろな葛藤があるんですね。
それが外部のなにかに向かったとき、
それをヘンナふうに吸収したり解釈してしまったりするんですね。
簡単な例を言うと
僕がある人に「ちょっとお金を貸してほしい」
といったとしますね。
すると、その人は僕にとってはお金を貸してくれるかも
知れない人だから、もうその時点で、
その人を尊敬せざるを得ないような気持ちでいってるんですね。
だから「親切そうな、いい人や」というのが
僕の意識的目的に適っているわけですね。
ところが、まさに僕の中のクオリアでは、
「変なおっさんやな」というのも、
やっぱりどこかで思っているわけです。
しかしそれは意識化されない。
「変なおっさんやな」というのと
「いい人や」というのが矛盾するわけでしょう。
しかも、意識の上では矛盾せずに、そして帰って寝るでしょう。
そしたら寝ているあいだ、その変なほうが動き出すんですよ。
それを夢に見るんです。
わかりやすくいうと、僕らが生きていると言うこと自体
ものすごく無理をしているわけでしょう。
それを無理しているだけではもたないから
寝たときに調整するわけです、全体性のなかに。
その全体性のなかに調整する動きを
脳の中で視覚的に把握したものが
夢ではないかと、僕はそう思ってるんです。