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グッタリ疲労が酷い。
集中力と気の使いようが凄まじいのかもしれない。
帰宅後は、大体寝てる。(仮眠)
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大体、家族間の喧嘩は、「先駆者のプライド」と「時代の後継」の意識の違いによるもの。
緩く言えば、「生まれた際の厳格さ」と、「時代が許した自由」・・、
家族の「年長者」が前者で、家族の「最年少」が後者なのです。
人を殺める事件(ニュース)になってるのは、大抵、年が離れている場合が多い。
偏向報道の可能性もあるが・・。
それでも、「厳格さ」と「自由」の思考には、各々「常識」と同様に成人までに身に付いた
出来事がそうさせているのかもしれない。
どこの市かは忘れたが、「バイトの弟」が「兄」を殺しにかかったというニュースがあった。
恐らく喧嘩の本質は、それに近いこと。
理由は、「喧嘩の積み重なりのストレスによるもの」だが。
原因は、家族間での「雇用差別」でもある。
家族になら何言ってもいい風潮もあるし、ましてや、家の中だから誰も止めれないし、
歪んだ正論や、腐りきった正論や、同調圧力などのパワハラをやりたい放題だ。
「兄」が「正社員」であれば、尚更起きること。
止めに入った人ですら丸め込めて「同調圧力」か、「共感者」として味方に
つけようとするだろう。
そうやって、「年長者」の特権を使いまくる。
それだと、元も子もない。
家族間で、1対1でも、「最年少」が「時代の自由」を、「年長者」に訴えても、
「他所は他所」と切り捨てる。
「厳格さ」は、「先駆者の常識」もあるし、「触発されるべき人」の存在が居て、
それによる「厳格であれ」という考えが起きる。
「時代の自由」は、「自己啓発」もあるし、「触発された人」の存在が居て、
それによる「自由になってもいい」という考えが起きる。
どちらも、似ているようで違う状況にあるから喧嘩が起きる。
気持ちの問題でもあるが、揺るぎないものであることの方が大きい。
「自由」の中で、「触発された人リスト」に、「厳格さ」を教える「年長者」がなければ、
それは「触発されたくない人リスト」に気持ちがなっているので、
話にならないほど「話が通じない」から、喧嘩や殺人となると考える。
つまり、「先駆者」であろうと、「後継」であろうと、
結果として、お互いに「触発されたくない人リスト」に気持ち、思考が固着しているから。
今の国際情勢は、宗教の問題ではなく、「物資力」と「自由」を求めているだけで、
それ以外は何もないと考える。