すごく腹が立っている。
安保法案の内容と、それ以上に彼らのやり方について。
あんなわけのわからないドタバタで、今後の日本の方向性を決めるような重要な法案を通したことに対して、僕は激しい不信感を抱いている。それには軽蔑と憎悪も多分に含まれている。
良識ある多くの日本国民は、ここで諦めるべきではない。
日本人は往々にして「まあ心の中ではよく思ってないけど、一旦決まったことなんだから、つべこべ言わずに従おう」と従順になりがちだ。太平洋戦争に突き進んでいった時の例を出すまでもなく、今も会社組織や教育の場でこういう奇妙な思考回路は日常的に現れる。
法案が通ったあと、僕らにできることは、「まあしゃあない」と諦めることではなく、反対の声を上げ続けることだ。なにもみんながデモをする必要はない。それぞれの日常でその責任を引き受ければいい。もっと具体的に言えば、この法案に賛成した議員たちを次の選挙で落とすことだ。彼らが国民を馬鹿にしたことに対するツケは、彼ら自身が引き受けることになるだろう。少なくとも、声を上げた学者たち、各地で大規模なデモを行ったあれだけの人々が、選挙という正統な手段を使って彼らに復讐するはずだ。
そういう意味では、状況はそれほど絶望すべきものではないのかも知れない。
皮肉にも、安倍政権のおかげで僕らは民主主義について初めて真剣に考える機会と、声を上げるという勇気を得たのだから。若い世代があれだけ大きな運動を作り上げていることを、僕は頼もしく思う。そして彼ら若者の姿を見た子どもたちも、きっと何かを考え始めるだろう。それがひとつの希望だ。
話はちょっと変わるけれど、勝海舟に「理想とする教育を成就するに何年必要か」と聞かれた新島襄は「200年」と答えたと言われる。新島襄はアメリカに渡り自由と民主主義の神髄を骨身にしみ込ませて帰国し、それまでの封建日本を打破するためには制度や科学の西洋化だけでなく、自由と民主主義を担うことのできる良心と知性を持った人物の養成が必要だと考えていた。国家のいいなりではない、自立した人民だ。でも富国強兵の明治日本では福沢の物質的近代化が主流となり、キリスト教主義に立つ新島精神は大きな影響力を持つことはできなかった。
明治の大転換から約150年、新島の考えた200年まではまだ少しある。
でも声を上げる人々を見て、ひょっとするとこれは日本に民主主義というものがしっかりと根を下ろし、自立した人民が生まれようとしている萌芽なのではないかと思った。僕らはその歴史的瞬間に立ち会っているのかも知れない。
安倍政権の頭の中は戦前のままだが、声を上げる人民の心は未来を見据えている。
二週間くらい空いちゃった。
9月の初めに5日間休みを取って長崎方面を旅したので、そのことも書かなきゃなと思ってたんだけど、何やかやでここまで来てしまった。まあいいか。
長崎というのは歴史も文化も日本の中ではかなり特殊な成り立ちをしていて、旅してもすごく興味深い土地だ。食べ物もおいしいし、おまけにというか、人柄がとてもいい。
異国や異教が身近にあったせいなのか、オープンマインドで人懐っこい人が多い気がする。旅の中でも、ちょっとした親切に何度も遭遇した。そのうち五島列島の方にも行ってみたいと思う。
夏が遠く過ぎ去って、僕の心もすっかり秋モードに変わっている。
ウディ・アレンの映画を見て、J.D.サリンジャーの本を読んで(なぜかどっちもユダヤ系だ)、ジャズを聴く、というのがたまらなく気持ちいい。そしてこういうのを愉しんでいるときまってニューヨークに行きたくなる。セントラルパークの池を眺めジョージ・ガーシュウィンの曲を聴 きながら、アッパーウェストサイドのゼイバーズで買ったスモークサーモンのサンドウィッチを食べる、なんて最高だ(そう言えばガーシュウィンもゼイバーズもユダヤ系だ。僕はユダヤ系の作るものが割にぐっと来る方なのかも知れない)。また行きたいなあ、ニューヨーク。前回はハリケーンのせいでヴィレッジにも行けなかったし。毎年秋になると、こんな風に北米恋しい病が発症してしまう。困ったもんだ。
それにしても、今日の国会はどうなるんだろう?
考えるとちょっと気が滅入ってくる。
9月の初めに5日間休みを取って長崎方面を旅したので、そのことも書かなきゃなと思ってたんだけど、何やかやでここまで来てしまった。まあいいか。
長崎というのは歴史も文化も日本の中ではかなり特殊な成り立ちをしていて、旅してもすごく興味深い土地だ。食べ物もおいしいし、おまけにというか、人柄がとてもいい。
異国や異教が身近にあったせいなのか、オープンマインドで人懐っこい人が多い気がする。旅の中でも、ちょっとした親切に何度も遭遇した。そのうち五島列島の方にも行ってみたいと思う。
夏が遠く過ぎ去って、僕の心もすっかり秋モードに変わっている。
ウディ・アレンの映画を見て、J.D.サリンジャーの本を読んで(なぜかどっちもユダヤ系だ)、ジャズを聴く、というのがたまらなく気持ちいい。そしてこういうのを愉しんでいるときまってニューヨークに行きたくなる。セントラルパークの池を眺めジョージ・ガーシュウィンの曲を聴 きながら、アッパーウェストサイドのゼイバーズで買ったスモークサーモンのサンドウィッチを食べる、なんて最高だ(そう言えばガーシュウィンもゼイバーズもユダヤ系だ。僕はユダヤ系の作るものが割にぐっと来る方なのかも知れない)。また行きたいなあ、ニューヨーク。前回はハリケーンのせいでヴィレッジにも行けなかったし。毎年秋になると、こんな風に北米恋しい病が発症してしまう。困ったもんだ。
それにしても、今日の国会はどうなるんだろう?
考えるとちょっと気が滅入ってくる。
安保法案をめぐって、各地で大規模なデモが起こっている。
正直言って、僕が生きている、それも若いうちに、またこのような「政治の季節」が日本に訪れるとは思ってもみなかった。
90年代に幼少期、00年代に思春期を過ごした僕にとって、世の中は流行り廃りの中身が入れ替わるだけで(音楽とか通信機器の種類や何か)、枠組みとしては同じような感じで続いていくんだろうな、となんとなく思っていた。総理は大した実績もなく次々に変わって、まあそれでも混乱しない日本って平和だよね、と。
でも、いつの間にか時代は大きくうねり始めていた。
国会の前で叫ぶ若い群衆の映像を見て、僕は目眩にも似た静かな衝撃を受けた。これはあのひりひりした60年代の再来なのだろうか。
この2、3ヶ月、僕はなんとなく「居心地の悪い感じ」で一連のニュースを傍観し、この騒動に関してはとりあえず沈黙していた。ブログにも、このことを書かないままにしていた。
立場としては明白に、僕は件の安保法案には強く反対する。
これまでもちょくちょく書いている通り、安倍政権の目指す日本の形に強い危機感を持っているし、不戦の気持ちについてはこないだ8月15日の記事で書いた通りなのでここでは繰り返さない。だからこの法案に反対する一連のデモや抗議に対しては、基本的に支持している。
ただ、「なんとなく居心地の悪い感じ」は日増しに僕の中で強くなっている。
というのも、この法案に「賛成か反対か」というのがある種の踏み絵のようになって、日本国民をどんどん分断していっているように感じるからだ。
彼らの行動が高まりを見せるに連れて、彼らに反対する人々も過激な罵りを浴びせるようになっている。こうした傾向は原発事故のあとに見え始めたことだけれど、ここに来てその対立が分水嶺を超えてしまったように感じる。日本の中で、憎悪や侮蔑が連鎖して、なんとなく息苦しい。あの大震災のあと盛んに「絆」というスローガンでまとまろうとしていた日本は、たった4年で予想もしなかった場所に立っている。
個人的な話だけれど、こないだ親友と会った時にも安保法案のデモの話が出て、彼は「ああいうのも、なんかイヤなんだよな。騒ぎたいだけのがいっぱいいるだろうし、煽動してる奴がいるんだろうなあ」なんて話していて、そのことで僕は内心結構不愉快になってしまった。
彼のように社会問題にあまりコミットしていない立場で「好きか嫌いか」の印象を語るというレベルで、日本中で小さな対立や憎しみが生まれていっているような気がする(僕自身、不勉強だった10代の頃は右寄りの思想で、左翼系のデモみたいなものを毛嫌いしていたから、彼らを否定する人たちの気持ちも実はすごおくよく分かる)。でも、そういう感情的な部分を乗り越えた上で、僕らはきちんと考えていかなくては、結局バラエティーショー的な不毛な叩き合いになってしまう。
北米のように民主主義や議論することがしっかり染み付いた社会ならいいけれど、「空気」や「気分」が物事を決定する日本では、こういう対立は思っている以上に人間関係にクリティカルなものになってしまう。僕はそのことがとても怖い。社会をより良い方向へ持って行く努力よりも、対立する考えの人間を憎悪することを優先してはならない。
どうも、日本社会がヒステリックになっている。
オリンピックの競技場やロゴ問題でも、みんなずいぶん攻撃的で、余裕がない。
一回、みんな頭冷やしてゆっくり考え直そうぜ、と言えるまっとうな大人がもっといればいいんだけど、そんな時間の余裕もない。
ううむ、ひどい世の中になってきた。
正直言って、僕が生きている、それも若いうちに、またこのような「政治の季節」が日本に訪れるとは思ってもみなかった。
90年代に幼少期、00年代に思春期を過ごした僕にとって、世の中は流行り廃りの中身が入れ替わるだけで(音楽とか通信機器の種類や何か)、枠組みとしては同じような感じで続いていくんだろうな、となんとなく思っていた。総理は大した実績もなく次々に変わって、まあそれでも混乱しない日本って平和だよね、と。
でも、いつの間にか時代は大きくうねり始めていた。
国会の前で叫ぶ若い群衆の映像を見て、僕は目眩にも似た静かな衝撃を受けた。これはあのひりひりした60年代の再来なのだろうか。
この2、3ヶ月、僕はなんとなく「居心地の悪い感じ」で一連のニュースを傍観し、この騒動に関してはとりあえず沈黙していた。ブログにも、このことを書かないままにしていた。
立場としては明白に、僕は件の安保法案には強く反対する。
これまでもちょくちょく書いている通り、安倍政権の目指す日本の形に強い危機感を持っているし、不戦の気持ちについてはこないだ8月15日の記事で書いた通りなのでここでは繰り返さない。だからこの法案に反対する一連のデモや抗議に対しては、基本的に支持している。
ただ、「なんとなく居心地の悪い感じ」は日増しに僕の中で強くなっている。
というのも、この法案に「賛成か反対か」というのがある種の踏み絵のようになって、日本国民をどんどん分断していっているように感じるからだ。
彼らの行動が高まりを見せるに連れて、彼らに反対する人々も過激な罵りを浴びせるようになっている。こうした傾向は原発事故のあとに見え始めたことだけれど、ここに来てその対立が分水嶺を超えてしまったように感じる。日本の中で、憎悪や侮蔑が連鎖して、なんとなく息苦しい。あの大震災のあと盛んに「絆」というスローガンでまとまろうとしていた日本は、たった4年で予想もしなかった場所に立っている。
個人的な話だけれど、こないだ親友と会った時にも安保法案のデモの話が出て、彼は「ああいうのも、なんかイヤなんだよな。騒ぎたいだけのがいっぱいいるだろうし、煽動してる奴がいるんだろうなあ」なんて話していて、そのことで僕は内心結構不愉快になってしまった。
彼のように社会問題にあまりコミットしていない立場で「好きか嫌いか」の印象を語るというレベルで、日本中で小さな対立や憎しみが生まれていっているような気がする(僕自身、不勉強だった10代の頃は右寄りの思想で、左翼系のデモみたいなものを毛嫌いしていたから、彼らを否定する人たちの気持ちも実はすごおくよく分かる)。でも、そういう感情的な部分を乗り越えた上で、僕らはきちんと考えていかなくては、結局バラエティーショー的な不毛な叩き合いになってしまう。
北米のように民主主義や議論することがしっかり染み付いた社会ならいいけれど、「空気」や「気分」が物事を決定する日本では、こういう対立は思っている以上に人間関係にクリティカルなものになってしまう。僕はそのことがとても怖い。社会をより良い方向へ持って行く努力よりも、対立する考えの人間を憎悪することを優先してはならない。
どうも、日本社会がヒステリックになっている。
オリンピックの競技場やロゴ問題でも、みんなずいぶん攻撃的で、余裕がない。
一回、みんな頭冷やしてゆっくり考え直そうぜ、と言えるまっとうな大人がもっといればいいんだけど、そんな時間の余裕もない。
ううむ、ひどい世の中になってきた。
9月になった。
一年で一番忙しい一ヶ月半が終わって、ひとまずやれやれという感じだ。
今までを振り返ってみても、今年の夏はひときわタフな夏だった。基本的に僕は仕事を「イヤだなあ」と思うことはないんだけど、この夏はさすがに時々うんざりした気分になることもあった。
最後の最後で疲れが出たのか鼻と喉に風邪らしき症状が出たけど、ともかく乗り切ることができた。
それでもまあ、合間あいまに印象深い旅に出ることもできたし、結構いい夏だったんじゃないかと思う。鳥羽・伊勢、祇園祭、瀬戸内の真鍋島、岐阜・長良川、南紀・熊野、有馬温泉、阿波踊り、福井・一乗谷…と十分すぎるほど楽しんだ。こう列挙してみると遊んでばっかりみたいだけど。
いや、生活というものにはメリハリが大事です。
そんなわけで、夏はもう古い記憶のように褪せ、サラ・ヴォーンが歌う名曲よろしく9月の雨が降っている。夏がとにかく好きだと何度も書いているけれど、秋が来るのだと思うとそれ はそれで心が踊ってしまう。
夏が僕にとって旅とノスタルジーのはかない季節であるなら、秋は都市生活を楽しむくつろいだ季節だ。端的に言えば、読書とコーヒーと、素敵な音楽とおいしい食べ物。どういうわけか秋になると、ニールヤングやらノラジョーンズやら古いジャズやらウディアレンやらサリンジャーやらが恋しくなる。そしてカナダとアメリカのことを懐かしく思い出す。
カナダの秋は本当に素晴らしかったなあ…。そのことについてはまたの機会に書こう。
一年で一番忙しい一ヶ月半が終わって、ひとまずやれやれという感じだ。
今までを振り返ってみても、今年の夏はひときわタフな夏だった。基本的に僕は仕事を「イヤだなあ」と思うことはないんだけど、この夏はさすがに時々うんざりした気分になることもあった。
最後の最後で疲れが出たのか鼻と喉に風邪らしき症状が出たけど、ともかく乗り切ることができた。
それでもまあ、合間あいまに印象深い旅に出ることもできたし、結構いい夏だったんじゃないかと思う。鳥羽・伊勢、祇園祭、瀬戸内の真鍋島、岐阜・長良川、南紀・熊野、有馬温泉、阿波踊り、福井・一乗谷…と十分すぎるほど楽しんだ。こう列挙してみると遊んでばっかりみたいだけど。
いや、生活というものにはメリハリが大事です。
そんなわけで、夏はもう古い記憶のように褪せ、サラ・ヴォーンが歌う名曲よろしく9月の雨が降っている。夏がとにかく好きだと何度も書いているけれど、秋が来るのだと思うとそれ はそれで心が踊ってしまう。
夏が僕にとって旅とノスタルジーのはかない季節であるなら、秋は都市生活を楽しむくつろいだ季節だ。端的に言えば、読書とコーヒーと、素敵な音楽とおいしい食べ物。どういうわけか秋になると、ニールヤングやらノラジョーンズやら古いジャズやらウディアレンやらサリンジャーやらが恋しくなる。そしてカナダとアメリカのことを懐かしく思い出す。
カナダの秋は本当に素晴らしかったなあ…。そのことについてはまたの機会に書こう。
今年はなんだかあっけなく夏が終わった気がする。
今朝だって、シャンシャンと鳴いていたセミの声もなく、妙に静かで爽やかな風が吹いている。
夏を基準に一年を考える僕としては寂しい気もするけれど、そのぶん夏らしかった時の記憶が濃厚になると思えば、だらだらと夏っぽさが続くよりはいいかも知れない。まあ、暑さはまだそれなりに続くんだろうけど。
昨日は、親友の息子(生後3ヶ月)を見に大阪に行ってきた。
親友のシュンちゃんとは、大学一回生の円山公園の新歓の花見から、気がつけば10年の付き合いになる。彼は僕の友達の中でもっとも親しく、そしてもっとも「まっとう」な人間だ。
へらへらしょうもないことを言うのは僕と一緒だけれど、きちんと大手の会社に就職し、学生時代からの彼女と結婚し、そして28歳で一児の父となり、ランニングまでするようになった。学生時代は恋愛関係以外では僕の方がずっとまっとうだった(たぶん)のに、彼の方が今ではすっかり日本の正しい28歳になっている。昔話で役をもらうなら、彼が「正直じいさん」で僕が「嘘つきじいさん」になるだろう。
彼はそういう意味では僕にとってある種の基準になっていて、僕と彼との距離がそのまま僕と日本一般社会との距離になっている気がする。マラソンのペースメイカーみたいな感じで、あんまり感覚的に離れないようにすることで、僕はバランスを保っているのかも知れない。
親友の息子ということでもっと不思議な気持ちがするかなと思っていたら、案外そうでもなかった。
それよりも奥さんがちゃんと「お母さん」になっていることに感心した。でもお父さんの方は相変わらず僕の知っているへらへらしてまっとうなシュンちゃんのままだった。
それとは別に、赤ちゃんという存在はそれ自体で不思議なものだ。その子が存在していることと、その子が持つ未来と、その子を囲んでいる僕ら大人たちについて。その子がこの世に生まれたことで、この世界のバランスが微妙に変化し、それはすでに僕たちに小さくはない影響を及ぼしている。そして彼は遠からぬ未来に自我を持ち、自分の言葉で語り始めるだろう。
その時、僕らの世代はある意味で終わるのだろう、という気がする。でもそれはきっと喜ぶべきことだ。
彼の未来が幸せなものであって欲しいなと思う。
今朝だって、シャンシャンと鳴いていたセミの声もなく、妙に静かで爽やかな風が吹いている。
夏を基準に一年を考える僕としては寂しい気もするけれど、そのぶん夏らしかった時の記憶が濃厚になると思えば、だらだらと夏っぽさが続くよりはいいかも知れない。まあ、暑さはまだそれなりに続くんだろうけど。
昨日は、親友の息子(生後3ヶ月)を見に大阪に行ってきた。
親友のシュンちゃんとは、大学一回生の円山公園の新歓の花見から、気がつけば10年の付き合いになる。彼は僕の友達の中でもっとも親しく、そしてもっとも「まっとう」な人間だ。
へらへらしょうもないことを言うのは僕と一緒だけれど、きちんと大手の会社に就職し、学生時代からの彼女と結婚し、そして28歳で一児の父となり、ランニングまでするようになった。学生時代は恋愛関係以外では僕の方がずっとまっとうだった(たぶん)のに、彼の方が今ではすっかり日本の正しい28歳になっている。昔話で役をもらうなら、彼が「正直じいさん」で僕が「嘘つきじいさん」になるだろう。
彼はそういう意味では僕にとってある種の基準になっていて、僕と彼との距離がそのまま僕と日本一般社会との距離になっている気がする。マラソンのペースメイカーみたいな感じで、あんまり感覚的に離れないようにすることで、僕はバランスを保っているのかも知れない。
親友の息子ということでもっと不思議な気持ちがするかなと思っていたら、案外そうでもなかった。
それよりも奥さんがちゃんと「お母さん」になっていることに感心した。でもお父さんの方は相変わらず僕の知っているへらへらしてまっとうなシュンちゃんのままだった。
それとは別に、赤ちゃんという存在はそれ自体で不思議なものだ。その子が存在していることと、その子が持つ未来と、その子を囲んでいる僕ら大人たちについて。その子がこの世に生まれたことで、この世界のバランスが微妙に変化し、それはすでに僕たちに小さくはない影響を及ぼしている。そして彼は遠からぬ未来に自我を持ち、自分の言葉で語り始めるだろう。
その時、僕らの世代はある意味で終わるのだろう、という気がする。でもそれはきっと喜ぶべきことだ。
彼の未来が幸せなものであって欲しいなと思う。
