新しく始まった「令和」の時代。

みなさんは、どんな気分ですか?

 

今日はこの時代の象徴となる、

徳仁天皇のからだちゃんについて

お伝えします。

 

令和の象徴は、

どんなエネルギーを持っているかというと…。


日本の第126代天皇陛下であられる
令和時代の天皇「徳仁」さまのお誕生日は、

1960(昭和35)年2月23日。

からだちゃんは「また」です。



 

 

 

また

「感性で生き抜く自由人」
です。

 

股関節は、からだの関節の中で、

いちばん大きな関節です。
子宮を支える重要なパーツであり、

あなたの生まれた時の

出発の場所を表します。

生きる原点となる場所には、

純粋な「あなたらしいあなた」の

気持ちが宿っています。
 

ですから、「また」の人は、

理性よりも“感性”を大切にし、

独特の美的センスを生かせる人。

芸術や学術などに通じています。

 

まるで柔軟に動く股関節のように、

知的好奇心が旺盛で、

「不自由な安定」よりも

「不安定な自由」を選ぶ。
そういった生き方がぴったりの方です。


「また」のからだちゃんの人は、

常識や価値観にとらわれず、

純粋な思いを表現していくことが大切です。

 

つまり、生まれた時の感性を

大切にされる「また」の徳仁天皇は、

他の天皇が今まで実現できなかったことを、
自分の意志を持って提案していかれる

新しいタイプの天皇に
おなりになるのではないでしょうか?

実際に、それまでの皇族が、

生物学を中心とした

「自然科学」を主に専攻していたのに対して、
徳仁天皇は、史学、中世の

交通史・流通史という

「人文科学・社会科学」に

近い分野を専攻されました。 

1983〜1985年(昭和58〜60年)に

かけては、オックスフォード大学

マートン・カレッジに留学して、
「テムズ川の水運史」について

研究されるといった足跡を残されています。

「人とはちょっと違う」ことが大好きな、

「また」の資質を感じますね。


そして何より、

雅子さまとのご成婚に対する情熱が、
自由でありたい「また」の

性格をもっとも反映しているでしょう。

当時、雅子さまは、外交官としての

仕事に邁進するキャリアウーマンで、

かつお祖父さまが水俣病患者の

保証部門の責任者であり、

従来のお妃候補像とは違う

人生を歩んでこられたかたでした。

 

にもかかわらず、その雅子さまを諦めずに、
さまざまな説得されたことは徳仁天皇。

当時のエピソードは、

記憶に残っておられる方も多いことでしょう。

限られた自由の中にあっても、
ご自身の感性が

納得できることにこだわり続け、

行動されてこられたのも、
「また」の人らしい所以だとと思います。
 

明仁天皇から徳仁天皇へと

交代したことで、日本は感性豊かに、

自由な国へと大きく変容していく…、

そんな予感がします。

さてそんな今年は、

新天皇にとって

「ドキドキ」の年となります。

 



何が始まるかわからないという

「ドキドキ」のスタートです。


日本の象徴のエネルギーが

これだけ大きく変わるのですから、
今まで通りには進まない

ことがたくさんあるでしょう。
 

私たちの意識や生活にも、
大きな、そして喜ばしい

変化がやってくることは、

容易に想像できそうですね。

徳仁天皇は「ドキドキ」といった
いわゆるどんな年になるかわからないという
エネルギーを不安ではなく
楽しんでいかれる自由な資質をお持ちです。

 

これからの令和の時代、

自分の感じるままに、自由に生きる。

今日はそんなことを

イメージしてみてください。