灯りの場所まで、つなわたり。 -8ページ目

灯りの場所まで、つなわたり。

カナダで学んだ精神、新島襄の志、内田樹先生の思想を混ぜ合わせて、新しい私塾を開こうと考えている僕が、日々思うこと。

土曜日に青春18きっぷを使って岡山の笠岡まで行って、真鍋島という瀬戸内の島に渡った。
夏の18きっぷは僕にとって一年の大きな楽しみのひとつで、そのうちの最低一回は瀬戸内のどこかに行くことにしている。



僕は夏の瀬戸内海がたまらなく好きだ。
夏の青空の下、大小の島々がならぶ青緑の穏やかな海を前にすると、僕は心からほっとする。これがないと、どうも夏が来たという気がしない。

昨年の夏は丸亀港から塩飽本島に渡ったのだけれど、今回の真鍋島も劣らずいい島だった。
島にも個性があって、塩飽水軍の本拠だった本島は武家っぽいシンプルな気品がある感じだったけれど、真鍋島はよりカジュアルで瀬戸内らしいあっけらかんとした風情があった。真鍋島は真鍋島で藤原家を祖とする真鍋氏の由緒があったりして、歴史的に見ても興味深い。岩坪地区にある「コーヒーカフェオータニ」のご主人がそのあたりの話を色々教えてくださった。

真鍋島は人口300人程度の小さな島で、観光名所と呼べるものは景色を置いてほかにはほとんどない。でも近年は「猫の島」として知られつつあり、島内のあちこちに猫がうろうろしている。でもどの猫も細身でちょっとワイルドな感じで、僕が愛想してもあまり相手にしてくれなかった。暑過ぎたせいもあるかも知れない。

観光客はその猫を目当てに来た若いカップルとか、外国人(なぜかフランス人が多い。僕が行った時にもいた)が多い。でも直島のようにツーリスティックではないので、島にはあくまでも住民のための時間が流れている。本島もそうだったけれど、やっぱり瀬戸内の島はこうでなくちゃな、と思う。僕は直島みたいなアートの島化してるところは正直好みではないので、本島や真鍋島はいつまでもこうであって欲しいなと思う。

撮りまくった真鍋島の風景は、旅ブログのfacebookページに上げてあるので、良かったらご覧ください。結構いい写真が撮れたので。→真鍋島その1真鍋島その2

日曜日も18きっぷを使ってどこかへ行こうかなとも思ったのだけれど、月曜からかなりタフな一週間が始まるので、それに備えてねじを巻くのにあてることにした。
洗濯をして、埃を払って、床を掃除して、机や棚を拭いて、洗面と風呂とトイレを掃除した。
このところあまり徹底してはいなかったので、これでずいぶん気持ちが良くなった。
午後はコーヒーを飲みながら、昨日笠岡で買った「カブトガニ饅頭」を食べた。どうだすごいだろう。


日が暮れて本屋に行って本を3冊買い、舞子に行って夕焼けを眺めて音楽を聴いて、晩は寿司とそうめんを食べた。このようにして、夏の平和な休日が終わった。
少し前からちょっとずつ読んでいた夏目漱石の『それから』を読了した。

実は去年くらいから僕の中で静かな「漱石ブーム」が起こっていて、『こころ』しか読んだことがなかった漱石の作品を、ぼちぼち読み進めている。
十代の頃は漱石がいかにもメジャーな文豪という感じがして避けていた(森鴎外は高校の頃ハマっていたけど)し、教科書の『こころ』を読んでみてもなんだかじめじめしていて好きになれなかった。

でも二十代後半になって改めて読んでみると、これがなかなか面白い。
十代の頃には分からなかった漱石作品の味わいみたいなものが、ちょっとずつ分かるようになってきた。僕の好きな太宰とはまた別の種類の、抑制された静謐な孤独、大きな時代の中の個人と自我…。この先もっと年を取って読み直せばまた違った感動があるんだろうな、と確信させるものが漱石作品にはある。

『それから』は、「明治知識人の悲劇を描く前期三部作『三四郎』『それから』『門』の第二作(by新潮文庫)」という位置づけになっている。
主人公の代助は三十歳で、帝大出のインテリだが実業家の親と兄の金でぶらぶら暮らす「高等遊民」だ。文化や教養を重んじて、「パンのために働くこと」を蔑み、書生を使い思索に耽って暮らしている。あるとき代助は、事業に失敗した旧友・平岡と再会する。平岡の妻である三千代はかつて代助が愛していたが女性だが、代助は恋心を飲み込み平岡に彼女を譲った過去がある。金に困る平岡と三千代を助けようと奔走するうちに、遠く追いやっていた三千代への想いが再熱し、父や兄夫妻の持ってくる縁談をことごとく代助は断る。そしてついに何もかもを捨てて三千代をとる決心をした代助は、破滅へと転がり落ちていく…。

というのがおおまかなストーリーだが、純文学というものは、あらすじやマンガで読んだって何の意味もない。書かれている細部にこそその神髄が宿っている。語られる代助の世界観や、金には不自由しない生活でも、いざ三千代を援助しようとなると自由になる金のない情けなさや、あるいは明治の帝都東京の街の描写や書生の門野や嫂とのおかしみのあるやりとりなど、それぞれに味わい深い。ラストシーンの狂気もなかなかすごみがある。

引き続き次作『門』もこれから読もうと思うけど、一回離れて三島の『潮騒』に寄り道する予定。というのも、こないだ行った鳥羽という土地がすごく気に入って、鳥羽の島を舞台にした物語が読みたくなったので。三島は正直あんまり好きな文体ではないんだけど、さてどうなるか。




いよいよ夏らしくなってきましたね。
とりあえず、近況を。


7月15日には休みをとって5、6年ぶりくらいに祇園祭の宵山に行った。
そして安保法案の強行採決やら新国立競技場問題やら台風11号の接近やらで世の中が揺れる16日、僕は29歳になった。

自分がもう29歳であるということは、なんだかちょっと妙なものだ。
なんとなく、いまだにどこかで学生気分が抜けていないようなところもあって、でも実際に現役の学生を見ると「若いなあ」と感じてしまうころもあって、いまひとつ等身大の29歳というものが分からないでいる。

29歳というのは相対的に見ればまだ若者の方に属しているけれど、もう色んな社会的責任を負って自己のエネルギーを正統に振り分けられていい年齢だ。
来たるべき30代に向けて、それなりの身の振りも考えて行かなければならない。
去年までよりも、僕は確実にそういうことを考えるようになっている。それにはもちろん、ある種の怯えや焦りのようなものも含まれている。誰だって、年を取っていくのは初めての経験なのだ。
結構のほほんと好きに生きているように見られるけれど、僕だって色々と考えているんです。ほんまに。


では20代最後の年をどう過ごしていきたいのか、と聞かれれば、去年と変わらず「へらへらと質の高い仕事をきちんとして、機嫌良く過ごしていきたいなあ」というのが正直な答えだ。
それからなんとなく感じるのは、古いものも新しいものも含めて、人間関係の変化や新しい出会いが生まれる時期に来ているんじゃないかなあ、ということ。そういう面でも、自分から動いていかなくちゃな、と思う。デタッチメントからコミットメントへ、みたいな。


明日、20日からは仕事が一年でもっとも忙しいシーズンに突入する。
しんどいなあと思うところもあるけれど、武者震いのようなちょっとした高揚感もある。
あいまに18きっぷで旅に出るのも楽しみにしつつ、日々の仕事をきちんとこなしていこう。
という感じなので、更新の頻度も落ちるかも知れないけど、まあわかりません。
今日はえらい真面目でございましたな。


そう言えば、祇園祭の写真を旅ブログのfacebookページに出してるので、良かったらご覧ください。→日曜日よりの旅人
この前の土日に鳥羽・伊勢を訪れた。

今回は家族での週末プチ旅行みたいなもので、伊勢は7、8年前に僕は行ったことがあったけれど、鳥羽はまるっきり初めてだった。

鳥羽に着いてからミキモト真珠島というところを訪れて、海女さんの実演を見た。
海女さんなんて初めて見たのだけれど、これが結構すごい。
小舟に乗って目の前に来た海女さんたちは紹介されたあと、ざぶんざぶんと海に飛び込んで深い水底に潜り、貝を採って海面に戻ってくる。

海女さんたちは海面に浮かんだあと、ひゅう、ひゅうと独特の音をたてて呼吸を整える。この物悲しい音は「いそぶえ」と呼ばれている。
実演を終えた海女さんは来たのと同じ小舟に乗って、手を振りながらどこかへ帰っていく。
海女さんたちのいそぶえの音と、手を振って去っていく姿は、その後も不思議と僕の胸をうった。
海女として生きるというのは、一体どういうものなんだろう? 僕は昔から海辺の人々の営みというものに興味がある。それは僕が淡路島の父と岡山の母の間に生まれた、生粋の瀬戸内海人間だからというのもあるかも知れない。海女さんたちと僕とは、ずっと遠いどこかで繋がっているような気がするのだ。なんとなく。



それから赤福を食べて、父が会員のリゾートホテルに泊まり、アワビやら伊勢エビやらを使った豪華な中華を食べた。


翌日はホテルを出て二見浦(ふたみがうら)に寄って、伊勢神宮の内宮に参拝した。
今まで知らなかったんだけど、二見浦はとてもいいところだ。
戦前の保養地・景勝地の静かな文化的雰囲気をよく残していて、僕の好みドストライク。特に「賓日館」という重要文化財の建物が素晴らしく良い。

伊勢神宮に関しては、とりあえず蒸し暑くて人が多くて、ふらふらになりそうだったということだけ。今回はうちの家族には珍しくベタ~な王道観光旅行になったけれど、これはこれでけっこういいものだった。手を振る海女さんの姿や二見浦の夏の光は、ずっと後になってふと思い出すかも知れないな、という気がする。
日曜日に行った京都のことを書いておこう。

6月のはじめの記事で水無月(和菓子)のことを書いたけれど、今回ようやく食べることができた。早いもんで、もう文月になってしまったけど。

阪急で河原町に出て、市バス5系統で銀閣寺道まで行って左京区在住の友人と落ち合い、哲学の道へ。
観光客でごった返す銀閣寺のあたりを避け疎水沿いに行くと、人もまばらでいい感じの長閑な空気が流れている。


疎水沿いにある「仙太郎」にて、友人が参加した沖縄のデモの話(!)を聞いたりしつつ、ちょっと遅めの水無月を食べた。


それから以前白川通にあったサブカル系(?)本屋のガケ書房(僕は3回生の頃割と近くに住んでいたので、時々行った)が移転してリニューアルした「ホホホ座」というへんな名前の本屋に連れていってもらう。なんというか、いかにも左京区らしい脱力文化系というか、近くに住んでたら通ってしまいそうないい感じのお店。一乗寺の恵文社よりはいくぶん尖ったセレクト。

東京の文京区とか中央線沿線とか、京都の左京区とかのこういう知的文化をベースにしたオシャレさって、大阪にも神戸にも横浜にも名古屋にもない気がする。歴史のある名門大学が複数集まっているというのも理由としてあるだろうなあ。60年代に学生が闘争してたような大学。特に京大なんかは、今もその頃の雰囲気を残しているようなところがあって、ちょっと羨ましい。

ホホホ座の2階は古本屋になっていて、「現代思想入門ーサルトルからデリダ、ドゥルーズまで」を350円でゲット。このあたりの思想ってどうも難しいので、これでちょっとでも理解できたらいいなあ、と。1988年のなので、今日性はないけど。

そう言えば途中で、近くに来たので昔住んでいたアパートに行ってみた。
洗濯機を回すと、震度2くらいの揺れが部屋全体を震わせていた、あの安アパート…。
結局1年で脱出したけど、あれはひどい家だったなあ。
久しぶりに見ても、特別心が温まるというものではなかった。ぜんぜん。


それから、京都で学生してた者にとって京都の中心である(?)出町のデルタにも行った。


晩は百万遍の「おむら家」で京都らしくおばんざいをいろいろ。
やっぱり京都はよろしゅおまんなあ…。



とりあえずまあ、今回の京都はそんな感じでした。