「物陰」の者を想う

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駅への通い路にセブンイレブンがある。

大仰に言えば、これは僕が創った。



このセブンが出来たのはかれこれ12年程前になる。

それまでここには地域密着型の酒屋が店を構えていた。

しかし経営していた老夫婦が時勢を読んで店を畳み、老朽化した家屋の建て替えを決意。

そうして某住宅展示場にご来場、営業マン時代の僕と出会ったという訳だ。

打ち合わせを経て、一階はセブンイレブンに貸し、二階以降はアパートと自宅で構成する「店舗アパート併用住宅」案に決着。

一億数千万の大型物件だったが、お客様と上司に助力を仰ぎ、やっとこ竣工まで漕ぎ着けた。

図面や見積書の作成で幾度も徹夜したのは良き思い出である。それでも肌はツルリとしていたと記憶する。やはり若さは無敵だ。

今なら顔面が月面になること請け合いである。



レジのバイト。立ち読みするサラリーマン。唐揚げ棒を購入する学生。

僕がこのコンビニオープンの立役者だとは誰一人として知る由も無かろう。

でもこちらは彼等を見る度、ほくそ笑んでいるのである。



逆の立場になって、身の周りは人々の「いい仕事」で溢れている事に気付くと、日常が立体的に感ぜられ、潤いを帯びてくる。

来ている服の柄にしても、テレビリモコンのボタン配置にしても、コレを苦心して考えてくれた人間が世界のどこかにいるのである。

今、読者の方が手にしておられる携帯やパソコンも、きっと誰かの熱情の結晶だ。

その人は生きているかも知れないし、もうこの世にはいないかも知れない。

そんな事を思うと、何だか胸に迫るものを感じないだろうか。



渋谷原宿辺りの若者は「ふーん」とせせら笑うだろうなあ。下北沢も加えておこう。

しかし、その気持ち何となく分かるぞという理解者も、当ブログ読者には少なからずおられると僕は信じている。



駄文御免。