うめぼしチャンな日々゙

うめぼしチャンな日々゙

うめぼし(フレブル♀)の記録

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 国の偉大さ、道徳的発展は
 その国における動物の扱い方で判る

 マハトマ・ガンジー
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東北の田舎で家族(うめ組合)と生活しているフレブルの女の子です。
『うめ』って呼ばれるけど、本当は『うめぼし』だって事はナイショ。
一人っ子気質で自由きままに生きているうめサン。
組合員の愛情を独り占めにしないと気が済まないうめぼし姐さん。
そんなうめぼしチャンの日々を記録してます

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うめぼしチャンな日々゙うめぼしチャン組合の人々うめぼしチャンな日々゙
 うめぼしチャンな日々゙サンチャン   相棒/うめぼしチャン中毒患者
 うめぼしチャンな日々゙おかみサン  組合長/うめ専属運転手
 うめぼしチャンな日々゙キーさん  組合のスポンサー たまに帰ってくる
 うめぼしチャンな日々゙つかッチ   しつけに厳しいお兄/遊び相手担当
 うめぼしチャンな日々゙ゆチャン    うめに認めてもらうため日々奮闘/手下
                  /ブログ担当/雑用
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2003929日。

日本のとある街で女の子が誕生したんです。

 

生まれて数か月の間のお話は不明ですが幼い女の子は親元を離れ冒険にでる運命にありました。

小さな女の子の独りぼっちの冒険。

どれほど寂しい思いをしたか、

どれほど不安だったか、

どれほど泣いてたか、想像するだけで胸が苦しくなりますね。

 

 

冒険が始まって間もなく女の子は仲間と出会うのです。

その仲間とは私たち家族。

そう、冒険の主人公は私たちのうめ!

愛してやまないうめぼしチャンの日々のお話です。

 

 


私がうめぼしチャンと初めて会った時の話をしましょう。

コロコロしてムチムチしてフワフワしてて。

なんだかおいしそうで、

幸せな響きの擬音の全てが当てはまるような世界に引き込まれました。

もっと言うなら文字や言葉なんて必要ないほどの威力でうめは私の心を奪いました。

 


当時うめは、お父さんっ子で常にお父さんにくっついていましたがうめが4歳を迎える9月にお父さんは亡くなってしまいました。

お父さんの亡骸のそばを離れなかったうめ。

いなくなることを理解してたのかどうか、

答えはうめにしかわからないですけどお父さんとの別れはうめの冒険の中では大きな出来事だったのかもしれません。


 

いつも一緒のお父さんがいなくなったうめが次に相棒に選んだのはおばあヤンでした。

 

おばあヤンといえば学校や仕事に出ている家族には知ることのできない平日昼のうめを知るツワモノ。

最も一緒にいる時間が長く、きっとうめが一番好きな人。

私がどんなにうめの事を大好きで仕方なくても

うめにとって私は何番目かにあたる人で、

悔しくて羨ましいけどいつだっておばあヤンがうめの一番だってことを見せつけられる日々でした。

 

界隈で散歩をしていると私なんかよりうめの方をみんなが知っていて、

平日のお昼の時間におばあヤンとうめがどれだけ近所を一緒に巡ってどれほどの寄り道をしていたか想像がつきますよね。

ふたりは他の家族が知らない時間、どんな冒険をしていたのでしょうか。

 

うめは冒険を進める中、家族の結婚や出産で新しい仲間を増やしていきます。

多くの事を経験し、様々な場所に行きたくさんの人たちと出会います。

 

うめが一番すきであろうおばあヤンは大正時代に生まれた人なのでそれはそれはお歳を召しております。

ウメが出会ったころは70代後半で

それからずいぶん時間が過ぎ

うめと共に年寄りというジャンルを極めていきました。

少しずつ衰えていくのですが、だんだんとわからないことが多くなるおばあヤンなのにうめの事だけは絶対わすれないんです。

不思議ですよね。

 

歳をとるとどんな生き物でもあちらこちら悪くなっていきますよね。

おばあヤンが痴ほうだったり体の不調だったりが進むと同時に私たちのうめにも腫瘍が発見されました。

2018年の12月に病院で春まで持たないかもしれないと告げられました。

うめの冒険は病気との闘いとなるのですが、

これも不思議な事に手の施しようがないと言われダメ元でためした薬が本当に効き腫瘍がみるみる小さくなっていきました。

冒険って思いもよらないことがたくさんおこるからワクワクしますよね。



 

春を迎えられないと言われたのに、うめの暮らす北東北にも桜が咲き余命を宣告されたことをみんなが忘れてしまうほどうめは元気でした。

それでも腫瘍は全身をめぐっていたので通院は続いたのですがうめの生命力には病院の先生も驚くほどでした。

 



夏が来るころは元気はあるものの食欲が少しずつななくなっていき、体重も落ちていきました。一日の多くを日向でゴロゴロしてゆっくりすごし、調子がいいときはちびっ子たちに絡んで遊んでいるようでした。

 

うめのおばあヤンはショートステイがはじまり二人は離れて過ごすことが多くなりました。おばあヤンはだんだんと誰が誰が判断ができなくなってきたのですが、やっぱりうめの事だけはしっかり認識していました。

一時帰宅のおばあヤンが施設に戻るときは毎回うめを連れていきたいと泣いてお願いされ、そうしてあげたくてもそうもいかず説得して送りだします。そんなときはうめもうめでピッタリくっついて離れようとしないんです。二人の絆ですね。(羨ましい)

 

 

それから穏やかな毎日をおくりつつもやはりうめの体はやせ細っていきました。

ゆっくりでも自力で歩いていたのが横になっている時間が多くなり、ごはんも残すようになりました。




 

あれは秋の色がはじまろうとしているころでした。

 

928日夜うめの最愛のおばあヤンが老衰で旅立ちます。

うめはおばあヤンの最後をみとどけてそれから少したった2330分に息を引き取りました。

 

たくさんの人が見守るなか旅立っていきました。

あと30分で16歳の誕生日でした。

 

うめ。

最後の最後までおばあヤンについていくんですね。

もう少しみんなといてほしかったけど、うめがそうしたかったのかな。

うめは冒険のリーダーだったからみんなうめの考えに賛成するよ。

そうか、ふたりならいつもと一緒だもんね。

 




 受け入れなきゃと踏ん張った静かな冬。

毎朝、軽快なリズムで廊下をわたるうめの足音は途絶え、

やり切れなさに立つすくんでいると、

どこからともなくフワっとうめの白い毛が現れます。

キラキラと私のもとに舞い降りてきてくれます。

掃除を繰り返しても家のいたるところにうめが隠れています。

 

 



うめは16年というフレンチブルドッグとしては長い冒険を成し遂げました。

そしてうめを愛してくれる仲間をたくさん作りました。

 

 うめ、大変よく頑張りましたね。

 

 

うめ、冒険の仲間に私を加えてくれてどうもありがとう。


うめ、私たちも前にすすむね。



うめ、うめの全てが私の宝物でした。



うめ、またあおうね。