知り合いが
大怪我をし
入院

2ヶ月は入院が必要で
その先は分からない

先日
面会に行こうと思ったら
やっぱり
面会遮断だった

1年程前に
兄貴が入院した時も
別の病院で
そうだった

家族でも会えない

入院初日
どんなに心細いか
お互いの顔を見て
ホッとしたり
無事を喜んだり
言いたいことを
言ったり聞いたり
ZOOMやビデオ通話
LINEやメールSNS等では
確認できない
体温の暖かさ
その場の空気
居る、居てくれる
という安心、安堵
精神的な癒し

こういう事が一切
遮断

30年位前までは
病室に泊まり込んで
付き添うことが出来た

今は遮断

少しずつ少しずつ
患者と家族や友人などと
離されて
患者は一人ぼっち

そして
付き添い人さんが
居なくなった事で
看護士さんの負担が
少しずつ少しずつ増えて
大変だろう

トイレの付き添い
着替えの手伝い
食事の介助
身体を拭いたり
便の処理
おかずを持ってきて
病院食にプラスしたり
等々などなど

全部じゃ無いけど
出来る範囲で
付き添い人さんがやっていた

気を許せる人と
話ができ
辛いも痛いも
訴える事がしやすかった

家族や親戚が
付き添えない時は
付き添い人を雇う事もあった

今はそういう
職業は無いかもしれない

付き添い人が居ない患者さんは
看護婦さんに頼んだりしていた
けど
大抵は簡単な事なら
同室の付き添い人さんが
好意でやってあげる場合もあった
配膳とかゴミを捨てるとかね


これは
海さんが子供の頃の話で
海さんの地域だけかもしれないが
そうだったんだ

付き添い人が
居る人と居ない人と
差別を無くする為に
看護婦がやります
と言い始め
泊まり込むのも
大変でしょうから帰って
休んでください
後は看護婦が看ますから
いつの間にか
看護婦さんがやるようになった

そして
今は遮断

まるで体の良い刑務所だ
タバコもダメ
お酒もダメ
持ち込み調味料もダメ
面会もダメ
檻があるか無いかの違い

少しずつ少しずつ
アハ体験の如く
変わってしまった

海さんから見ると
淋しい世界
悲しい世界
酷い世界

「会う」という自由
いや
人と接する自由
人と繋がる自由かなぁ?
を無くした

病院から始まり
家族単位まで来るかもしれない

ここ数年
人を見たら病原菌の如く
近寄らない触らない
という人が極端に増え
今は少し和らいだ様に見えるけど
分からない状況

海さんが子供の頃
じいちゃんばあちゃん
親兄弟に孫ひ孫
大家族で暮らす
そういう家族が多かった
反面
核家族という言葉が出始め
家を出る人が出始めた

それが
今や一人暮らしの人が増えた

大家族だと
嫁姑問題とか
家を出て一人立ちとか
田舎より都会で暮らすのがいいとか
そういう
思い込みや風潮とかで
少しずつ少しずつ
こういう事も
変わってしまった

一緒に暮らせば
子供の面倒はみんなでみれる
みんなで仕事すれば
家計も潤うから
残業する必要もないし
いっぱい仕事する必要もない
誰かがご飯を作り
誰かが掃除をする
人手が足りるので
身体も心も余裕がある

生きる為の知識を
親から子へ
子から孫へ
経験を伴って
受け継がれる

干渉し合わないので
上手く関係が成り立ち
大勢で住んでいても
問題は大してなかった

嫁姑問題とか
家族間差別とか
嫁は奴隷とか
単なる恐怖の植え込みだ

飛行機事故の確率程度の
問題を
わざわざ全世帯がそうである
かのように報じたりした結果
そうかもしれない
そうだ
に変わり

結婚=嫁姑問題必須

のような風潮に変わって
舅姑と別居などなど

こうやって
マスコミ等で
逆を植え付けられて
少人数で家計が大変とか
保育所がないとか
そうやって
大変な方へ行くような
風潮の世界に変わっちゃった

わざわざ
苦しむ生活を
選んでしている

それでいいという人は
それでいいと思う

大変
辛い苦しいと
思う人は
逆をしてるからだ

海さんは
ここ数年で気が付いたので

気づけば
娘と二人暮らし
という状態…

すっかり
乗せられてしまっていた
全く気づきもせず

今は
米粒1つ
から
天候、災害
宇宙規模まで

アハ体験みたいな
出来事がたくさんある

そして
逆ばかり

権力者は
一見
あなたの為
家族の為
大事な人のため
家の為
国の為
地球の為
平和の為
素晴らしく聞こえる事を言う

それは単に
簡単に管理したいからだ

戦争したければ
国の為
家族の為
と言う

企業が儲けたい時は
あなたの為
家族の為
大事な人の為
と言う

そうして
従順に従うように
学校教育で
起立礼着席
右向け右
廊下は右側
全校集会
校長先生の話は黙って聞く

まるで軍隊の基本の動き
統率
従順に従う人間の育成

日本人は
信じやすく騙されやすい

逆を教わって
信じちゃうんだ

もうどれが逆で
どれが良いのか
簡単に判断がつかない程
たくさんの変化

今の若い人子供たちは
これが当たり前の世界だから
疑問に思うこともなく
けったいな世界を
空気の薄い世界を
これが普通と
生きている

変化を知り
昔はこうだったと言う
年配者の声は
はいはいとカキ消される

昔はこうだったと言う
言葉の裏に
昔は自由だった
という意味合いもあるだろう

不自由さを感じるから
出る言葉だ

自由を知らない若者は
何を言っているか
分からない

一緒に住んで
一緒に経験していれば
分かることも
一人一人となっては
もう
自由を知ることは難しい

こうやって
時間をかけ
少しずつ少しずつ
どんどん自由を奪われ
誰かに頼らなければ
生きていけない
そんな錯覚の世界に
どっぷり
入り込んでいる

誰かがしてくれる
親がしてくれる
市が県がしてくれる
国がしてくれる
政府がしてくれる
頭のいい人がしてくれる

誰かが何かをしてくれるのを待つ
そういう世界

自分で何かをせね
何も変わらない
のに
逆なんだ

待つ事を
当たり前に
普通の事だと
錯覚勘違いしている

それでいい人は
それでいい

けど
苦しい生きづらい
そう感じる人は
逆をしてるから

人々が
何を選択し
自由でも不自由でも
好きな世界で生きたらいい

ただ
知っているのと
知らないで生きているのとでは
違うということ

知らなければ
管理者、権力者
上に立つものの好きなレールに
乗せられて
何処へ連れていかれるやら…

知っていて乗れば
イヤになったら
降りるという選択肢が出てくる

知らなければ
イヤでも何でも辛くても
痛くても苦しくても
降りるという選択肢は出てこない

レールを引いた側は
そこへ連れていきたいから
スピードも下げず
止まることもなく
誰の声も聞かず
ただ突き進む

故に
イヤになっても
助けてくれる人など居ない
誰かがと待って待って待っても
連れていきたい列車に乗ってるから
誰も来ないんだ

自分で降りようと思って
自分で降りるしかない

海さんは
こういう事全部ではないが
気づいた

こういう
気づきもあるが故に

「これ」だけであっても
この仮想世界で
わざわざ苦しむ必要もないし
苦しみの根元からの操作
が知れる

生きづらい
この仮想世界は
意識操作されて
その集合意識により
創られた世界

海さんは
それを知ったので
スルーして生きることにした

便利だと思うものは
乗っかって

イヤだと思うものは
降りたり乗らなかったり
自由にチョイスしながら

遊びながら
眺めながら
気楽に


今の面会遮断も
一時的なものか
この先ずっとなのか
それは
この先の選択

これ以上になるのか
緩和するのか
海さん次第


という
海物語(笑)

故に面白いw