月に一度の写真日記・日暮らし仙人の日々万葉写真&エッセィ -2ページ目

月に一度の写真日記・日暮らし仙人の日々万葉写真&エッセィ

日々の思いを、素直に、時にはリアルに?、…日々の雑感を綴ります。リアルってどんな意味だったけなぁ。まあ、ブログの準備も、徐々にしていきまっさ。ご期待あれ。アクセス次第でしょうか。どうなるか。ご期待あれ。

 心地よい朝を迎えたとしても、一瞬の出会いや、突発にかかってくる電話の一言や、微妙な感情のもつれが、心地よさをモザイクが崩れるかのように破壊されてしまうことがある。具体的には言えないが、「あること」のしがらみからの誤解であり、批判の矛先を全く関係ない鬱憤張らしのために、我が身に振りかけられた。

 人が鬱憤張らしに吐く一言は、ねたみ、嫉妬、あげつらい、人権侵害この上ない罵声であったり、人を再起不能なまでに叩き積めるものであったりする。本当に、自分がいたたまれなくなる時は、その時である。追いつめられ、心の置き場、体の置き場が、一瞬のうちに否定されてしまう。結果として、見えてくる物が、睡眠不足であったり、ノイローゼであったり、最悪被害を受けた人の自殺願望である。

 退職前も、あることで追いつめられたこともあったが、職場の仲間やフォローしてくれる人が自ずと現れてくれ、いろいろな人の支えで乗り越えることが出来た。よくもまあ、就職から退職まで、我が身を持ちこたえさせた。当然といえば当然のことであり、それはそれで誰しも経験したことだと言われれば、それまでの事なのだが。生きることの難しさを、つくづく経験させてもらったと言っていいだろう。

 退職して、人間関係のしがらみから解き放たれたと思っていたが、どっこい、そうでは無かった。あきれ果ててしまうのだが、降りかかる火の粉は仕方がない。いつまでたっても、受ける物は、時を超え、場所を越え、姿を超え現れる。人の心には、現実社会で、退職しようと、退職しまいが、我が身が常に「危険な状態」に晒されているものなのである。危険な状態とは、人により異なるであろうが、「家族関係」「他者との人間関係の軋轢」「職場のいざこざ」「地域とのもめ事」であったり、実体を持たない「架空の実体」が人の心を悩ませる。そして、「架空の実体」は、邪悪の姿を結果として人に見せつけることもある。

 少々、理屈っぽくなったが、先に述べたごとく、睡眠不足状態に追いつめられたことは事実である。何気ない電話、とんでもない電話の時もある、因縁付けの、こじつけ論理の、悪意の電話だった。何気なく人の依頼を引き受けて、人助けの思いだったが、それが返って人助けにはならなかった。手前の思いとは別に、秩序を乱す行為とも取られ、変な烙印を押され、つまはじきにされてしまう時だってあるのだ。人助けが、人助けにならず、引き受けた本人自身が救われず葬られたしまう場合さえあるのだと言うことを知った。

 退職前にも懲りたことがあっったはずなのだが、退職してからもあるのだと再認識した。情けは人のためならずというが、だからこそ「情けは必要」と思っていたが、「情けをかけない事」の方が、相手の人ためになるのだと言うことも再認識した。

 人はこうも思うと、冷酷さを持たないと駄目なのか、冷たく残酷に人をあしらうことの方が、親切な場合もあるのかとも思う。時には人を育てる場合には、冷酷に突き放す面を持ち得てこそ人なのか、また冷酷さを発揮することこそが、実際の親切な人なのか。

 お坊さんが、そんなことを言って、人間の言うことかと思われるが、時として突き放さねばならないときもあるのだ。どのような社会とて、それを乗り越えねば成長はないと思ってみたり、・・・やはり、自分にはと思ってみたり、人の心は複雑だ。
 人の心の中にも様々な「形」があるようだ、・・・また、稿を改めたい、結論は出ないが、今日はここまで。

 疲労が蓄積すると、休みたいという欲望に駆られる。旅とはいえ、楽しさもさることながら、疲れがよくたまるようになった。
2~3日投稿しないとアクセスもがたがただ。特定の固定客を持つブログは、長期アクセスを可能とする姿が理想だが、何せ固定客を持たない「愚拙」のブログでは、長期的アクセスの維持を続けることは、なかなか難しい。さてさて、原稿を始めよう。

 以前に、派遣の派遣登録を考えると題し、投稿をしたが、何故そのような投稿をしたか論じ、自分ながらの結論を述べておこう。勿論、金儲けの話として、登録したのではないと言うことを述べておく。話は2年前に遡る。

 時折、京都市の龍谷大学大宮図書館に行き、学問上の調査などにいく。論文の原稿をそこで書くこともある。大学は学問するものに取って、宝の山である。思いもしない言葉に多く出会える、自己に取り、オアシスであり。心のよりどころを提供してくれる空間・場所でもある。

 ある日、図書館での史料捜しを終え、隣の本願寺の御影堂、阿弥陀堂へ参詣をした時のことである。ある独りの女性が、御影堂で小声ながら、聖典を持ちお経を称えていた。見れば、その人の伴侶であろう人の写真を、親鸞聖人の御像に向け、涙ながらに念仏を称えられていた。まだ、その方のご主人が亡くなられて、日も浅いようだった。その本人のご主人が本山参詣が出来なかったかため、遺言を果たすため、参詣されたかは定かではないのだが。

 小生の勝手な推測ではあろうが、孤独な涙すすりの念仏には、声がでなかった。おそらく、葬儀を世間一般に言うように満足に出来なかったのではなかろうか。夫婦揃っての参詣が、このような形になったのを承知で参られたかはわからない。その方にお声はかけなかったが、妙に印象に残った。 

 都会では亡くなれば、病院から火葬所へ直行し、荼毘に伏す直葬もあるらしい、おまけに骨の引き取りすら行わない遺族もあるという。家族だけで送る家族葬なるものも、近年、誕生している。僧侶、神官、牧師なども招聘せず、式も行わず、はいそれまでということもざらにあるらしい。通夜もなく、葬儀式もなく、この世を旅立つ人も出てきている昨今である。

 このようなことを見るに付け、聞くに付け、思ったことがあった。何か自分にしてあげられることないかと考えた。金のことは問題でない。お経を読み、一時でも、こうした人にも安らぎの時間を与えてあげられないかと。お経を読み、その人が、遺族が納得してもらえれば、何らかの一助になれないかと考えた。

 幸い、門徒戸数も少なく、御門徒様以外でも、案外と手助け出来るのではないか。寺の僧侶として、教えを広めるのも大事だが、まず苦しんでいる人に安らぎを与えるのが先である。少しでも、そうしたことがあれば、お経の読むことで、社会に貢献が出来るのではと思い、実行に移すことにした。

 門徒様以外でもお経を上げる手伝いは何かと考えると、インターネットで頻繁に出ている「僧侶派遣会社」の登録を思い立った。いくつかのサイトに登録してみた、だが結論は、「開店休業」状態が待っているのみであった。
 考えてみれば、葬儀を仏式で営む遺族はあったとしても、すべて葬儀会社近郷のお寺のお坊さんを招けば、ことたれる世の中なのだ。ましてや、滋賀の一地方の寺院の僧侶など、招く必要もないのである。招かれざる客僧は。こちらの方だったである。

 それ以来、もう登録会社から依頼の来るのはないと、ぷっつり、あきらめることにした。地方では、それぞれが、何処の願い寺があり、近場のホールなども、依頼されることはない。それならば、自分にあった道を探す以外に無いと言うことになった。

 そうした複雑な思いから、自分ながらに出来る、「お話会の講師」や「門徒様以外の法要」を受け入れてあげる「サイト」を自分で立ち上げる以外に無いのではないか。開店休業状態それもよし、自分に依頼のあるときだけ、動けばいいと言うのが結論になった。今しばらくは、自分の考えで動いていこう、それも良し、開店休業ありがたいの境地である。


 結論というものは出ないだろう、自分に出来ることから始めよう、そう思うこのごろである。まだまだ、味わいのある世界までたどり着けない自分だからこそ、勉強しろと、仏様がそういう信号を、私に出されているのかも知れない。


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※このブログ原稿も、脱字あり、表現方法に誤りもあることと存じます。何せ、独りで校正、脱稿の手続きを行わねばなりません。ミスがあるときは、ご容赦下さい。

 なお、コメントを頂いても返事のいたしかねるときもありますので、御了承下さい。3年ほど、幽霊ブログになっていたブログです。原稿も、他ブログに掲載している場合もあります。このブログ、どう継続していくかは検討中です。このようなことも、ご了解願います。 



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                 滋賀県・比良山系に沈もうとする夕日(初秋の一枚から)


 今年は、このブログでの投稿が初めてになる。何の原稿を書こうか、職場で昼休みに知恵を絞ってみたがどうもうまくいかない。土曜日は、地域消防の出初式への出席、地元成人式への来賓出席と、同日に2つも行事を抱えている。おまけに、体は風邪気味・・・朝から、ティッシュを使うことの多いこと。いささか体がばて気味状態。

 

 仕事を終えて地元に内科の医院に駆け込み、点滴をしてもらって、少々は「体調」も持ち直したか。薬をもらって、 一安心というところか。

 まあ、わが身がインフルエンザでないだけが救いか。やはり、体はきちんと管理をしなければならないことを、風邪を引きたび痛感する。万全に体調を整えなければ、公式行事に出席することは大変なことなのだ。


 成人式のメッセージも、実際考えてみると、意外と難しい。長ければ、聞く人もだらだらしてしまうだろうし、短ければあっけにとられてしまうだろうし、といって「美辞麗句」を並び立てることもできない。思案をすることは、文章の1行とて大変なことなのだと痛感する。


 家にかえって、ネットで「47コラム」の沖縄の新聞を見ていると、「雲蒸竜変」(うんじょうりゅうへん)という言葉の紹介がなされていた。湧き上がる雲に乗った竜が躍動すことだそうな。才気を生かし、さらに発展させる意味があるという。・・・50歳代のわれながら、かくもありたいと思うが。・・・こうした「言葉」を「成人式」のメッセージに添えてみるのもいいのではと思う。


 今年が辰年だから、こうしたメッセージも、以外にあっているかも知れない。・・・写真も、昨年の初秋の写真ではあるが、雲が上昇しているように見えるものを選んでみた。


 こんな「しまりのない話」を書いているのだが、家内は横で「AKB48」の番組を見て笑っている。こんな記事を書いている「手前」もしまりのないことだが。やれやれ、夜は長いものだ。冬の夜長は、やはり、退屈しない。


 こんな記事書いてることも家内は知らんている。・・・まあ、それもいいだろう。(おそまつ)


 みなさんも、風邪を引かないように、ハックション・・・おやすみやす。