競馬界は「西高東低」といわれる。関西馬が関東馬に比べ勝利数、賞金獲得額などで圧倒的な強さを誇るからだ。その傾向は1990年代から現在まで20年にも及ぶ。しかし、かつては「東高」で、ダークホース的な関西馬が「西の秘密兵器」などと呼ばれもした。なぜ、逆転現象は起きたのか。「はっきりした理由は分からない」と関係者は口をそろえるが、背景として見えてくるのはトレセンでのトレーニング法の違いとスタージョッキーの有無だ。
かつては「東高西低」
JRAの競走馬は栗東トレセン(滋賀県栗東市)か、美浦(みほ)トレセン(茨城県美浦村)のいずれかに在籍するように規定され、それぞれ関西馬、関東馬と区分される。
関西馬は名古屋以西の「中京」「京都」「阪神」「小倉」の4競馬場を主戦場としてレースを走る。クラシックは阪神で行われる桜花賞、京都の菊花賞の2つだ。関東馬は「東京」「中山」「新潟」「福島」の4場。中山で皐月賞、東京でダービー、オークスが行われる。やや東に偏重しているのは馬主の層がかつて「東高西低」だったためだ。
馬券の売り上げの東西比は2対1といわれる。人口規模をはじめ、首都圏のアドバンテージは絶対的に大きい。GIレースの入場人員をみても一目瞭然。例えば牝馬クラシック1冠目の今春の桜花賞(阪神)は5万6911人が競馬場に足を運んだ。対して牡馬1冠目の皐月賞(中山)は6万613人。レースの格はほぼ互角でありながら1万人の差がつくのは、競馬人口の違いからだ。
競走馬を購入出来る馬主=富裕層も人口に比例、80年代までは良血と目される馬はこぞって関東へ入厩した。これが東への偏り、つまり「東高西低」の実情だった。
「西高」に転換したきっかけ
ところが、90年代に入って状況が一変した。一般には85年、栗東トレセンに坂路(はんろ)コースが設置されたのがターニングポイントといわれる。
坂路コースとは、800メートルの上り坂のコース。短距離&短時間のトレーニングに使うので脚もと負担が少なく、それでいて十分に心肺機能を鍛えることができ、当時の最先端の施設だった。おかげで年間勝利数は88年に東西が逆転。さらに、ここを主な練習場所としていたトウカイテイオー(91年皐月賞、ダービーV)、ミホノブルボン(92年同)と連続して2冠馬が生まれ、差は決定的になった。その後は特別レース、重賞の勝ち数など、どのカテゴリーでも「西高東低」が続いている。
もちろん、関東も指をくわえて状況を見ていたわけではないが、坂路コースの設置は8年遅れ。その間に格差は決定的になった。
スター・武豊の影響
折しも武豊騎手が87年にデビューし、超人気馬・オグリキャップが88年に地方から転籍したころから、バブル景気も加わって空前の競馬ブームが起きた。それまで競馬に縁遠かった人たちが馬券を買い、馬主に参画してくるという盛り上がりぶり。まさにそんな時期に「東西逆転」が起きたことが、今に続く「東劣勢」を決定づけた感がある。
にわか馬主の多くは「タケユタカに乗ってもらいたい」と、武騎手が所属する栗東に馬を預けた。すると結果が出る。さらに高額馬を買って栗東に預ける。下級条件のレースからGIまでそうした連鎖反応が続いた。美浦トレセン・東の陣営から見れば、絶望的な「負のスパイラル」である。
こうやって振り返ると、現在の西高東低はやはり競馬界のトップスターである武豊騎手が栗東所属だったことが大きかった。コンビを組む関西馬が大レースをドシドシを勝っていき、自然と注目が集まる。きっかけは坂路コースだったかもしれないが、ここまで東西格差が開き、そして定着してしまったのは、人気ジョッキーの影響抜きには語れない。
大手馬主も栗東に接近
日本最大の馬主といえば社台グループ。不世出の名種牡馬サンデーサイレンスもここの所有馬だったし、ディープインパクト(主戦は武豊騎手だ!)を筆頭にGI馬をもっとも多く輩出するのもここ。
その社台が昨年、栗東トレセン近くに前線基地を建設した。北海道のノーザンホースパークを小型にしたような洒落た事務所兼宿泊所だ。これまで大阪の雑居ビルに間借りしていたことを思えば大きな変化。「だからといって、栗東により力点を置くということではないんですが…」とマネジャーは言葉を濁すが、さらに栗東に軸足を置くつもりは当然あるだろう。多くの関係者が「西高東低の解消は無理だろう」と口にしているのだから。
今秋のGIも西に軍配か
9月16日には秋華賞トライアルのローズS、17日には菊花賞前哨戦のセントライト記念…と秋競馬も本番間近。ただし、いずれも中心は関西馬になる。
秋華賞は春クラシック2冠を射止めたジェンティルドンナが3冠目に挑む。そこへ待ったを掛けたいのは春2着2回で涙をのんだヴィルシーナ。2頭の一騎打ちの様相だが、前者は栗東・石坂厩舎、後者は同友道厩舎の所属で、いずれ関西馬だ。
菊花賞は皐月賞馬のゴールドシップ、ダービー馬のディープブリランテが2冠を目指し、そこへダービー1番人気のワールドエースが割って入り三つどもえになりそうだが、こちらも3頭ともに栗東所属である。
天高く馬肥ゆる秋。ファンが心待ちにしていたGIレースも目前だが、この秋も関東ファンはやきもきし続けることになりそうだ。