月に一度の写真日記・日暮らし仙人の日々万葉写真&エッセィ

月に一度の写真日記・日暮らし仙人の日々万葉写真&エッセィ

日々の思いを、素直に、時にはリアルに?、…日々の雑感を綴ります。リアルってどんな意味だったけなぁ。まあ、ブログの準備も、徐々にしていきまっさ。ご期待あれ。アクセス次第でしょうか。どうなるか。ご期待あれ。

Amebaでブログを始めよう!

風邪で寝込み、思考力の限界も感じる。今日の所は、昔あるブログに投稿した原稿で勘弁を願いたい。
 
 写真活動が、今は停止状態だ。ブログも2つほどのサイトに投稿するになってしまったようだ。文章だけでも、色々サイトを立ち上げた以上、継続するとするかと思い始めた。

 日頃の思いだが、なかなか思うように掲載できないこともあろうが、再出発とするか。

次回からが本格的な投稿と言うところか。ご意見も、お願いしたい。今日の所は、これで。長文ブログになりますよ。

韓国紙「ヒロシマ、ナガサキはアジア人の復讐」 安倍首相批判に「原爆の正当性」持ち出す

こればかりは、批判対象を間違ったな。廣島・長崎の市民の怒りの声を、どう思ってる。軽々しい批判はしないことだ。許される発言ではない。日本国民に対する礼節のなさをはっきり示した。世界平和を掲げる「廣島・長崎の声なき声・英霊の叫び」そしった発言は許されない。日本国民に、わびねば、国連で批判の対象となろう。日本の一国民としても、この手の発言は絶対、許さない。

 久しぶりに、コメントした文章を掲載してみた。相変わらず、反日の記事が、連日、各検索サイトに掲載されている。こうも毎日、日本を批判しているのを見ると、本当に首をかしげたくなるのが事実だ。

 戦後に生まれた昭和の世代も、退職して昭和二十年代に生まれた者も、あと二年で、仕事の第一線から退いて、第二の人生を歩み出そうとしているのに、こうした記事を見る度、諸外国の日本憎しの報道には、胸が痛くなる。

 日本の退職者には、現役時代出来なかった中国との友好親善のため、シルバー世代で、海外協力隊などでに奉仕をさせてもらいたいと思われ、実際に行動を示しておられる方もあると聞く。

 以前、報道で知った九十歳代の老人の人は、砂漠の緑地化に、身を削り、中国の環境改善のため、砂漠に植樹活動を展開し、現地の人に喜ばれ、尊敬されている人もあると聞く。

 二十世紀後半から、中国などでは、反日教育が徹底され、昨年の反日デモの爆発が、ピークだったと思う。

 このデモは、日本の民間企業、民間の日本人活動家・ボランティアなどにも、多くの傷跡を残したと思う。

 善意ある中国の人々の心にも、多くの傷を残しただろうと推察する。

 国情が違うにしろ、日中の国民に落とした影は大きいと思う。さらに、その隣国も、今や連日の反日報道ばかりだ。國の面子ばかりをあげつらい、過去の清算、右翼化、・・・あまりにも、そこまで、反日を振りかざさねばならないのだろうか。庶民には、わからぬことが多い。

  先の大戦をいつまでもあげつらい、何かあれば、「反日カード」を切り、日本を叩く・・・庶民には、もう両方ともいい加減にしてもらいたいと思う。

 日本の多くの自治体でも、韓国、ロシア、中国などの国々と、姉妹都市の提携を行っている。政治がらみで、こうした民間の親善活動も、多かれ少なかれ影響を受けているだろう。

 民間の親善活動も、自治体が取り持ちはするが、実際のところは、各家庭のささやかなホームスティで、人間味あふれる交流をしているところもある。

 自治体が行う活動でも、私の知る海外のある町では、民間が親善交流のため、畑でトウモロコシなどを栽培し、バザーで収益を上げ、姉妹交流の財源にしていた。ある家庭に宿泊させてもらったが、それも各家の手自慢の料理を作り、それを持ち寄ってのパーティであった。家の内部まで、余すことなく開放し、たどたどしい英語で会話をしていた時も、それなりに理解してくれ、心が本当に癒され、いい一時を提供してくれたことを、懐かしく思い出す。

 人間同志、真に理解し合えるのは、やはり個人対個人の心の交流が基本だ。それでいて、お互いに、尊重し合い、それぞれのプライドは、傷つけあわない方法を、ホームスティから学ばせてもらったと思う。

 何故、アジア人同志なら、もっと尊重しあえないのかと思う。政治の世界のことは、素人の私はわからないが、時の権力者、時の政治事情で、不幸にも、友好親善活動が、絶たれていく現実があることには、一抹の恐怖さえ感じる。

 韓国の政治家も、中国の政治家も、そして日本の政治家も、もう一度頭を冷やし、「国を富ませる」ことは、本当に何なのかを考えるべきと考える。

 骨董無形な「沖縄を返還しろ」と、日本に無理難題を押しつけ、大国ぶりをひけらかしたり、歴史上、実効支配したこともない「対馬」を返還しろと言ったり、日本を侮辱する発言は控えるべきだ。戦後体制そのものを、大国の意識でひっくり返したりするような政治状況は、あまりにもひどすぎる。

 現国境線を互いに尊重し合い、善意ある外交を展開し合うことこそ、世界平和の礎となるものだ。それに、過去の深い怨念はいい加減に取り払い、未来志向で対等な外交関係を築くことこそが、民間親善交流を深める基ともなるのだ。

 コメントの最初にも、述べているが、広島市・長崎市の原爆投下の問題にしても、「非戦闘員」が多く亡くなられ、共に世界平和のための努力している自治体である。日本としても、平和を祈念する出発点であると、国民の大半は思っている。日本人をはじめ多くの人々が死んだのは、植民地支配の「罰」があたった、・・・こんな発言は、筋違いだ。これを書いた韓国の新聞の執筆者も、一度、広島の現地の「原爆資料館」を一度、尋ねて見ることだ。如何に、自分が醜いひどい記事を、日本人の感情を逆撫でした、日本人を侮辱した記事を書いたかわかるであろう。

 庶民には、詳しいデータ何ぞはない。でも、人間として、基本に何を考えるべきかは、日本人は個々に心得ている。人間対人間の交流に、史料、データがあっても、お互いに心底理解し合わねば、平和なぞ無いに等しい。理屈で論じるのが、人間の付き合いではないのだ。

 仏教経典に説かれてある、「お互いに武器の利用のしなくてもいい世界」・・・まだまだ、遠い未来のようだ。

 人はいつになったら、お互いにわかり合えるのか。私の存命中は無理のようだ。

風邪です、しばらく休みます。

今日は発想がまとまらない・・・些細な意見の羅列としよう。

①あんまり触れるのが良いのか、悪いのか?
 対馬の仏像盗難事件について、ここ最近の事件について、呆れている。何せ2年前に盗難事件があってから、今の事件だ。内容の記事はネットであふれているから、書かない。犯罪者の一行が、多種多様の職業団体で構成され、逮捕されたが、言い分は「対馬は韓国固有の領土であり、仏像を盗もうが韓国の物を韓国に持って帰ったところで、窃盗・盗難ではない」という論理なそうな。2年前に、盗まれた仏像は言うまでも無く、返還されていない。韓国にあった物なのだからと持って帰っても罪ではない。元に戻す論理がまかり通っている。

 感じることは、呆れかえるの一言だ。ネットでは、「韓国の英雄」とまで言われている。都合が悪るければ、反日思想で逃げおおせる。どういう国なんだと思う。あんまり言うのは何だが、僧侶も居るという、仏教では、盗みは「罪」であるとされる。戒律には、不偸盗と言われ、盗みはいけないとある。仏道の妨げになるものであり、罪に手を染めてはならないということだ。
 果たして、自称住職が本当の僧侶かは疑問だが、僧侶ならば、韓国の仏教も地に墜ちた物である。

 韓国の政治状況を見ていると、先に述べたごとく、仏像問題を契機として、対馬まで韓国領土だと問題を世界に吹聴し、慰安婦問題を絡め、日本の領土を盗もうとする魂胆さえ見え隠れする。仏像問題を、領土略奪問題にまで昇華させるとは、ほとほと呆れかえる所行と言わねばならない。これ以上は、触れない方が良いだろうが、日韓基本条約で、50年の間、両国とも取り決めを行い様々な請求権は消滅したはずである。こうした条約があるなら、韓国は条約を遵守することだ。蒸し返せば、もっと日韓関係は悪化に向かうだろう。罰当たりな発想であると言わざるを得ない。

 古館一郎氏が、このことで、仏教では、物に執着してはならないと、テレビ番組でお説教をのたまうという話題があったらしいが、いったいこの人は何なんだ。日本国民なら、対馬の島民、対馬の住職の意見を尊重するのが人ではないのか。心を無にするのが仏教なら、物に執着するなと言う。これは、はっきり言って、常識はずれのご意見だ。批判を、喰らって居ると聞く。窃盗犯を擁護しているようにとも取れる、日本人としての常識さえ疑う。

 日韓の局長級会議で、日本が仏像返還を要請すると、韓国は文化財の返還の協議機関の設置を言い出した、あんまりにも厚かましい、韓国の姿勢にはほとほと呆れるのだが、まず韓国から仏像を返還するのが筋だろう。韓国は、仏像の窃盗はいけないことなど、人として基本的常識を守って欲しい物である。これ以上言うと、話もややこしくなる。話を変えよう。

②羅列するつもりが・・・
 なにやらこの①話題だけが、長くなった。昔、このことにも原稿を書いたが、今となっては賞味期限のきれた原稿だ。政治的、通俗的なことは、永続性がない。だが、国際問題、信仰の問題にも、微妙に絡む問題だ。もう少し、見解を定めいずれ稿を改めるとしよう。

③選挙について
 この12月14日が投票日だ、まだ投票する相手は決めていない、町内の細かな筋まで入り込んでくる候補者は今のところない。ある場所で、よろしくだけを言うだけで、とても投票したいと想わない。何ら国策への政策展望も言わず、自分の名前を連呼するのみだ、これではと思う。当選したところで、ろくな政治活動も出来ないだろうと思う。周囲が担ぎ出し、形通りのマニュアル動作のロボット候補なら、いずれ解体・スクラップだろうね。代替品は、どれだけでもあるから、壊れても構わないということだろうか。リモコンで操縦される候補者には入れないことだと思っている。

 組織力を使う候補者は、地元に活性化をもたらすと言う公約と引き替えに「支持票」としての投票を見返りに求め、組織力のない候補者は、実現できそうもないパフォマンス発言をして周囲を驚かせ劇場型選挙活動を繰り広げる。国政を得々と語り、外交から地元の活性化まで、庶民の暮らしを知る「候補者」がどれだけ居るだろう。

 田舎は至って静か、全くの無風だ、いい候補者に、良い政党に投票したい物と思う。政治の主役は、政治家であると言うより、国民ひとりひとりである。候補者も、ちゃんと自覚して欲しい一言である。

 これで、原稿長くなったか、そんじゃぁ、終わりにさせてもらいまっさ。なに、結論が曖昧、そりゃぁ、そういうときもありまっさ、今日はこれにてご勘弁、ご勘弁。もう少し書きたいが、今日は、今日は。


 はっきり言って、ぼんさん(僧侶)が政治的なことを言うと嫌われる。現在、かといって支持政党はない。いわゆる「浮動層」というヤツだろう。あてどもなく、はっきり言って、琵琶湖に漂う「浮き草人生」のようだ。風が吹けば、西の岸へ、明日は東の岸へと言う風に、行方定まらぬ気まぐれ渡世の紋次郎のようだ。

 格好の良い物ではないが、我が存在も根無し草のようなものかも知れぬ、命の終焉を迎えると、西方極楽浄土という西の岸に行くことにはなっているのだが、ここ30年以上は、東の岸の何処ぞに根を張り生きようと、仏様も思し召しなのだが、なかなか、一カ所にとどまることの出来ぬ生き様を晒さねばならぬようだ。それも良しとしておこう。


 まだまだ、まだまだ、未完成。


 政治めいたことを言わぬのが、今時の僧侶の姿なのか、疑問が残るも大旨は世間の意向に従っていることになっているようだ。従軍慰安婦問題も、朝日新聞の吉田証言の疑義を認め、「慰安婦」問題となったが、日韓共に主張がかみ合わず、日韓関係に改善は、あと、「千年」もしくは「九九九年」かかりそうだ。コメントを見れば、かなり過激な主張もあるようだ。サラリーマンの仕事の憂さ晴らしに使われている部分もあると聞く。時折、スポーツ選手のプライバシーの侵害では無いかとコメント入れるが、何故かそんなコメントもむなしさを感じる。

 それぞれの記事に、内容はどうあれ賞味期限があるため、歳を経れば、意味とて不明になり、記事にされた当人とて忘れられている存在になっているのが大半だ。政治であれ、芸能であれ、スポーツ分野であれ、皆大半は賞味期限を過ぎた食品のような物だ。自ずと旬の時がり、期間を過ぎれば、味が落ち、栄養分とて無くなってしまう。世の中の大半の諸事は、鴨川の水のあぶくのような物ようなものにすぎないのかも知れない。この頃は、こんなことにアホらしくなり、投稿はやめてしまった。

 文句を仮名に託し、言いたい日頃の憂さ晴らしをしたところで、今日は今日で、次の日には次の日で、不満文句が言いたくなる。人とは浅ましき、地獄の「餓鬼」ではないか。だからこそ、人間は救われぬ悪人であると釈迦如来が説かれたか。

 少し話はそれたが、先の大戦にも、「従軍僧制度」なるものがあったと聞く。従軍した兵隊の戦死者の葬りなどもした制度であり、戦の無いときは軍隊内で、兵士達の戦意高揚の教育に当たったとされる。宗教団体の戦争協力である。
 終戦後、この戦争協力が議論されたこともあったが、今は下火のような状態かも知れない。だが、現代の日本仏教の教団の中にも未だに戦争協力責任を恥じ、活動をされている方もあると聞く。だが、歳と共に活動者は高齢化の波に襲われている。

 ややもすると、こうしたことはうやむやにされ、現代の社会状況にあった、新たなる既成政治団体の宗教利用が行われる可能性がある。再び、暗い時代のような体制に戻らぬよう、宗教者も襟を正さねばとも思う。宗教者も、恥ずべき歴史は、引き継がねばならない。それも、一つの使命とも思う。

 次に、輪を掛けるように宗教不振の話題である。現代はどうだろう、寺の地盤を支えている門徒制度が、山陰地方などで一〇年の間に一〇〇ケ寺の寺が姿を消したと言う。地方の足下から、過疎化により、門徒様の寺離れが加速している現実を突きつけられると心が痛くなる。
 おそらく一〇年先、滋賀の地域社会もどのような姿になっているだろう。滋賀とて、寺院の統廃合が進んでいるのではないか。零細な寺ほど、露骨な時代の波に翻弄され、大変なことになるのではないか。だからこそ、こうした身近な配信活動も必要なのではないか。一〇年後の自分、寺の姿を考えると恐怖に襲われることもある。どの寺とて、同じ悩みは抱えている。

 反面、悲観論に囚われぬのではなく、離散した門徒様が年に数度、本堂に集まり、健康を確かめ合い法要を営む寺もあると聞く。原爆投下にあった寺で、門徒様が離散してしまったが、戦後七〇年近くなった今もご遺族が、先祖がこのお寺で念仏を喜んでいたと聞いて訪ねて来るという。人には、代が替わっても、本巣への帰巣本能があるのではと思う話も聞いたことがある。

 こう思うと信仰は、世代を超え受け継がれていくものとも思ったり、心中は複雑だ。崩壊して行くと嘆くより、守るものは心さえしっかりしていれば、皆それぞれに、信仰を守っていかれるもんだ。それなりに、守るものは守るという気持ちを持っていればいいとも思ったり。思うことは、様々だ、色々だ。

 そう思いつつ、時がたつ。腹を立てずに、ひたすら精進、精進。政治に翻弄されず、時代の波に呑まれず、社会の流れに流されず、自己を強く保ち、仏道を説いていけばいい、そう思いつつ、やはり、至らぬ自分が恥ずかしい、恥ずかしい。

  草むしりをしながら、いろいろと考えてみた。小粒の砂利の敷かれた本堂の前は、草も生えにくくなったが、冬場とはいえやはり雑草がすこし生えてくる。

 2センチにも満たない、もっと小さい草では1センチ、5ミリの草が、ここぞとばかりに生えている。軍手ではとれない大きさだ、素手で取るのだが、小さな草とて生命力の固まりなのだ。雑草とは、なんとたくましい生命力なのかと思う。

 寺の境内を宇宙に例えるならば、小石のひとかけらが「人」のようなものだ。地球に蠢いている何十億の人類も寺の境内の「固まり」に例えれば、人とはなんと小さな物か。とりわけ、境内に散らばる雑草が「国際的諸問題・政治・雑事」と言う物になるのか。

 逆に雑草が人の「存在」であったりと、あれこれと思案をめぐらせてみる。

 雑草も一端場所を見てつまもうとするのだが、周囲全体を見渡すと、 細かな所の場所を探しあぐねてしまう。その場所がわからなくなる、人の人生とは先の見えてるようで、何かきっかけがあると、先が見えなくなったり、見えたり、消えてしまってしまう感覚になる。

 小宇宙の中にも、人間の本質を見る「哲学」が隠されているような気がしてならない。

 これとて、手直しの原稿だが、今少し思考力がさえないし、文章が文章にならぬ。とはいえ、文章の再構築、追加とて思考力がかかるのだが、別腹ならぬ別頭、別脳としておこう、それで良いではないかである。
 記事を書く時間は、夜だから充分にある。食事を終え、母屋から離れに戻り、ストーブを付けて思考時間に戻る。そういいながら、時代劇チャンネルの「暴れん坊将軍」を見ているのだが、この中にも「人はそれぞれに生まれ持った星があるんですよ」、何て「め組の辰五郎」なる「北島三郎」さんが、ご「教示」をたれている。実に北島さんも若々しい、いまだに声の衰えを見せない姿を今も披露しててくれるが。

 そういえば、俳優の「菅原文太」さんもなくなられた記事が新聞に掲載されていたっけな。昭和53年の頃、職場の慰安旅行に出かけたときのことである、長野県の温泉へ行く電車の中で、菅原文太さん一行にお出合いしたことがある。今の時代でも、俳優さんやアスリートの選手に巡り会うことは、稀にしか出会えぬが、一瞬の驚きを提供してくれた。
 電車の中で、サインをお願いしたところ、快くハンカチに書いていただいたことを思い出す。今となっては、そのサイン何処に行ったかわからぬが、昨日の事のように蘇ってくる。事務所のスタッフの方がお二人が、ハンカチを車中で広げ、菅原さんが嫌なせず、にこやかに書いてくださった。そのサイン、残しておけば良かったと思うが、今となっては残念だ。

 ホテルも幸い一緒であった、ホテルの歓迎の看板は「歓迎 菅原一門会御一行様」と書かれていた。朝の食事の前に洗面所で歯磨きをされていた。「おはようございます」と声を掛けると、歯ブラシを加えながらも「おはようごいざいます」と口をもごもごされながらも、声を返していただいた。それだけの出会いであったが、深く脳裏に焼き付いている。

 それだけの出会いでも、記憶に残る人は残るものなのだと思う、存在感のある人は、不思議なもので仕草一つが多くの人に多くの印象を残す、さすがに日常生活そのものが演技であったかと感心をしてみたり、俳優の一面を垣間見たことを思い出す。

 小宇宙論からこの稿に入ったが、最後には人間論の究極に至れたようだ。人は日常生活の中に、小宇宙を発見しちっぽけな人間ながらに、「自己の存在」を発見し、日常生活の会話の中にも「自己の所行を見つめ直す機会」を見いだすことの出来る存在でもあるようだ。ようやく、上と下がつながったようだ。お亡くなりになった菅原さんには、こころから哀悼の意を表したい。

俳優が仕草で日常を現すなら、それは我々にも出来ることではないだろうか。見ている対象は、違うだろうが 人は人で変わらないはずだ。人生劇場を生きている我々も、言い仕草で人に好かれ、良い人生の生活を送りたい、こう心がけるだけで人の生き様が新鮮に見え、我個人の生き方も仕草一つ変わり、やさしい人になれるのではないだろうか。

 俳優さんには、金を払って演技を見せていただくのが普通だが、我々の演技には金の支払いはない。我々、庶民の演技は社会からの評価という形でかえってくる、高い代償の上に成り立っていると思えばいい加減な人生の送り方も出来ないだろう。

 何かおしかり調になったが、今日の所は是にて完了形だ。また、明晩だね、お楽しみに。

 原稿追加と書いたら、元寇塚と間違って文字が出てしまう。本当に、やれやれだ。

 今年もや、あと1ヶ月を切った。やっと年賀状を書いてみようかと言う気になった。昨年は、健康状態から一枚も出せなかった。ほとほと恥ずかしやとさえ思う。年々、年賀状も来る枚数が減ってきたのではないかと思う。知人も、歳を取り、お浄土へ旅立つ人が多くなった。年賀状も、そのせいで、自ずと減少していく。世への無常観を感じるのが、年賀状を見るときで在るのか、寂しい話だが、そう言う一面も在るのが悲しいかなの現実だ。

 ご門徒宅の「祥月命日」のお参りも、冬の木枯らしが吹いてきた。体も心も冷え込む次期だ。昔は聖典を持ち、各家でお経をあげていたとき、漢文の「棒読み」で、こんな経文を読んで何の価値が在るのかと疑問に思いながらもあげていたものだが。今は経本なしで、もう覚えてしまい、頭の中にしっかり「お経」が記憶される体になってしまっている。

 こわいもので、今はその「お経」の意味を称えることの「意味」がやっと分かるようになってきた。冬場は、どの門徒様も、お参りに行く時間は、家々では「ストーブ」がたかれ、暖かくしていてくださっている。有り難いことだ。 必ずご家族の方も、後ろにつかれ、「お経」をあげている。のどかで、地域の人とのつきあいの身近さを、強く感じる。お経を唱えた後は、必ず「近所の話題」や「仏教の話」をするようにしている。家の事情により、長くなったり、短くなったりだ、在る本にはこうとかれている等という堅苦しい話はしない。ごく自然に、身近な話題から「仏教の話」に持って行く「手法」も、自ずと身に付いてきたような気もする。ここまで来るのには、やはり、60年かかっている。地域になじみ、人並みのつきあいをするのにも、時間がかかることを、改めて考える。ごく普通に、人の前で話が出来るようになる、当たり前のようで、当たり前のことが、なかなか出来ない。人が生きることは、やはり大変なことのようだ。

 今の立場をうぬぼれては、それでおしまいだ。常に、精進在るのみだ。人として生きることの難しさを、この一年間に、思い直した次第だ。今年も、また来年も、前向きに、精進あるのみ、「ただひたすらに、ただひとすじに」生きることの難しさを味わい、元気で生きていくこととしよう。今日は、是までとしておこう。我ながらにうんざりしてしてしまったことも、今年はいやというほど多かったが、やはり、世情の荒々しいことは、身にしみてくることもある。良い話題で、来年も、掲載していきたいものである。うんざりされる記事は書かないことが、やはり、賢明のようだ。やはりが、やはり出てしまった。(笑う)


いくつかの原稿を束ねてますが?Posted by 住職さん(古風土近江万葉人) on January 24 2014 0 comments 0 trackback

 衆議院選挙そして、中国韓国の執拗な反日攻勢・・・良い話題は相変わらず少ない。こうした状況を見て感じられたのは、「人間とは化け物」ではないかと言うことだ。
 ただし、そこの話は別段、統計的なデータをもとに書いたものでは無いと言うことを宣言しておこう。言うならば、人としての思いである。
 化け物よと言えば、妖怪めいた「提灯お化け」「塗り壁」「一つ目小僧」「ろくろ首」何ぞを連想する方は多いであろう。これは、古来より日本に根付く伝統的な「化け物・妖怪」の類だろう、こうしたものに出逢わずとも、日本人ながらに日本に根付いた愛着のある「化け物」になっている。言葉を聞いただけで、大体どのようなもんか想像が出来る、ある意味では想像力豊かな人物かと思ったりもする。水木しげるさんという「漫画家」も、戦後、「ゲゲゲの鬼太郎」「悪魔君」という漫画を書き、多くのファンを作った。
 妖怪も、こうした人のおかげで現代に「日の眼」を見たと言っても良いだろう、妖怪とは大体、夜の生き物なのだから「日の眼」を見るという言葉が似合う、似合わないかは別としてだが。水木さんは、戦争で負傷しながらも無事生還し、自分を育ててくれたのは、妖怪達のおかげと宣うのだから、水木さん自身が、巨大な化け物・妖怪であるのかも知れないが。
 戦争で命が救われたのは、お化け・妖怪のおかげと言ったが、この発言は戦場での体験に基づいていると言う、塗り壁が前に立ちはだかった等という話もされていた。水木さんは、命の助かる所作がすべて、「お化け・妖怪」の仕業と覚えたのであろう。
 昭和の時代に流行った「鉄腕アトム」「海底人8823」「ナショナルキッド」「仮面ライダー」なども、こうして考えて見ると、「現代の化け物」達ではないかと考えてしまう。人間は至って合理的であり、ご都合主義であるが、・・・人間様を必ず「深遠の底」から助けてくれる「超自然的」「人智を超えたもの」を「空想的」に作り出し、それに救いを求めたがる。それが今風に言うならば「正義の味方」であり、「時代のヒーロー」であった。 
 それはそれで、良かったのかも知れない、多くの人に夢と希望を与え、時代を明るくしたと言っていいだろう。こうした現代の「化け物・妖怪」は、昼・夜を問わず、必ず困ったときに我が身のもとに駆けつけてくれる存在であり、日本古来の妖怪とは違い、姿を恥ずかし偈もなく披露し、救ってくれるから、大衆には好かれる存在になれる。現代の「化け物・妖怪は、明るい存在であり続け、今後も多くの「化けもの・妖怪」が登場しそうだ。庶民に取れば、正義の味方なら、良い妖怪ならどんどん新種が出てきても歓迎したい。

 政治の世界に話を移してみよう。かって総理大臣を務めた宮沢喜一さんは、総理大臣引退後も、他の内閣人事でも生き残り、自身を「平成の妖怪」なんて言ってた言葉も思い出す。昨年は東京都知事選挙に、細川元総理が出馬すると言っていた。ここ20年あまりなりを潜めていたが、ドラキュラやフランケンシュタインのように復活の気配である。
 原子力発電所のない東京都で、「原発ゼロ」とか「東京オリンピック返上」とかを、のたまわっている、本人は土の中から這い出た「大蛇・おろち」のような気分で、気分爽快なのだろうが、庶民は複雑である。おまけに、小泉元首相も全面支援とある、立ちがよいのか悪いのか、どうとも私には思えない。
 このほかに立候補しているのに、85歳のドクター中松さんも出馬していたのを思い出す。こうも見ていると「妖怪・おばけ市場」の品評会だ。こう言う「化け物」達に、「明日の日本・未来の東京」の姿を託することが良いことなのだろうか。「老塊妖怪」は、世のご意見番としての、「出番」があればそれで良いのでないか。こうも考えると立ちの悪いのは、こうした妖怪達を跋扈させる人間の存在とも言える。「政治家」と妖怪は、「売名行為に熱心」で、「金を集める」のにご執心のようにすら見える。政治主張と言うより、「自分のことしか考えぬ」のが「老塊妖怪」にしか見えぬ。
 まあ、これからは、良い妖怪・お化けが出現してくれること期待しようか。だが、そうした考えを持つ人間個人個人も「化け物」なのかも知れぬ。最後の最後まで、自分に執着し、あきらめが悪いし、それでいて、良い子ぶりたい・・・人間こそが、最大の「化け物」なのかも知れぬ。あきらめが悪いからこそ、人間なのか、それだから生きる意欲も湧くのかな。

 この原稿は、昨年に記述したものですが、現代風に直し掲載しました、こうも眺めていると我自身も、あ~だ・こ~だとしつこくのたまわる「昭和生まれのの妖怪」かも知れぬ。だが、こんな妖怪とて、念仏すれば阿弥陀如来様の御浄土で悟りを開き、佛となることが約束されている。ありがたいことである、だが、まだまだこの世に色んな場所に出没し、修行をしなければと思う気持ちが強い。だからこそ、だからこそである、しばらくは、妖怪人間として、世の中の役に立つことに心がけよう。唯、人には嫌われないようにしよう。これが第一である。 

 あるもめごとを未だに、背中に引き連れて解決策を見いだそうと、今日はいさんで出かけたが、相談先の手前の駐車場で思わず交通事故を起こす羽目になってしまった。示談で警察を呼び、相手先と示談すること半日を要してしまった。今日は朝から気分が一気に悪化の傾向のようだ、自業自得と言えばそれまで、寄りにも寄って挙げ句の果てがこの始末だ。今日一日、健康状態は休息に悪化の一途だ。情けないやら、何でこんな目に合うのか、つくづく我が身の至らなさを恨む。全てが結果論の世界だから、全てが始末の悪い一日となった、やれやれである。

 以前にあることで人に情けをかけたが、その解決策を見いだそうとしていた矢先の事故だ、何を言っても仕方が無いが、保険先に書類を送ってもらう手続きをせねばならぬ、今日一日、保険の手続きに追われた。事故の補償の見積もりが出て、書類を書いてと変な意味であわただしくなる。以後気をつけようと思うも気が重い。精神状態に及ぼす影響は、すこぶる良くない。また、やれやれが出てしまう。

 昨夜寝しなに久方ぶりに、『外国人がとまどう41の疑問 誤解される日本人』なる書物を取り出してみた。第1章 曖昧な日本人のところで、『なぜ日本人は相手の目を見ないのいか』である。要約すると、日本は西洋諸国とは違い、話をするときに相手の目を見ないため、外国人には本当に真剣なのか誤解を与えるとの主旨であった。封建時代には、目上の人とは目をあわすこと時代がタブーであったとする遺伝子が自ずと受け継がれたとの結論で稿は意味づけられていたが、納得するも、現代社会ではやはり目と目を合わせ相手と話をする。

 外国のお方なりの分析だろうが、即、現代社会にその尺度が正しいかは疑問だ。内容は鵜呑みにせず、自分ながら分析も必要だろう。対訳で書かれているので、英語の表現も単語の配列から見て、こんな単語の意味合いもあるのかと比較して書物を眺めるのも一考だ。

 今日は、最悪の日であり、まともな読書などは出来そうもない。どうれ、気分を直して風呂に入り、嫌なことは水に流し、いやお湯に流し熟眠と行きたいものであるが、満足な睡眠効果は得られないだろう。

 講演グループなるものも立ち上げ、勇んでことをしようとしたが、焦らず欲張らず金銭欲を出さず、奉仕の精神を忘れずことに当たらねば駄目と言うことも考えても見たり、我が身の心中、いろいろ複雑怪奇なものとも思う。あるお坊さんに言われた言葉を思い出す。「古風土近江万葉人」さん、アンタの言うことは、二足わらじの綺麗ごとだ、わずかな賽銭でもワシには大切な生活費だ、あんたは偽善者面するが寺一本で生き取るものは背に腹は代えられない。アンタの仏法に対する考え方は甘いのちゃうか。その道で喰う取るものは、真剣さが違うんや、よう考えなさい。・・・昔、ある和尚さんからそんなことを言われたことがある。
 
 と、いいながら年金で暮らしながら、細々、生計を立てて、細々、寺を維持する、観光客もない、参詣者とて増えぬ寺、講演に歩きたいとてお呼びは来ない。

 ある人からは、二足わらじの寺の住職さんだからこそ、庶民の生活も営め、悩みも共有できるんとちゃうか、自分を卑下せず自分ながらの仏法を説けばよろしいのではないか。そんなことを言われたこともある。

 そういえば、そうなのかとも頭の中で、反復もしたり。勿論、目と目を合わせ、眼と眼を合わせというのがどちらの表現法がいいのかわからぬが、卑怯な言い方かも知れないが、政治家のよく言う「両論併記」で行くしかないかとも思ったり。

 人生に、なかなかサイコロのように、思う良い「目」「芽」「眼」は出ないようだ。出会う人とは、「目線」をやや低くし喋ると、ビジネスの成立を呼び込んだ外国のお方もおられるようだ。

 明日からも、「庶民目線」で話したいのが、相手からはどんな「目」で見られるか。しばらくは、相手の「目」でなく。「目線」を意識することの生活だ。皆さんには、これで、お「目」こぼしとしていただきたい。こんな口をほざいても、何処の出版社と手原稿依頼は来ぬが、しばらくは、人の目を気にしながら慎ましく生きるが「良い目」であろう。だが、良い目を見るのは、まだまだ、先のようだ。

 今日は、この辺で、こんなお「目」でたい記事は終わりとしよう。次回をお楽しみに。お疲れ、お疲れ。

 原稿は書けるときに、書いておいた方がいいのか、また沈思黙考して稿を温め体裁を整えて記載するのがいいのか、このところが釈然としない。どちらかと言えば、愚拙の原稿は、中途半端だ。考えてみれば、このブログサイトの原稿も、気分を変えて2本目のサイトだ。そう思いつつ、あれこれ最盛期には、10本あまりだが日日、それぞれのサイトに、ネタというものを変え書いていた。復活してみようかと思うサイトも近頃はある。だが、気分次第の気まぐれ投稿、さい先が読めぬ。勝手なものとつくづく思う。

 サイトごとにメールアドレスを変え登録し、パスワードの変更も行わなくてはならぬ。面倒な事だがなれれば苦痛には思わないから不思議なものだ。まあ、息子や娘への妻への遺言書を書いているのかも、わびしい話だが目を通してくれる日々も来るだろうと思って、文章を書いている。

 さてと、今日の標題の文章に移るとしよう。日帰り旅でも、少々の疲労は残る体になったのが現状だが、夜寝る折にも少量のページであれ、書物にも眼を通すこのごろだが、本を枕元に一冊でも置かぬと寝られないようになった。習慣とは恐ろしいもので、何気ないことが当たり前になってしまうから、尚恐ろしい。やはり、いい習慣を身につけるべきものである。


 人の健康には、心地よい眠りと心地よき言葉が必要である。心地よい眠りは、心地よい朝をもたらす効用があると言っていいだろう。朝、起床し御門徒様のお家に7時30分頃、お参りに行く習慣もどうやら慣れてきたようだ。お参りしても、心地よい朝を迎えられたから気分がいい。御門徒様との会話にも、弾みがつく。気分次第なのかと言われれば、それまでだが、その気分が大切なものだ。健康のバロメーターとも言えるのではないか。

 昨日、旧の職場のOB会で出かけた折り、アサリの貝を購入して帰った。砂出しをしているから、次の朝にはすぐ食べられるよと店のおじさんが元気に言っていたを、昨日の事だが、未だに耳に聞こえてきそうだ。普段行かぬ旅先のお方に元気をもらったのかも知れぬ。

 今朝方、早速、お参りから帰り、食卓は「この味噌汁」であった、母は先に食事を済ませていたが、また朝の一言が良かった。
昨日はいいものを買ってきてくれて有り難う、とてもいいみそ汁を堪能出来たと言ってくれた。言ってしまえば、安価な買い物であったが、朝の一言が心地よい一日の気分をくれた。

 この一言が、逆に言えば、恨みつらみであったり、愚痴であったり、ののしりあいであったなら、心地よき朝は、また一日は迎えられないであろう。

 それ故、朝の一言は一日の行動にも、健康状態にも影響する。だからこそ、言葉は慎重に使わねばならないとも、思い返す。
振り返れば、朝の一言で、人をうなり付け人を諭した時のことを思い出す。その人にとっては、朝の仕事はじめに開口一番、怒ったものだからおもしろく無かっただろうなと、今更ながら恥ずべき自分の姿がここにある。現役時は、現役時で立場が「悪口」を言わすのが、その人のためになるのだと生意気な事を言っていたのだから恥ずかしい。未だにその人にとって恨まれているのだろうとも、その人の成長のために言った一言なのだが、悔いが残る。

 これからはと思う、自分も人には良い言葉を残さねばと思う。朝の一言は、それ故、大事なのだ。今日は、この辺で、次回を楽しみに。
  

 旅と言っても、ひとり旅もあれば、団体でわいわいがやがや行く旅もあるし、旅と言う言葉には様々な意味があるようだ。ひとり旅と言えば孤独な陰を引き連れて沈黙を求めて行くものであり、行く先々も由来を調べ資料を集めたり、写真機を肩に提げ芸術的な一枚を写真の中に収めることを目的として、人との会話を極力避け、耳・目をとぎすますことに費やすことの方が多いようだ。ところがどっとい、とんとこのことにはご無沙汰気味だ。

 大勢で行く旅は、多くの人と会話を楽しみ、友人と語らい、風景も見るには見るが、遠ざかりゆく景色には目をやるが、景色などはほとんど記憶している人は少ないだろうと思う。たとえば、富士山とかポイント、ポイントの景色を記憶しているに過ぎないだろう。

 バスで出かける旅行は、その人、その人の近況から、参加する人の会話やご近所の様子、政治の話から旧の職場の仲間の現在の近況を聞いたり、行く先々の名物、料理など、幅広い観点で会話が出る物だ。とっくの昔に忘れていた記憶さえよみがえらす効果を生むようだ。

 どちらかと言えば、我が身にはひとり旅というものの方が、似合っているのだが、このごろはタマの機会に出かける「団体旅」も好きになりつつあるようだ。勿論、働いて居たときのおもしろくも無いことを思い出すことがあるが、しがらみを解き放たれると、親しくなかった人とも、今は立場を離れて居るので気軽にしゃべれる。無論、上司であったり、同僚であったり、後輩であったり、立場はそれぞれにあるが、礼儀を保ち合い、紳士的にする会話には、昔のしがらみは水に流してしまっている。旧の職場の人のつきあいは、結構、今の自分を見つめ直す、「ワンチャンス」でもあるようだ。

 本当に10年も前なら、ここまでの団体旅行の見解は記述できなかったであろうと思う。団体旅行は、団体それなりの効用、効能があるようだ。思えば自分も歳を取ったということになるのか、こんな事に気がつくまで、60年もかかっている、我が身悟り難しと言うところか。

 旅に行くにも、団体旅行であれ、ひとり旅であれ、数冊の本を鞄(カバン)に忍ばせている。好きなときに広げられ、好きな箇所の文章に巡り会える。旅の読書の効用もいいものである。人にはきざに見えるかも知れないが、自分のスタイルは自分で守るといい。自分の思考力のとぎすますのに、団体旅行の休憩の間にわずかに眺める文章にも含蓄のある言葉を発見することもあり、個人の旅行に至っても、電車の車窓風景を眺めながらも本をぺらぺらめくる気分も、日常の行為に何らかの示唆めいた教示の文章に巡り合わせる事もある。だから、単行本や週刊紙など、様々な所に宝が隠されていると思い、書物に手を触れるのもいいものだ。

 今日は、古典ではあるが、分厚い源信僧都の『往生要集』と、五木寛之氏の『杖言葉』の二冊を持参していったが、文中にあった「佛の顔も三度まで」、「年寄りの冷や水」、「濁世末代の目足なり」という箇所が印象に残った。「濁世末代の目足」とは、意味合いでは、汚れきった時代だからこそ大切にしなければならないと言う意味合いになるのだが、団体旅行で出かける旅も・・・こうした「大切なもの」かとも思い、旅先まで読書している自分を、「年寄りの冷や水」かとも思っても見たり、いろいろな思いを書物の中に見つけた。

 さて、「佛の顔も三度まで」とはどう結びつくのかな。人にいい顔ばかりしている世間、なかなか「否」とは言えず悪人になりきれず「『善人』面で生きている自分には・・・と。思いは様々である。

 旅の思いも様々、さまざまとひらかなで書く方がいいかな。いずれにせよ、旅という言葉は、人に様々な思考を与えてくれるものであり、「人生の一こま」に何らかの「休息」を与えてくれるものでもあるようだ、だが再度思う。まだまだ、こんな状態だからこそ、「浄土の旅」は「困難」だ。しばらくは、現世の自分の人生の旅を楽しむこととしよう。

 今日の所は、これでお粗末。寝るとしよう。