自己とは静寂、至福 | 至福のシンメトリー

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生命の源 その輝きとふれあいの世界


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先日のみんなの共鳴会に参加いただきました つばささんの感想を掲載させていただきます。
 
数日経ちましたが、8月19日の共鳴会、久々の参加でしたが、ありがとうございました(^-^)
本当に最初からふかく、ひろく、なんと表現したらいいかわからない「あれ」がやってきました。
遠くのどこかにある「神」「静寂」「至福」ではなく、いつもほんとうはここにあるもの、という感覚が非常につよくありました。

しまださんのお話の中で、
マハリシ(?)が、求めるものがいれば、たとえ地獄の底にでも現れて引き上げようと言った
というようなエピソードがあったかと思うのですが、
それは本当だろうなぁと感じさせる それくらいこの自分やこの世界と不可分だと信じるに足る、
静寂(サット チット アーナンダ) でした。
私は誰か
と、といつづけるパートあたりで、自分という枠が溶けさっていくようでした。
ただただずっと目をつぶってそのままでいたかった。というか、それしか出来ないというか。
今は、その感覚は消えましたが、
静寂(至福)と自分はいつでも一体であるという確信が残っています。
その点で「自分」という認識が塗り替えられました。
ありがとうございました(^o^)
またどうぞよろしくお願いします\(^^)/
 
 
この日のつばささんは、とても深い静けさに浸っているようにお見受けしました。
まるでそれは凪がやんだ湖のようでもあり、静かであり、透明であり。
生命の最も大切な秘密に、
沈黙の中で触れていらっしゃる感じが、傍から見て隠し切れない様子でした。
 
次回みんなの共鳴会 
 
11月25日 日曜日 14時から 東林間にて (参加費1000円)
 
参加ご希望の方は office.higashirinkan@gmail.com より
 
嶋田までご一報ください。 
 
 

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