この前の日曜日、兵庫県西部の揖保川に出かけた。
そう、あの「揖保乃糸」で有名な揖保川。
といっても別に素麺を買いに行ったのではなく、父親が鮎釣りをするので一緒に行っただけ。
往路は脱・ペーパードライバーを目論む僕が運転し、川に着いてからは僕は釣りはしない(ちまちまと道具を作るのが骨だし、飽きっぽいから)ので、岩に座ってせせらぎを楽しんだりカジカガエルを探したり写真を撮り歩いたりして過ごした。
川の記憶は僕の少年時代と強く結びついている。
川に来るようになったのは僕が小学校4年くらいの時からで、毎年夏のシーズン中には何度か清流で遊ぶのが恒例になっていた。僕は小学校でも有名な虫・生き物クレイジーだったので、こういう自然の中でカエルや魚を捕ったりするのが楽しくてたまらなかった。
遊び疲れた帰りの車の窓から、山にこだまするヒグラシの声を聞くのも好きだった。
岡山から淡路に引っ越して、中学高校と進むうちに段々と川は疎遠になってしまい、以後あまり訪れることもなくなった。それ以降も何度かは訪れてはいるけれど、「少年の心」みたいなのを持って川を訪れたのは2002年、高校一年生の夏が最後だったような気がする。その夏は僕にとってはなんだか特別な夏で、…いや、まあそのへんのことはまた機会があれば書こう、長くなりそうだから。
とにかく、親戚や知り合いがいるわけでもなく夏に何度か訪れるだけのこの川の風景に、僕は特別な愛着を持っているということ。
でもえらいもんで、大人になってシティーボーイを気取る(?)今でも、こういうところに来ると茂みや石の間に目ざとくカメやカエルを見つけ出し、モハメド・アリのごたる素早さで捕獲しちゃうのである。少年時代に培ったものって、なかなか消えないものらしい。
何の役にも立たんけど。
日本固有種のイシガメ。かわうぃ~
ローソンの添加物ジャンク弁当でも、自然の中で食べるとうまい。
望遠で必死こいて撮ったカジカガエル。
というわけで、こいつは一体何しとんねんと思われそうだけど(思われるだろうな)、また本格的な夏が来たら今シーズン中に再訪したいなあ、と思う。やっぱりセミの声も欲しい。
ちなみに、父親のこの日の釣果はゼロだった。
六月になって、そして梅雨入り。
六月になったということは、あと一ヶ月で2015年も半分終わりということだ。
毎年言ってしまうけど、早いなあ…。ついこの間正月だった気がするのに。
そう言えば、学生の頃アルバイトしていた梅田の進学塾の休憩時間でのこと。
かわいがってくれていた先輩講師がビルの屋上で缶コーヒーを飲みながら「年を取るごとに、加速度的に早くなりますよ」と、遠い目をして話していたのを思い出す。
僕は生温い夜風に吹かれながら「そういうもんですかねえ」なんて、間の抜けた声で適当に相づち打ってHEPの赤い観覧車を眺めていたのだけれど、あれから8年経った今、その言葉が実感としてよくわかる。
一日の単位ではそれほど感じないのに、一ヶ月が、一年が早い。
この前高校生の生徒が「あーほんま、一年早いわあ」なんて言っていたので、僕も自然に「年取るごとに、加速度的に早くなるで~」なんて答えてしまっ て、心で苦笑いしてしまう。
こういうのはたぶん、持ち回りみたいなもんですね。
六月と言えば、水無月。
水無月と聞けば、京都の和菓子「水無月」を連想する。
京都にいた頃は何度か食べる機会があったけど、ずいぶん長いこと食べていない。
僕は昔からういろうとかくず餅とかわらび餅とか、ああいう半透明でむっちりした食感のお菓子が好きだ。
七月になる前にまた京都に上って、水無月を食べようかなあ、なんて思っている。
六月になったということは、あと一ヶ月で2015年も半分終わりということだ。
毎年言ってしまうけど、早いなあ…。ついこの間正月だった気がするのに。
そう言えば、学生の頃アルバイトしていた梅田の進学塾の休憩時間でのこと。
かわいがってくれていた先輩講師がビルの屋上で缶コーヒーを飲みながら「年を取るごとに、加速度的に早くなりますよ」と、遠い目をして話していたのを思い出す。
僕は生温い夜風に吹かれながら「そういうもんですかねえ」なんて、間の抜けた声で適当に相づち打ってHEPの赤い観覧車を眺めていたのだけれど、あれから8年経った今、その言葉が実感としてよくわかる。
一日の単位ではそれほど感じないのに、一ヶ月が、一年が早い。
この前高校生の生徒が「あーほんま、一年早いわあ」なんて言っていたので、僕も自然に「年取るごとに、加速度的に早くなるで~」なんて答えてしまっ て、心で苦笑いしてしまう。
こういうのはたぶん、持ち回りみたいなもんですね。
六月と言えば、水無月。
水無月と聞けば、京都の和菓子「水無月」を連想する。
京都にいた頃は何度か食べる機会があったけど、ずいぶん長いこと食べていない。
僕は昔からういろうとかくず餅とかわらび餅とか、ああいう半透明でむっちりした食感のお菓子が好きだ。
七月になる前にまた京都に上って、水無月を食べようかなあ、なんて思っている。
今日はちょっと明石へ。
明石の街は今、再開発の真っ最中で、駅周りはどこもかしこも工事の壁で覆われている。
この前来た時に解体が始まっていた駅前の区画だけでなく、ステーションプラザも工事のため閉鎖されていて、たまに行った都きしめんも助六御前(僕が行くとご飯を大盛りにしてくれた)も、スターバックスコーヒーさえもなくなっていた。
駅と駅前の店という店がなくなっちゃっていて、ちょっと唖然としてしまう。
本町の方へ行ったら行ったで、子どもの頃に親なんかと前を通るとなんだか気まずかった「本町日活」のポルノ映画館もなくなっていた。
住んだことさえないけれど、僕にとって明石は色々と思い出深い街でもあるので、これほど急激に変わってしまうとちょっと寂しい。
駅から魚の棚方面へ抜ける横丁やジュンク堂があった区画には、超高層マンションと複合モールが立つらしい。またここもか…。明石に限らず、日本の多くの街が漂白されたような、似たり寄ったりののっぺりとした街に変わっていく。そのことが僕は寂しくてならない。
それらは確かに便利で清潔で快適ではあるけれど、その場所にある必然性はまったくない。街はどんどんきれいに、そして交換可能で匿名的なものになっていく。僕らはどこの街に行っても奇妙な既視感に苛まれ、自分がどこにいるのか段々分からなくなってくる。そういうデジタルな風景は、僕らの精神を少しずつ、そして確実に摩耗させていくだろう。
街には古くさいところ、薄汚いところ、いかがわしいところもあって欲しいなあ、と思うんだけど、そういうのはきっとトレンディじゃないんだろうね。トレンディっていう表現と同じく。
夕暮れの明石港。
明石の街は今、再開発の真っ最中で、駅周りはどこもかしこも工事の壁で覆われている。
この前来た時に解体が始まっていた駅前の区画だけでなく、ステーションプラザも工事のため閉鎖されていて、たまに行った都きしめんも助六御前(僕が行くとご飯を大盛りにしてくれた)も、スターバックスコーヒーさえもなくなっていた。
駅と駅前の店という店がなくなっちゃっていて、ちょっと唖然としてしまう。
本町の方へ行ったら行ったで、子どもの頃に親なんかと前を通るとなんだか気まずかった「本町日活」のポルノ映画館もなくなっていた。
住んだことさえないけれど、僕にとって明石は色々と思い出深い街でもあるので、これほど急激に変わってしまうとちょっと寂しい。
駅から魚の棚方面へ抜ける横丁やジュンク堂があった区画には、超高層マンションと複合モールが立つらしい。またここもか…。明石に限らず、日本の多くの街が漂白されたような、似たり寄ったりののっぺりとした街に変わっていく。そのことが僕は寂しくてならない。
それらは確かに便利で清潔で快適ではあるけれど、その場所にある必然性はまったくない。街はどんどんきれいに、そして交換可能で匿名的なものになっていく。僕らはどこの街に行っても奇妙な既視感に苛まれ、自分がどこにいるのか段々分からなくなってくる。そういうデジタルな風景は、僕らの精神を少しずつ、そして確実に摩耗させていくだろう。
街には古くさいところ、薄汚いところ、いかがわしいところもあって欲しいなあ、と思うんだけど、そういうのはきっとトレンディじゃないんだろうね。トレンディっていう表現と同じく。
夕暮れの明石港。
じわじわと暑くなってきた。
夏が少しずつ近づいている。
7月生まれだからか知らないけれど、僕は夏という季節に特別な愛着がある。
ぼんやりした青空とか、白飛びしそうな強い日差しとか、夕方の公園のアブラセミの声とか、街中の喧噪と自動ドアが開く度に漏れるクーラーの風とか、そうめんとかアイスキャンディーとか、夕立のにおいとか、深く親密な夜の闇とか、その他挙げればきりがない夏のもろもろが、たまらなく好きだ。
夏のもろもろそのまま、自分の少年時代とか、どこかで会ったのに覚えていない懐かしい人の姿とか、見たことのないはずの戦前の日本とか、そういう今ここにはない風景と僕とを不思議に繋いでいる。うまくは言えないけれど、夏という季節にはいつも甘美な死の気配がつきまとう。
夏の夕暮れに彷徨う街は、なぜかいつもと違って見える。
…という風に観念としての夏は好きでたまらないんだけど、現実的な面で言えば、結構しんどい季節でもある。寝苦しい夜とか、かさむエアコン代とか、日陰のない長い通勤路とか。
僕は昼の一番暑い時間帯に、駅から仕事場まで15分か20分炎天下を歩かなければならないのだけど、夏になるとこれが一番こたえる。日傘でも差せればいいんだけど、日傘を差して歩く僕自身の姿を想像するとなんだか気持ちが悪いので、これはやらない。というか、そもそも日傘なんて持っていない。
まあ、去年もそうしたように、あまりに暑い日はバスも使う、というのが現実的な対処法になりそうだ。夏休みシーズンは一年で一番忙しい時期にもなるし、そんなもろもろを考えると、(好きな季節であるとは言え)今からちょっと憂鬱だったりするのです。
今朝の朝焼け。
夏が少しずつ近づいている。
7月生まれだからか知らないけれど、僕は夏という季節に特別な愛着がある。
ぼんやりした青空とか、白飛びしそうな強い日差しとか、夕方の公園のアブラセミの声とか、街中の喧噪と自動ドアが開く度に漏れるクーラーの風とか、そうめんとかアイスキャンディーとか、夕立のにおいとか、深く親密な夜の闇とか、その他挙げればきりがない夏のもろもろが、たまらなく好きだ。
夏のもろもろそのまま、自分の少年時代とか、どこかで会ったのに覚えていない懐かしい人の姿とか、見たことのないはずの戦前の日本とか、そういう今ここにはない風景と僕とを不思議に繋いでいる。うまくは言えないけれど、夏という季節にはいつも甘美な死の気配がつきまとう。
夏の夕暮れに彷徨う街は、なぜかいつもと違って見える。
…という風に観念としての夏は好きでたまらないんだけど、現実的な面で言えば、結構しんどい季節でもある。寝苦しい夜とか、かさむエアコン代とか、日陰のない長い通勤路とか。
僕は昼の一番暑い時間帯に、駅から仕事場まで15分か20分炎天下を歩かなければならないのだけど、夏になるとこれが一番こたえる。日傘でも差せればいいんだけど、日傘を差して歩く僕自身の姿を想像するとなんだか気持ちが悪いので、これはやらない。というか、そもそも日傘なんて持っていない。
まあ、去年もそうしたように、あまりに暑い日はバスも使う、というのが現実的な対処法になりそうだ。夏休みシーズンは一年で一番忙しい時期にもなるし、そんなもろもろを考えると、(好きな季節であるとは言え)今からちょっと憂鬱だったりするのです。
今朝の朝焼け。
日曜は何の予定もない休日だったので、大阪に出てうなぎを食べた。
お店は天神橋筋の「魚伊」という老舗。
江戸風のふんわり蒸されたのではなく、こちらは上方風にパリッと焼き上げられたもの。
どちらもそれぞれに好きだけど、大阪ではやっぱりこれを食べたい。
ついでに、大阪伝統の「始末」料理である半助豆腐もいただいた。
たまにこうして「うなぎでも食べるぞ」と思って食べに行く街のうなぎって、幸福の味だなあ。
うなぎに対する僕の思いは以前旅のブログで触れた記事で読んでいただくとして、これくらいにしておこう。
せっかく天神橋筋まで来たので、以前から行きたかった「大阪くらしの今昔館」を訪れた。
思った以上に楽しかったので、ちょっとご紹介。
こちらは大阪の住まいをテーマにした博物館で、天保年間のナニワの街並みを原寸大で再現した体験型展示とパノラマのミニチュア展示で構成されている。街並みの音声案内は今は亡き桂米朝さん、模型劇場のナレーションは八千草薫さんと、超豪華!
再現街並みは一定時間で日が暮れて花火が上がったり月が出たりと粋な演出も。
ライトダウンされた夕暮れの街並みに天神祭のお囃子が聞こえてきたりして、なんだか懐かしい気持ちになれる。
浴衣を着られるサービスもあり、外国からのお客さん(入館者の7割くらいはアジア各国の人々だった)も大喜びで楽しんでいた。
その下のフロアのミニチュア展示も、時間を忘れて見てしまう楽しさ。
模型それぞれにも色んなドラマが…。
とまあ、こんな感じでなかなか見応えがあるので、大阪近郊にお住まいの方は一度行ってみてはどうでしょう。
外国からのお客さんを連れて行くと喜ばれるんじゃないかな。
ウェブサイトはこちら。
お店は天神橋筋の「魚伊」という老舗。
江戸風のふんわり蒸されたのではなく、こちらは上方風にパリッと焼き上げられたもの。
どちらもそれぞれに好きだけど、大阪ではやっぱりこれを食べたい。
ついでに、大阪伝統の「始末」料理である半助豆腐もいただいた。
たまにこうして「うなぎでも食べるぞ」と思って食べに行く街のうなぎって、幸福の味だなあ。
うなぎに対する僕の思いは以前旅のブログで触れた記事で読んでいただくとして、これくらいにしておこう。
せっかく天神橋筋まで来たので、以前から行きたかった「大阪くらしの今昔館」を訪れた。
思った以上に楽しかったので、ちょっとご紹介。
こちらは大阪の住まいをテーマにした博物館で、天保年間のナニワの街並みを原寸大で再現した体験型展示とパノラマのミニチュア展示で構成されている。街並みの音声案内は今は亡き桂米朝さん、模型劇場のナレーションは八千草薫さんと、超豪華!
再現街並みは一定時間で日が暮れて花火が上がったり月が出たりと粋な演出も。
ライトダウンされた夕暮れの街並みに天神祭のお囃子が聞こえてきたりして、なんだか懐かしい気持ちになれる。
浴衣を着られるサービスもあり、外国からのお客さん(入館者の7割くらいはアジア各国の人々だった)も大喜びで楽しんでいた。
その下のフロアのミニチュア展示も、時間を忘れて見てしまう楽しさ。
模型それぞれにも色んなドラマが…。
とまあ、こんな感じでなかなか見応えがあるので、大阪近郊にお住まいの方は一度行ってみてはどうでしょう。
外国からのお客さんを連れて行くと喜ばれるんじゃないかな。
ウェブサイトはこちら。











