第四章 生まれ変わらなければ誰にも神の国を見ることはできません

十八、一部の人達が考えるように、再生によって家族の絆はどんな破壊をも被ることはありません。逆に絆は強まり固く結ばれることになります。逆の考え方においては、絆を破壊することになります。宇宙において霊達は愛情や好意、意向の類似性によって結びついたグル―プ、もしくは家族を形成します。共に出会うことは幸せなことで、こうした霊達はお互いに相手を探し求めます。肉体を持って生まれることは、一時的に彼等を引き離しますが、霊界に戻ると、旅から戻ってきた友達同志のように集まります。しばしば、肉体を持って生きる間まで他方を追っていくこともあり、相互の進歩のためにお互いに努力し合うために、地上で同じ家族に生まれたり、同じグル―プに生まれることもあります。一方が地上に生まれ、他方が生まれてこないからと言って、思考の上での結びつきをも失うことにはなりません。自由にある側は、束縛されたもう一方を守ります。より進歩した側は、遅れた側の進歩のために努力します。一回毎の人生の後には、皆が完成へ向かう道のりの上で一歩進んでいることになります。物質への執着が少なくなればなるほど、相互の愛情はより生き生きとしたものとなり、その理由は、その愛がより浄化すれば、エゴイズムや情熱の陰がそれをおびやかすことがなくなることの理由と同じです。従い、このように、互いに愛情によって結ばれた者同志は、お互いを結びつける相互の気持ちにいかなる打撃をもうけることなしに、限られた数の肉体を持った存在を過ごすことができるのです。ここで述べている事が真なる魂と魂を結びつける愛情のことであり、肉体の破壊をも越えて生き続けるものである一方で、この世の人々は霊の世界において求め合う動機となることのない感情のみによって結びついています。永続しうるのは霊的な愛情だけなのです。肉体的な要因から生まれた愛情は、その要因とともに消滅します。しかし、魂は永遠に存在するのですから、霊の世界においては同様な要因は存在しません。関心事による動機のみによって結ばれた人々に関係することと、これらのことは全く異なるものです。死はそうした者達を天と地とに分けることになります。

今日のレッスン

この世に生を受ける時は霊界の家族や仲間とのお別れで、
この世から去る時は霊界で「おかえり〜!がんばったね!お疲れ様!」
とまた再会。

もちろん、生きている間に間違いを犯したり、堕落した生活を送っていなければ同等または上のステージに戻れますが、
そう…  スムーズに霊界に戻れるようにスピリティズムの教義を知っておいてほしくてこのブログを書いています。

亡くなった時に、お金や物、人への執着心が一番みなさんの行く道を邪魔します。

そして生きている間に善を行う事によって
上のステージにいくらでも飛び級できるのです。

善を継続して行う事が難しいからこそ、
自分に負けそうになった時にスピリティズムの本があると様々な場面で助けられます。

まだの方はぜひ読んでみてくださいね!
スピリティズムによる福音の著者のアラン・カルデックの本は、19世紀後半ヨーロッパで400万部超も読まれている大ベストセラーだそうです。




クリックお願いします! 

角さんのメルマガ

更生の世界

第三章 私の父の家には多くの住処があります

十六、空の青い天井の中に輝く星の中には、神によって試練と報いのために差し向けられたあなた達の世界と同じ様な世界がどれだけあるでしょうか。しかし、より惨めな世界も、より良い世界も存在すれば、更生の世界と呼ぶことができる移り変わりにある世界も存在します。共通した中心の周りを移動する惑星の渦はそれぞれが原始的な世界、追放の世界、試練の世界、更生の世界、幸福の世界を引きずっています。既に私達は、善と悪についてはまだ無知ではありながらも、その自由意志によって自分自身を支配する神へ向かって歩む可能性を持った、生まれたばかりの魂が送られる世界について話しました。また、善を行うために広い能力が魂に与えられることをあなた達に明らかにしました。しかし、ああ、気力を失ってしまう者よ。それでも神はそうした霊達が抹殺されてしまうことは望まず、生まれ変わりを重ねることによって浄化、更生し、彼等に仕向けられた栄光にふさわしくなって戻ってくることのできる世界に彼等が行くことを許すのです。

今日のレッスン

世界中のお母さん、母の日おめでとうございます。
母の日にちなんだ章を選ぶところ、普段と変わらずで失礼いたします(^^;)

私は一児の母ですが、とても未熟な魂です。祝ってもらうほどの立場にありません。
毎週火曜日に「スピリティズムによる福音」を訳された角さんがオンラインで勉強会を行ってくださっていて、福音と一緒に、霊の書の本(アラン•カルデック著)の解説もしてくださるのですが、霊の書に出てきた低級霊の説明文が自分にぴったりでした。
あぁ、私は前世で色々とやってしまって、死んで霊界の試練の世界、更生の世界を経て神様からやっとやっと生まれ変わりの許可をいただいてこの世にいるんだなーといつもこの章を読む度に思います。
母の日にこじつけて書くと、私のような性格は母にとって精神的に大変だったんだろうなーと。たまにぶつかり合ったりしていましたし。
でもスピリティズム教会に通ってから人が変わった(性格がマシになったね)と、数ヶ月前に5年ぶりに会った母に言われたものです。
(母はブラジルに住んでいるのでめったに会えません。)
それでも今もなお進化の途中、まだまだ未熟、せっかく遊びに来てくれてた母とまたケンカ…
治安の悪い地域に住んでいるだけにこれが最後の再会かもしれないといつも会うたびに思うのに自分のエゴや兄弟に対する嫉妬に負けて悪い感情が出てきます。
いつになったら自慢の娘と呼ばれる日が来るのか…
いつか親孝行したいとは思っていますが、早く進化するしかありません。
私は自分が未熟だからスピリティズムを勉強しているのです。



クリックお願いします! 

 角さんのメルマガ
第十九章 山を動かす信仰

十一、有益になるためには、信仰は活動的にならなければなりません。それを無感覚にしてしまってはいけません。神へ導くあらゆる美徳の母は、それが生み出した子供達の成長を注意深く見守らなければなりません。希望と慈善は信仰から派生しますが、信仰とともに分離不可能な三位となります。主の約束の実現の希望を与えてくれるのは信仰ではありませんか。信仰を持たずに、何を期待することができるでしょうか。愛を与えてくれるのは信仰ではありませんか。信仰を持たぬのであれば、あなたの価値やその愛は何でありましょうか。神性のインスピレーションである信仰は、人間を善へ導くあらゆるあらゆる高尚な本能を目覚めさせます。信仰は更生の基礎です。必要なのは、この基礎が強く持続性を持つことです。と言うのも、もし、ほんの小さな疑問によってその基礎が動揺してしまうとしたら、その上に築いたものはどうなると考えますか。従い、不動の基礎の上にその建物を築いて下さい。あなた達の信仰は不信仰の者達の詭弁やひやかしより強くなければなりません。もっとも、人間の嘲笑に対抗できない信仰は、本当の信仰とは言えません。誠実な信仰は人の心をとらえ、影響力を持っています。信仰を持たなかった者や、信仰を持ちたくないと考える者に訴えます。魂に響く、説得力のある言葉を持ち、一方で見せかけだけの信仰は、聞く者を無関心にし、冷たくしてしまう音の響く言葉を使います。あなたの信仰の模範によってそれを説き、人々に信仰を吹き込んで下さい。あなた達の事業の模範によってそれを説き、信仰の真価を示して下さい。あなたの不動の希望によってそれを説き、人生のあらゆる苦しみに立ち向かうことのできる状態に人間を強くしてくれる確信を示して下さい。故に美しく善き内容や純粋さ、合理性を持った信仰を抱いて下さい。盲目から生まれた目の不自由な娘である証明のない信仰を認めてはなりません。神を愛して下さい。しかし、なぜ愛するのかを知って愛して下さい。その約束を信じて下さい。しかし、なぜそれを信じるのか知って信じて下さい。私達の忠告に従って下さい。しかし私達が指摘する事柄やそれを成し遂げるための手段について納得した上で従って下さい。信じ、無気力になることなく待って下さい。奇蹟は信仰のなす業です。(ジョゼ、守護霊、ボルド―、―八六二)

今日のレッスン

日常生活を送っている時、霊的な感覚で意識して過ごしている人は少ないと思います。
なので今日は今まで勉強して私なりの考えを述べますね。
体は乗り物、自分は魂、相手も魂、自然や物の全てはエネルギーだ。と思えば、自分自身の行動が変わってきます。
人生100年ではなく、魂レベルで考えると自分という存在は永遠、肉体は亡くなっても自分という個性の魂は死にません。生き続けます。
そして魂は生まれ変わりを繰り返すわけですが、肉体がない魂だけの期間は、やはり神様の法に従うしか早く進化する方法はないって霊体になった時にわかるんです。
だからキリストでも、アラーでも、ブッタでもいいんです。
生きている間は常に神様を思い、進化する為の神様のルールに従って生きる。
他人の為に善を尽くす。助ける。シンプルなだけに難しいのですが…
誰もが、前世の罪や、魂の悪い癖など償う事がいっぱいです。だから今この修行の世界にいる。
一緒に頑張りましょうねp(^_^)q

ちなみに私にとっての信仰とは、親切を心がけること。
知らないあなたは実は前世で大切な相手だったのかも
と想像しながら、誰とも接するようにしてます。



クリックお願いします! 

 角さんのメルマガ
本書にはスピリティズムの教義に基づいたキリストの道徳的原理の解説、並びに、日常生活での様々な場面におけるその応用が著されている。


序文

天の美徳である神によって送られた霊達は、前進する偉大な軍隊のように天命に従って地球上のあらゆる場所へと広がって行きます。流星のように行く道を照らし、盲者達の目を開かせて行きます。 あなた方に告げます。全てのことが、その真の姿によって改めて確立されるべき時代が来ました。闇を散らし、誇り高き者をはずかしめ、真に正しい者を讃える時代です。偉大な天の声は、ラッパのように鳴り響き、天使達はそれに合わせて合唱します。人類よ、あなた方を、神のコンサ―トにお招きしましょう。あなた方の手でリラを奏で、あなた方の声を合わせ、宇宙の隅から隅まで響き届く神聖なる歌を唄いましょう。



クリックお願いします! 

角さんのメルマガ

霊達からの指導:物質的な慈善と道徳的な慈善

九、「お互いに愛し合い、他人には私達がして欲しいと思うようなことをしてあげましょう。」どんな宗教も、どんな道徳もこれら二つの考えに要約されています。これらがこの世で守られたなら、皆が幸せになるでしょう。そこには反感、不快は存在しないでしょう。更に、貧困もなくなるでしょう。なぜなら、裕福な者の食卓の贅沢から、多くの貧しい者が食事をすることができるようになるからであり、私が最後の人生の間住んでいた薄暗い街角には、何もが不足し、惨めな子供達を引き連れた可哀想な女性達をもう見ることもなくなるでしょう。豊かな者たちよ、このことを少し考えてみて下さい。出来る限り不幸な者たちを助けてあげて下さい。神がいつの日かあなたの行った善に対する償いを与えてくれるように、また、あなた達が住む地上から出て来るとき、あなた達に対して感謝する霊達が並んであなた達をより幸せな世界へ迎えてくれるように、他人に対し与えて下さい。私の最後の人生において、役に立つことができた相手と、死後の世界において再会したときの喜びをあなた達も知ることができなたら。ですから、あなた達の隣人を愛して下さい。自分達を愛するように愛して下さい。なぜなら、不幸な者を寄せ付けまいとする時、あなた達は過去の友人、父親、兄弟を自分から遠ざけようとしているのかも知れないのだということを既に知っているからです。そうであるなら、霊の世界に戻って不幸な者たちが誰であったのかを知ったとき、どんな失望を感じることになるか考えてみて下さい。物質的にはなんの負担もなく、誰にでも行うことができるのですが、実践することが最も難しい道徳的な慈善というものがどういうものかよく理解して欲しいと思います。道徳的な慈善とは、生きる者達がお互いに我慢し合うことであり、それはこの遅れた世界、あなた達が現在肉体を持って生まれている世界においては非常に希に行われていることです。私の言うことを信じて下さい。自分よりも愚かな者には話しをさせておき、自分は黙っていることが人間にとって大きな利益をもたらすのです。人をひやかしてばかりいる人の口から漏れるひやかしの言葉に対し耳を傾けないことや、あなたを侮辱の笑みをうかべて見下す人達を無視すること、は一種の慈善なのす。彼等は多くの場合自分達があなた達よりも優れていると誤って思いこんでおり、唯一の真の世界である霊の世界においてはあなた達よりも劣っていることも珍しくありません。この場合、必要なのは謙虚さではなく、慈善です。なぜなら、他人の行う悪に対して関心をもたないことは道徳的な慈善であるからです。だからと言って、この慈善は他の慈善の妨げとなってはいけません。故にあなた達の同胞を軽んじるようなことがないように特に注意して下さい。私があなた達に既にお伝えしたことを全て覚えておいて下さい。今日あなたが拒む一人の貧しい者は、今日あなた達より劣った条件におかれた過去においてあなた達にとって大切であった誰かなのかもしれません。地上において幸いにして幾度か助けることができた、地上で貧しかった人と、私はこちらで会うことができましたが、今度はその人に私が助けを懇願することになりました。貧しい者や、病気の者を拒む前に、私達は皆兄弟なのだとイエスが言ったことを覚えておいて下さい。さようなら。苦しんでいる者たちのことを考え、祈って下さい。(シスタ―ロザリア、パリ、一八六〇)

今日のレッスン

地上にいる限られた時間内に、自分と縁があった困っている人にきちんと手を差し伸べられるか。
この世で縁あって関わり合う人、すれ違う人、すべての人が過去生でも出会ってたと思っていいと思います。
自分に助けてあげられる余裕があるのに、きっと誰かがやってくれる、私は見て見ぬ振りしよう。
なんて思わないでください。
もしかしたら助けを求めているその相手は、過去生であなたをとても虐めたお父さんお母さんかもしれません。
だから今世でその後悔を慰めてもらう為にその人はあなたに助けてもらえる場面を設定してきて惨めな姿をしているという事もあります。
生きている間にすれ違ったあのホームレスは実は過去生で親の魂だったとか、自分が死んだ後にその事実を知ります。
その時になんで手を差し伸べてあげられなかったんだろう。なんで水だけでもあげることができなかったんだろう。って後悔しないように…。
相手を目に映る姿で見るのではなく、相手を魂として見る、なんでこの世で縁があったのか、何をその魂と解消しないといけないのか、答えはわからなくても、相手がされて喜ぶ行いさえすればそこに愛が発生して魂同士のわだかまりも消える事と私は信じています。



クリックお願いします! 

 角さんのメルマガ