おはようございます!

5月に入り、さわやかな風が吹いていますね。

 

今日は「令和のからだちゃん」シリーズ、第5弾です。

 

昨日に引き続き、令和の時代のエネルギーを表す、

天皇一家の「からだちゃん」をお届けします。

 

日本の象徴・徳仁天皇を支えていかれる皇后雅子さまは、

どのからだちゃんだと思いますか?


皇后さまのお誕生は、1963年(昭和38)12月9日。

雅子さまは「したあご」の方!!

 

 

 

したあご

「ピュアに人生を楽しむ人」
です。

 

からだの関節の中で、左右同時に動くものは、「下あごの骨の関節」だけ。

まるでブランコのように自由に動く、楽しそうなイメージのパーツです。

 

そんな「したあご」のからだちゃんの方が、

何かを決断するときの基準はとってもシンプル。
 

「好き」か「嫌い」か。

良いのです、それで。

 

この天真爛漫な感性がうまく働いている時こそ、
自分らしい生き方ができている時。


「下あご」なあなたは、

気取ったところや見栄っ張りなところがなく、庶民的な人情家。
そのため、年上からも年下からも好意を寄せられる人気者です。


下あごのからだちゃんであるならば、

人の顔色を伺っていてはもったいない。

 

楽しいことが大好きで、

自由な発想を持っている。

その強みに気づいていくことが大切です。
 

 

そんな「下あご」タイプの皇后雅子さま。

 

「下あご」の資質を書いていると、
「国のために生きる皇族には、本来は向いておられないのではないか?」と
思わざるをえません。

このからだちゃんの方は、人の顔色を見ず、
自分の「好き」か「嫌い」かで、動いたほうが良いのですから。
自分の意見を押し殺すような生き方は、向いていないのです。

 

実際に、雅子さまはご成婚前、

「下あご」のごとく、

“自分の意思”で人生を歩んでこられた方でした。

 

ハーバード大学の経済学部で3名しか選ばれない「成績優秀者」になったり、

東大法学部の外部学士入学として、合格率3%の難関を突破されたり。
 

外務省入省当時も、
女性初のスーパーキャリア官僚として注目されていました。
 

華々しい経歴はさらに続き、

政治関係の重要な通訳も数多く経験。
 

しかし、徳仁天皇の猛烈なアプローチによって、

これまでとは全く違う「別世界」に足を踏み入れることに…。


ご成婚後、

海外育ちで国際派である雅子さまは、
当時、徳仁親王(当時)の海外訪問などにも随行されていました。

「下あご」のポジティブさあふれる行動です。

 

ところが、流産や跡継ぎ問題のプレッシャーから適応障害に。

自分らしい人生を生きられない葛藤が、

日々の報道から伝わってくるようになりました。

 

2004年(平成16年)5月、訪欧を前にした記者会見で、
徳仁親王からこんな発言が。

 

「雅子のキャリアや、そのことに基づいた
雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」。

そう徳仁親王はおっしゃられました。


それは、海外育ちで国際派の雅子さまと、
伝統と慣習に厳格な宮内庁との不和を匂わせるもの。

この発言は「人格否定発言」と呼ばれ、大きな反響を呼びました。
 

しかし、

雅子さまが皇室に入られたことは、

我々日本人にとって、非常に大きな意味と恩恵があったと

私は思っています。

 

明仁天皇(平成天皇)の退位が発表されてから、

雅子さまはご進講の中で、

大学時代に関わられていた心身障害児のことを
たくさん学ばれているようです。


もしかしたら、今後、イギリスのダイアナ妃のような

慈善活動をされていくかもしれません。

 

どのような形であれ、

雅子皇后が、その素晴らしいご経歴とご経験のもと、
「下あご」ならではの魅力を、皆に振りまいてくださるのではないでしょうか。


今年は、雅子さまにとって「メキメキ」の年。

 

 

今後のご活躍を想像させてくれる運気に、
私たちもワクワクするような年になりそうです。
雅子さまの明るい笑顔が、さらに見られることを期待したいですね。

 

新しい天皇家のエネルギーはきっと、

私たちに、“自由”と“自分らしさ”をもたらしてくれることでしょう!

 

 

 

 

   来世・ドキドキ