賭けをした。
 久しぶりに閉店までいたバーで。

 今年、大学院を卒業するスタッフの、天然キャラなかちゃんの運転免許(残すところペーパー試験のみ)について。

 一発で受かったら、ビール三杯と食事を、マスターの奢りで。
 一度落ちて、二回目で受かればビール三杯と食事を私の奢りで。
 まさかの二回落ちて、三回目で合格したらなかちゃんの奢りで。

 店を閉めたあと、マスターが車で送ってくれる。
 先に降りたなかちゃんに手を振った。

「ビールと食事、ごちそうになれるようがんばってね」

「勿論!まかせといてください」

「うん。楽しみにしとく!」

「あ、俺とふたりで飲みに行くのは?」

「うん!それも行こうね。約束どおりドライブも連れてってね」

「合格したら即、写メ送り…」

 そこでマスターがアクセルをふんだ。
 雨上がり。夜と朝がひっそりとすり変わる、ほの明るくて、なのに闇の匂いを残したまんまの、その時に。
 雨が降ると困るけれど、しずくと地面の混ざった匂いがすき。
 季節や時間によって、違いはあるけれど、この時期の雨は特に、夏のはじまりの香りがしてスコッチにとても合う。

 通り雨と、あのひととの混ざった匂いも好ましかった。
 
 上司であるあのひとと、出張先で急に雨が降った。
 私に待つよう指示をして、走って車をとって来てくれたあのひと。

 運転席の、真後ろに座るあたしの鼻に、エアコンの風にのって、じわりと湿っていて、少しの煙草の気配の混ざった、あのひとの香りが届く。

 すきになっちゃいそうで、少し困った。
 でもまだ、すきになっちゃいそうなだけで“すき”じゃないから大丈夫。
 ここ数日、入梅して毎日グレイの空が続く。

 そんな空は急に大粒の雨を落としたり、時にはつよい風まで一緒に連れてきたりする。
 お気に入りの靴を履いて出掛けたい日には、特に。

 そして時に、雲のすきまを割って、お日様の日差しがこぼれることもある。普段より明るく、安心するそのひかり。

 くもりのお天気は、激しい雨にだって、ほんわかお天気にだって変わる。

 少し前の私は、好きになれなかった。
 くもり空も、はいいろの気持ちも。
 だって、混沌としていて、どよんとしていて、ぱっとしないから。
 
 ここ最近の私は、グレイな気持ちや状況を嫌いでない。
 どんなに願っても、雨か晴れかは空次第。
 前を向いてすすむことや、努力は大切なんだけど、黒か、白か、決まるのだって、きっと自分以外の力が大きくはたらいている。
 
 人の気持ちや状況は、常に変わるものだから。
 そんなナマモノを、決め付けてしまっちゃあ、勿体無い気がする。
 
 何事も、結果を求めすぎずに。
 決まりを作らずに。
 波に逆らわず、流れに身をまかせて、しなやかに。
 グレイの時期を楽しむのも、悪くない。と思う。