「いじめ」も「自殺」も結局は人間社会の淘汰、だと思ってます。
…っていうと、極端でしょうか![]()
気分を害された方いらっしゃったらすみません![]()
軽い「いじめ」も受けた事はあり、「自殺」(未遂も起こした事はない)も知人にされ
…たことのある私は、ふと思ってしまう。
いや、極度の「いじめ」が苦で…というのには何もいえませんが、
からかいの延長である程度のいじめ…については仕方ないのかなぁ、と思ってしまう。
「いじめ」(些細な)だとか、絶交、とかフられる、
とかって自分を是正するチャンスなんじゃない![]()
って思ってしまうのは余りにも前向きなのでしょうか![]()
それともそれ以降に恵まれた人間関係からそう考えてしまうのでしょうか![]()
過去に何度か、友人だった人から嫌われる事、ありましたが、友人だった人が悪かっただなんて思いません。
雰囲気読めない![]()
口が悪すぎる
(親しいと、甘えの感情で使ってしまう
ツンデレですから・笑)
ネガティブ
(被害妄想アリマス)
面倒くさがりや
(前よりは良くなりました)
があいまって、そうなってしまいました(多分)
こういった経験っていうのは後に大変有難いものだと思ってしまいました。
雰囲気を読むのは未だに苦手ですが、
経験としての蓄積があれば、「××ったときは●●」のような蓄積があれば、
ソレを受け止められずにいるよりは前進に繋がるとは思います。。。
本人の、先天的な事実をバカにしているという理由だったら赦されざることではありますが、
ADDが原因で雰囲気を読めない、という原因→結果として表れるものであれば、
前進に繋がるチャンスだと、思います。
②…に多分続く