お味噌汁 | クルミアルク研究室

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沖縄を題材にした自作ラブコメ+メモ書き+映画エッセイをちょろちょろと

当記事は「沖縄・糸満の軽石被害に寄付しようキャンペーン」該当記事です。詳しくはリンク先をご参照ください。

 

沖縄を舞台に展開する青春小説「サザン・ホスピタル短編集」より「お味噌汁」を転載してみます。

正直申し上げますと「サザンホスピタル」本編・短編集ともに沖縄方言記述に伴うルビタグが大量発生するため、ブログへの転載は不向きです。Google Search Console からも警告を受けています。ですからこの企画そのものは「あまりもたない」と思われます(苦笑)

今回は東風平多恵子(こちんだ・たえこ)のモノローグになります。お試しバージョンとして小説ながら目次を作成することでアルファポリス版とほぼ似た仕様でのご提供を考えました 。クリックすると各意味段落へジャンプします。

 

目次
1.多恵子、味噌汁を頼まれる
2.多恵子、味噌汁を作る
3.内緒話
4.多恵子、再び味噌汁を作る

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1.多恵子、味噌汁を頼まれる

 

At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; 6:05PM JST October 2, 1999.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

 

その日、あたしは昼勤を終えて帰宅するところだった。

「よお」

たまたま整形外科の病棟の廊下で、勉とすれ違った。この時間だと、まだ研修医としての雑務が残っていたはずだった。

「明日休みだから、お前ん家行くけど」

そうですか。サンシンの稽古ですか。

もう十五、六年なるよね? 飽きもせずよく通うね?

「あ、そう。明日は夜勤だから、昼だったらいるよ」

「そっか」

勉があたしの顔を注視している。

「あのさあ、ちょっと、お願いしてもいい?」

「お願い?」

思わず身構えた。この男が絡むと、ロクなことがない。変な頼みごとじゃなきゃいいけど?

「何ねぇ?」

「味噌汁作ってよ」

「はぁ?」

 

ちょっと説明が要ると思うので、補足しておきます。

うちでは、サンシンの稽古後、夕食が出ます。たいてい、うちの母親が作っています。

「夕飯のリクエストは、お母に頼んだら?」

一瞬、勉は天井を見上げ、ため息をついた。

「あのねー、お嬢さん」

勉は、たまーにあたしを「お嬢さん」と呼ぶ。師匠の娘だから。でも、絶対、心の底ではそうは思ってないはず。あたしたち、同級生で、ずっと喧嘩してばっかりだし。

「ずっと、おばさんに家事やらせて、全然手伝わないつもりね?」

……痛いところを突いてくるね、あんたは。

そういえば、ここのところずっと、あたしは台所に立ってない。看護師の仕事にかまけて、家事は全部母親に任せていた。

「たまには親孝行したら? お嬢さんが食事作ったら、師匠も喜ぶはずよ?」

 

ははーん、さては! これは、お(かあ)かお(とう)の差し金だな?

あの二人だったら、勉に愚痴を言いかねないもんね。

はいはい。わかりました。 たまには、親孝行させていただきますわ。

 

「わかった、作るよ」

あたしはショルダーバッグからペンとメモ帳を取り出した。

「で、何の味噌汁にするわけ?」

沖縄の味噌汁は、具沢山だ。たいていの場合は、かつおだし。そこに、もやし(マーミナ)、島豆腐、わかめ、葉野菜、豚の三枚肉、ポーク、固めのゆで卵、等々、いろいろな具がたっぷり入っている。冷蔵庫の掃除には非常に便利だ。

そうそう、沖縄の食堂に「味噌汁」というメニューがあるけど、紙幅の関係で(これネットだけどさ)省略します。興味のある方はご自分でお調べください。検索エンジンで「沖縄 味噌汁」と入力すれば、かなりヒットしますよ。

 

「うーんと、ジャガイモと昆布(クーブ)が欲しいなー」

金髪頭をバサバサ振りながら勉は答えた。

新じゃがの季節だし。北海道名産コンビか。なるほど。

「しいたけと黄大根(チデークニー)(ニンジン)も入れてね。あとは、任せるよ」

 


(これは沖縄の島にんじんです。長いです。)

 

「肉は、ポーク使っていいの?」

「ごめん、ポークはちょっと。どぅく(過剰に)(あんだ)(ぢゅー)さぬ」

勉は顔をしかめ、軽く首を振った。

「できれば、豚の肩ロース、薄切りのやつを使ってもらいたいんですけど」

笑って両手を合わせて、こっちを拝んでいる。

……あんた、本当にわがままだね? あたしは右手を出した。

「材料費、貰うよ」

「夏目漱石一枚でいい?」

あたしは勉からもらった千円札を、スカートのポケットに突っ込んだ。

「五時前に出勤だから、四時過ぎに出来上がればいいよね?」

「ありがとう。あとは、自分たちで温めなおすから」

勉はにっこりして頭を下げ、医局へ歩き出しながら手を振った。

「じゃ、明日ね」

 

2.多恵子、味噌汁を作る

 

At Nishihara Town, Okinawa; October 3, 1999.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

 

翌日、あたしは自宅の冷蔵庫の中身を確認した後、足りないものを近くの市場まで買出しに行った。

豚は肩ロースって言ってたよね? それからジャガイモと、黄大根(チデークニー)、かつお節と、昆布(クーブ)、っと。

材料を買って帰ると、あたしは、一時過ぎから台所に立った。昆布(クーブ)を戻すためだ。

「多恵子、何してるの?」

お母があたしを珍しそうに眺めている。

「味噌汁作る」

「味噌汁?」

「勉に頼まれた。ジャガイモとクーブの味噌汁頂戴って。作ったらお父も喜ぶよ、って」

「へえ」

お母は驚いている。ということは、勉をそそのかした犯人は、お母ではない。

とすると、お父かな?

娘の顔を見て「味噌汁頂戴」って、直接は言いづらいのかな?

 

あたしは、かつおだしを取り、ジャガイモと黄大根(チデークニー)の皮を剥きながら、干ししいたけを戻した。あとは、豚肉を一度さっと湯通しして、順序良く煮込めばいいや。

 

三時過ぎに、全ての具が鍋に入った。うん、いい匂いだ。

いつも忙しくて、お母に作ってもらってるけど、たまーに台所仕事をするのも、いいな。

 

車庫から車の音がする。

 

「お邪魔しまーす。お、いい匂いだね?」

玄関から、勉が台所を覗いている。

「リクエストにお答えして、味噌汁作っているよ。まだ煮込んでいる最中だけど」

「ありがとう。じゃ、期待してるからねー」

勉はサンシンを持って奥座敷に入った。

 

「いいカジャ(ぐゎー)すしが、(ぬー)やが?」

 

今度は父がやってきた。母が答える。

今日(ちゅー)や、多恵子が味噌汁、仕込(しこー)ゆんでぃ(用意するって)」

「多恵子が?」

お父は目を丸くした。あれ、あれれ?

「お父さんがリクエストしたんじゃないの?」

「はぁ? (ぬー)何(ぬー)んち、よ?」

お父はあたしに聞き返した。

……おかしいな。ちぐはぐになってるぞ?

()むしがて」

と言って、お父も奥座敷に消えて、やがてサンシンの音が響いてきた。

 

だけど、……なにが、「()むしがて(いいけどさ)」ね?

そりゃ、お母には負けるよ。ベテラン主婦だもん。

でも、あたしも少しずつは、頑張っているんだよ! あたしも認めてよ!

そしてあたしは頭の中で、ゆっくり経過を反芻してみた。

じゃ、つまり、これは純粋に、勉のリクエストなわけね?

勉、あんた、そんなに味噌汁食べたかったの?

 

 

ぐつぐつ言う鍋に味噌を溶かした。さあ、これで完成だ。お母に味見させた。

 

「上等さー。二人とも喜ぶはずよ!」

まあ、だったら、いいね。気分転換にもなったし、良かったさ。

釣り銭は、勉に返さないで貰っておこうっと。市場までの交通費代。

 

3.内緒話

 

At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; 8:40AM JST October 4, 1999.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

 

翌日、夜勤明けのミーティングで、勉に会った。

「昨日はありがとうね。おいしかったよ」

「どういたしまして」

夜勤はちょっとハードだったけど、ほめられると素直にうれしい。疲れが吹き飛ぶものだ。

「また作ってよ。冬になったら春菊がおいしいから。あの味噌汁に卵落としたら、もう最高だよなー!」

……あんたね、もう次の話をしているの?

春菊って、まだ二ヶ月くらい先だよ?

 

着替えを終えて、ナースステーションに忘れ物を取りに帰ったときだ。

 

病棟の廊下から数人の笑い声が響いている。あたしは、壁に隠れて、聞き耳を立てた。

「だから、あれには通じないって言ったでしょ?」

勉があきれた口調でつぶやいているのが聞こえる。

「やっぱり、ダメでしたかー」

同僚ナースの津田千秋が慰めるように言った。

「上間先生、あたしたちから、それとなく、言いましょうか?」

粟国里香も心配そうに尋ねている。

何を、言うの? 誰に?

「ありがとう。でも、自分でなんとかするよ」

なぜか、勉の声が真剣味を帯びているように聞こえた。

何なんだ、一体?

 

廊下を曲がった先で、あたしは持っていたショルダーバッグを絡ませて、勉を捕まえた。

 

「うわわわ!」

慌てる勉をそのまま手繰り寄せる。

「ちょっと、何、今の?」

「多恵子、き、聞いてたの?」

あの、何を焦っていらっしゃるので?

「良くは聞き取れなかったけど、ダメって、何がよ? 味噌汁?」

「違う、違う」

勉は必死で両手をぶんぶん振った。そして、早口でまくし立てた。

「味噌汁はおいしかったよ。さっきのは中身のない話だから、気にしないで。あの、俺、伊東先生に呼ばれてるから!」

そう言うが早いか、駆け足で去っていった。

あのさー、勉。

あんたが足が速いのは十分わかってるから、病棟の廊下を走らないで下さいね?

 

4.多恵子、再び味噌汁を作る

 

At Ginowan City, Okinawa; October 18, 2001.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

 

あれから二年経ったかな。最近、ようやく、なぞが解けた。

「味噌汁作って」って、プロポーズの常套句なんだってね?

なんで男女平等の時代にこんな古臭い言葉が残っているのか自体、良くわからないんですけど、いやー、全然、知りませんでした。この間、本人から直接聞いて、判ったんだもん。

あたし、あれから何回、勉に頼まれて味噌汁作ったっけーな?

その度ごとに、結構、おいしそうに食べていたけど。

 

外科医と結婚なんか、するもんじゃないよ。ホントに。

手をかけ時間をかけてお料理作っても、呼ばれるとすぐ出ていくし。

それで帰ってくるの、夜中の一時とかでしょ? しかも、バタンキューだし。

作るの辞めようかと思ったの、一度や二度の話じゃない。

 

でも、まあ、初心に帰って、今日は作ってあげましょうか。お味噌汁。

ジャガイモと昆布(クーブ)黄大根(チデークニー)、しいたけ、それから豚の肩ロースでいいんだよね、勉?

(FIN)

 

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青春小説「サザン・ホスピタル」リンク先はこちらから。サザン・ホスピタル 本編 / サザン・ホスピタル 短編集

 

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