不思議なご縁のある人について | さとこのチカラ
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不思議なご縁のある人について

東京ではもう4日連続雨の日が続いています。

 

 

 

 

 

雨ってね、なんか私は気分が乗らない。

 

外に出るのも億劫だし。

 

でも、我が家のポメは「お散歩」に行きたくてしょうがない。

 

ここのところ毎朝「パパ、お散歩の時間だよ?」と私の元に

 

2匹で来るのですが、私は、

 

「今日はね〜雨なの。お空から水が落ちているから濡れたら大変大変!

 

 こんなに長い毛なんだから風邪ひくよ?」

 

となだめるのですが、普段はタピオカみたいな目が「菱形」になって

 

雨 = お散歩に行けない

 

と理解して実に悲しそうな顔をします。

 

本当にポメには申し訳ないので、なるべく抱っことかしてなだめてやりますが

 

仕事の都合上、朝しかお散歩に行けないのが辛いところですね。

 

 

 

 

そんな雨の日の気分を、さとこに話したところ、

 

「私はね、雨はもう気にならない。子供が小さい時に慣れたの」

 

と言います。

 

詳しく話を聞くと、子供達が小さい頃に、雨の日は当然ながら傘を用意してやるのですが、

 

いつも傘をパッと離して、そして空を見上げて

 

「わ〜〜キレイ」

 

って。

 

そう言われた時に、さとこはこんな自然現象の中でも

 

純粋な感性を持つ子供は、なんでも感動するんだなと思ったそうです。

 

それからは、小さな子供を2〜3人載せて自転車をこいで多少雨が降ったとしても

 

顔に当たる雨が冷たくて気持ちいいな〜と思うくらいに、考えが変わったと

 

言っていました。

 

 

私が今でも後悔しているのが、そのママチャリが「電動では無かった事」

 

今では若いママ達は、もはや必須のように電動ママチャリを使っていますし、当時でも

 

それなりに電動のママチャリを使っていた方もいらっしゃいましたが、

 

私には高価で買ってあげられなかった、、、、

 

それでも、さとこは文句一つ言う事なく、黙々と小さな子供達を自転車に乗せて

 

あちこち出かけていましたね。

 

「おかげで身体が鍛えられたよ」と今でも笑ってくれていますが、

 

今でも街中の電動ママチャリを見る度に、私は申し訳なかったと思い出します。

 

 

 

 

さとこがその自転車で運んでいた3人の子供達も今は大きくなり、一人は大学生、

 

そして残り2人は高校生になりました。

 

本当に子供が大きくなるのはあっという間というか、私の記憶が劣化しているから

 

思い出せないんだろうな(笑)

 

でもね、今でも思い出す事件?はいくつか有るんですよ。

 

今では反抗期真っ盛りの一番下の娘ですが、幼い頃は、いつもさとこの

 

膝の上に乗っていて、お兄ちゃん達の遊びをいつまでも眺めていましたね。

 

 

遊び疲れた幼い子供達が寝る場所は、私どもと同じ小さな寝室の一部屋。

 

そこに、ダブルベッドに長男とさとこ、私は床に布団をひいて、

 

そして下2人の子供はまだベビーベット2つで家族5人で寝ていました。

 

ある夜、私が寝ぼけて「スッ」と極少量の音無しの「ガス:屁ともいう」を出した時、

 

そのあまりの臭さに、寝ていた一番下の娘が「フエ〜〜」と泣き出しまして、

 

せっかく寝ていた娘が起きてしまうと同時に、さとこも「臭い臭い!!」と

 

大騒ぎになったことがあります。

 

私は臭いに鈍感なんですが、そんなに臭かった?と。

 

いまだかつて、こんな少量で破壊力のあるガスを経験したのは、

 

あなただけだ!とさとこに語り草のように言われます(笑)

 

 

 

 

子供達がこの家から巣立つのは、あと何年かな〜〜、、

 

成人式はやるにしても、就職とか結婚とかするのだろうか、、?

 

まさか、そのままニートでこの家にずっといないだろうな?

 

いまだに子育てには不安が付き物ですけどね。

 

というか、きっと私どもが老年になっても、そしてこの世から

 

居なくなっても、ずっと子供達、そして子孫の事を想い、守るんだろうな、、

 

これは皆さんの親御さん、ご先祖様もきっと同じだと、さとこの霊視話を

 

聞いていると思うのです。

 

そうやって魂の所業は続いていくんですね。

 

 

 

さて、梅雨時話から始まった今回の、さとこ後半は?

 

何やら書いてくれたみたいですよ。

 

 

 

 

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こんにちは、さとこのチカラのさとこです。

いつもご愛読ありがとうございます。


だいぶ雨がひどい地域があり

昨日は熱海で大変な崖崩れというか土石流があったようで

被害に遭われた方は本当に大変なこととお察しいたします。


私も遠い親戚に熱海に住んでいる人がいて

一時は心配しましたが何とか無事だった様ですが

テレビで見た感じかなりの被害があったようで

このブログを読んでいる方に被害にあった方

もしくはご親族が被害にあわれた方がいたら

心配だなと感じております。



少しでも被害が少ない様に願っております。



今日は選挙などもあり街頭演説もすごい勢いでしたが

私も今回は行こう行こうと思いながらも多忙で行けず

事前投票に行っておけば良かったと後悔しております。




ある若い政治家の方が「30年前は学生が車を買えたんです!」と

演説しているのを聞き

確かに自分が大学生の頃は何人も新車ではなくても

中古車などでも車を持っている人は沢山いて

私も親が通勤用の父親の軽自動車と自家用に2台車があったので

時折荷物が多い時などは軽自動車を父に借りて

大学まで運搬した思い出があります。


でも今私が息子たちにそのようなことをしてあげたくても

アルバイトさえコロナでなかなか勧められない状況ですし

学校の予定も2転3転する中

また、東京都の感染者数が急増する中あまりアルバイトを勧めることも

できません。



奨学金制度も昔は本当に貧しいご家庭でも優秀な人だけが借りて

大学に行くという制度だったと思いますが

今では多くの学生が就職も決まっていないのに多額の借金をするような形で

出世払いのつもりが内定取り消しや各社の倒産で就職もままならず

大変な思いをしながら返済したり挙句は自殺までする人が

多くいると聞いています。


もともとの制度はそうではなかったと思うのですが

いつからそんなに学生相手に借金をさせるようになったのか?


本当にあの30年前の車を乗り回し

ディスコなどに行っている人がいたり

アッシーくんメッシーくんなどと言っていた時代は

なんだったのだろうと思います。


当時はなんの不安も将来には無く

高卒の両親が頑張って大学まで出させてくれたのだから

このまま給料も上がり平穏に過ごせると私も思っていました。


しかし現実は私が就職する頃にはバブルは崩壊し

その後ずっと信じがたかったのですがだんだん景気が悪くなり

「きっと今年だけ景気が悪いのだろう」とお互いに言い合っていた

社員仲間の中、急にリストラが始まり自主退職も始まり

契約社員や派遣社員制度が出来上がり

消費税というものが出来上がり

ボーナスはまるまる貰えていたのがいつの間にか年金が引かれる様になり

介護保険もいつの間にか取られるようになり

どんどん手取りが減っていきました。


残業も自由にできていてそれも大きな収入源でしたが

それも規制されたのも収入が減るのに拍車をかけました。



あっという間に平均年収は何百万も減らされ

「きっと来年は景気がたて直るだろう」という声も聞こえなくなりました。


年金もいつの間にか65歳からになり

保険もいつの間にか3割になり

48歳くらいになると肩たたきが始まり

左遷も多くなり終身雇用も無くなりました。



一部上場企業でも60歳定年も怪しくなり

50歳には部長など昇級していても「役職解雇」で平社員に戻り

一番子供にお金がかかる時期にどすんと落とされる感じで

本当に毎日毎日皆混沌とした生活する中

コロナが流行りオリンピックも混乱をしており

一体どの道を通ってきたら正解だったのか分からなくなってきています。




今見えない貧困に苦しむ子供も多くいるそうで

6人に一人は一見普通に暮らしている様に見えて

実は親が非正規雇用の母子家庭などの為

高校生の子が親を助けるために

働いたりもしているそうです。



小さい子でも「子供食堂」のようなボランティアが出なければならないほど

食べることも大変なご家庭もあるといいます。


このままどうなるのか、、

そのための選挙でもあるのですが

今回ばかりは行くつもりが事情があり行けなかった事を

悔やんでおります。



これからの子供達の将来のためにも

なんとかしていかなければ、、



我が家も色々子供にお金がかかる時期ですので

色々私も少額ですが働き先を増やして仕事を増やしたり努力しております。


また、このコロナでメンタル的に色々弊害を起こしている人も多く

本当に何か自分にできないかも考えています。


大人も子供も大変な時代ですが

大事なのはヤケにならず楽してお金儲けの詐欺などにも合わない様にして

前向きになる事だと思っています。



よくこういう時に思うのが私の母方の祖母の苦労です。



戦後夫を亡くし二人の子供を育てた祖母は

本当に賢い人でした。



でも生活のために小さい体で大きな石段を作る仕事をしていたといいます。



その石段は東京にある深大寺という有名なお寺の石段なのですが

痩せていて身長も140cmくらいの祖母が

大きな石をおんぶして運んだと聞いています。


夫は新婚で子供も二人目が生まれたばかり


それが母なのですが

レイテ島に行ったまま紙切れだけ帰ってきた夫への悲しみを乗り越え

まだ6〜7歳の息子と生まれたばかりの母を一生懸命育てたのです。


当時は長男が生計を助けるのが当たり前で

両親とも父親を早く亡くしているので

それぞれの兄は高卒や大卒ももちろんいたのですが

中卒で働き始め母親を支え弟妹の学費の援助もしておりました。


親戚にも少し幼い母の子守など助けてもらった様ですが

祖母はプライドも高くお金ではお世話にならないようにしたと聞いています。


親戚たちも母をとても可愛がり母の兄も妹に愛情を注ぎ

母はいつも「私は本当に恵まれていて寂しいなんて思ったことがなかった」と

今でも言っております。


そのおかげで母は父親の顔を覚えていなくてもとても穏やかで

優しい人に育ちました。



その母も父と結婚して姑と寝たきりの小姑の嫌がらせを受けながらも

私たち姉妹のために一生懸命働き

父と力を合わせて私たち姉妹にある程度不自由のない生活をさせ

愛情を沢山かけてくれました。


そしていつも母がいうのが「なんだかとても不思議なんだけど

お金がなくてどうしよう、、、と困窮していると

なぜかふっと忘れてたようなお金が舞い込んでくるのよ、、

きっと誰かご先祖さまが守ってくれてるんだな、、と思う」とよく言います。



実は私も似たようなところはあり

本当にお金がなくて困って「誰か、誰か助けて、、」と心の中で叫ぶと

「あれ?」というような事があってお金が舞い込んできて

贅沢はできるほどではないのですが何とか生き延びている感じがします。




その中でも本当に最近感じるのが

ご先祖さまたちの見守ってくれている事への感謝の気持ちと

「不思議なご縁のある人達」との再会だったりします。



皆さんも経験あると思いますが

私には沢山お知り合いはいるのですが

私の性格上と多忙さから

あまり誰かとベタベタした付き合いというものはなかなかできないのです。


子供が小さかったり仕事が忙しかったり

事情は色々ですが

そういう時にふと数十年あっていない人、数年会っていない人と

偶然再開したり

その人が陰ながら実は応援してくれていた事を知ったりする機会が

ここのところ続いています。


これは今までもたまにあったのですが

これこそ「ご縁」なのだと私は思います。



この方達には失礼かもしれませんが

私はその人たちにしょっちゅう連絡したりはしていません。



年に1度「年賀状を書き続けたりしてる」だけなのです。



私としては3回出して返ってこない人

LINEやメールで「年賀状ありがとう」とだけ言ってくる人には

もうご縁がないなと思ってこちらからも出さなくしています。


ただ、その人にそれなりの事情がある旧友やLINEであっても

年賀状を下さる方などは別です。

自分で印刷して大事にしております。

逆に何かが大変なのかな、、と心配にもなったりします。



こちらが出しても出さなくても

1年くらい向こうが大変で返ってこなくても

海外に行かれていたとしても

ずっとご縁のある人は続いています。



年にたった1枚の葉書

高いか安いかはその人の考え方次第ですが

一人当たり63円

私に63円払ってくださる

そしてご連絡をしてくださる気持ちは私はとても感謝しております。



私の家族は沢山出すので家族全員で200〜300枚出しています。

葉書代だけでも数万円かかりますが

でも年にたった1回です。


そこに必ず近況報告を書いて情報交換をお互いにして

今年はコロナということもありいつもよりも会えない人も多かったため

自宅の電話番号も久しぶりに載せました。


するともう20年以上あっていなかった昔の職場仲間から突然連絡があり

「〇〇の仕事を△△さん(この人も昔の職場仲間)がやってるんだけどやってみない?」

と急にご縁が復活して、それも公共的なお仕事だったりして

お金を少しいただけたりもしました。


ある時は道端で

ある時は車ですれ違ったり

本当に懐かしい信頼できる人に再開する事がとても続いているんです。


その方達はとても頑張っていて純粋で

ご主人が芥川賞を取ったりテレビに出たり

ご自身が政治家になったりしていたとしても(ママさんが)

ご主人が省庁で働くような方であっても

全然気取らず屈託のない話をしてくださるのです。


本当にすごい人というのは威張る方など一人もいません。



また、子供達に良くしてくださった学校の先生方とも

校長先生だったり担任の先生、部活の先生にも

私はご縁を簡単には切らないようにしています。


子供達にとって素晴らしいご指導くださった先生方には

感謝の気持ちがあるからです。


そして私が思うのは「その方達に自分はきちんとお礼ができているのだろうか?」と

いうことです。



忙しい時というのは自分のことで精一杯で

気がついたら「してもらって当たり前だった自分ではなかっただろうか?」と

反省することがとても多いのです。


昔助けてくれた人

今励ましてくれている人、お世話になった人

それぞれに何かあった時に「お礼をする」ということを

忘れてはいけないと特に最近思うようになりました。



昔はお中元、お歳暮というのが普通でしたが

今はある程度年齢の高い人だけの習慣になっているように思います。

私もあまりしてはいません。


でも何かお祝い事があった時、お世話になった時は

「お礼の気持ち、感謝の気持ち」を何かしらの形でするようにしています。


年賀状もその一つです。


こちらが何十年も続けているだけでなく

相手の方も何十年も出し続けてくださっていることへの

感謝の気持ちは毎回忘れないようにしております。


中には幼稚園や小学校、中学高校大学で一緒だった友達が

沢山います。


幼稚園からの友達などはなぜか似た様な時期に似たように3人子供を産んで

以前住んでた横浜の近くに住んでいたりと

またご縁を感じます。


職場も4カ所も私は転職して働いたのですが

最初の入社時の上司や同期からもいまだにご縁が続いています。



そして大概それは当時ものすごく仲良かった人もいれば

意外とそこまで強い関係ではなかった人もいるのです。


ただ、共通しているのは「人と人の付き合いを大事に思っている人たち」

だということです。


どのような立場になろうが

どの様な変化があろうが

「その人を人としてみている」ことには変わりがありません。



そういう意味では今でも続いている人は「真の人を大事にする人」だと

いうことです。


それこそこの出会いは神様に感謝しなければなりません。


そうでない人は子供のクラスが変わったりとか

噂を信じたり

色々な向こうの事情で簡単に縁を切ってきます。


そしてまた向こうの都合で急接近してきたりもするのです。


それは向こうの事情ですが

私はいつも思うのです。


「この人はいつでも自分で縁を切ったり再開したりする決定権を

自分が握ってると勘違いしているのだな」ということです。



偉くなると親戚や友人が急に増えるとよく言います。

その人たちはその人に近づくことで何か特権を持てると思っているのか

「その人と知り合いだ」ということを自慢したくて近づいているのだと思います。



私はあるとき会社を辞めて1年だけフリーランスで仕事をしたことがありました。


それまでお付き合いがあった方々に

 

「フリーランスになりましたがこれからもよろしくお願いします」という

メールをおよそ200通位出したと思います。


でも返信があったのは1通のみでした。ある大手企業の社長さんでした。


私は自分が大手企業に勤めていたので看板を下ろしたときの相手のことがよくわかりました。



その1通だけ続いた方は「会社に遊びにおいで」とよく言ってくださり

たわいもないおしゃべりをしに行きました。

特に営業も強くはしませんでした。


また、ある人は急に呼び出しておいてそれまでは下手に出ていたのに

急に高圧的に人前で叱責する人もいました。

ただ威張って私に恥を欠かせたかったのだと思います。



1年後その社長さんから

「うちの会社で働かないか?ちょっと専門とは違うけれど」というお話をいただきました。


もしかしたら助けてあげるというか「本当は仕事に困っているんじゃない?」

というようなそのような気持ちだったのかもしれません。


ですが私はきっぱりと

「その仕事は専門外なので私は良い成果をあげられる自信がありません。

とてもありがたいお話ですが申し訳ありませんがご辞退させてください」と言いました。



「給料も高くするよ、本当にいいの?」ととてもびっくりされていた様でした。



でも私は専門外の仕事で失敗するリスクの方が大きいと思ったので

「はい、本当に申し訳ありません。お心遣い感謝しております。

今後ともよろしくお願いいたします、」とお伝えしました。


それでも社長さんはまた数ヶ月後「今度は君の専門の仕事だよ。年齢的にちょっと超えてるけど

私の鶴の一声で何とでもなるから是非働かないか?」と言ってくださいました。


先に前職で一緒だった外国人スタッフもその会社では先に転職して働いており

また、何度も遊びに来させることで私の様子をじっと観察していたのだと思います。


もと同僚外人と英語で会話をしている様子や

色々な私の礼儀作法なども恐らくみていたのだと思います。



そして晴れて入社が決まり私のやりたい仕事をさせてくださいました。



そしてまたメールを200通くらい「〇〇社(大手企業)にて働くことになりました。

どうぞこれからもよろしくお願いします」とメールを出したのです。



するとどうなったかと思いますか?


全員から「こちらこそ今後ともよろしくお願いします!!!!」と

返信が来るのです。




1年間、私自身は何も変わっていません。


私は本当にこの有様に呆れました。



そしてこの人たちは信用ができない人だと確信ができたのです。



良い「ふるい」にかけることができたと神様に感謝しました。



そして世の中のほとんどの人が「背負っている看板にお付き合いしてるんだ」と

わかりました。



これは学校でPTAの役員などやった時も同じです。



〇〇長という肩書きがつくと来る人もいて

肩書きがなくなると来なくなる人も沢山います。


もちろん私自身は何も変わっていません。


その人たちは私は本当に可哀想な人だと思っています。


なぜなら私に本性がバレてしまうからです。


信用を築くことはとても時間がかかります。

でも信用を失うのは一瞬で

嫌な思いをした人は一生忘れないものです。



そして今、私は周りの人が何だか離れている様なというか

付き合いが変わってきている実感がしております

新しい人種、新しい仕事関係の人との出会いが増えてきました。


それは「私自信が変化している」事を表しています。



ただ雑談をするだけの人

信用できる人

色々な人との付き合いがありますが

急に周りの人に変化が出てきていて

私からみて尊敬できる人たちが周りに集まってきてくださっている気がします。

それは私の日頃の努力をじっと観察してくださっていた人たちなのだと思います。


じっとみている人は静かです。

余計なことも言いません。

でもじっと見ているのです。


そういう人達に認められるようにやっとなってきたのかと

嬉しい気持ち、感謝の気持ちでいっぱいです。


どうぞ皆様も不思議な縁のある方

なぜか自分を長く見てくれている方がいる方

そういう人を大事にして

お幸せになってください


応援しています

頑張ってください


それではまた


さとこ

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

人の縁は大切ですね。

 

 

今回のさとこ話は霊視とは離れますが、

 

「その人は本当に信用できる人か?」という経験話を書いています。

 

会社勤めの方も多いと思いますが、ある組織に属していても

 

そこを離れた「瞬間」に疎遠になる人が多いのではないでしょうか?

 

私は30年以上、ある会社の勤め人ですが、きっとこの組織を離れると

 

さとこと同じ経験をすると思います。

 

私の場合、今も続いているのは学生時代に縁のあった人、また会社勤めで

 

退職された方でも、その方との「約束」をずっと守ってきた人、

 

そんな方々です。

 

 

自分にとって、その人が本当に大切な人か?

 

今一度振り返って「魂の向上」ができる人とお付き合いしたいですね。

 

その縁を模索するのも、きっと魂の修行だと思います。

 

 

 

 

 

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