困ってる人の味方 ~信長の慈愛~ | ★織田信長の夢★ 鳴かぬなら 鳴ける世つくろう ほととぎす

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□■困ってる人の味方 ~信長の慈愛~■□


1575年(天正3年)6月       信長  42歳


この話は、信長が「山中の猿」と呼ばれている、身体に障害のある乞食のことを気に掛け、その者に施しをし、村人たちにも面倒を見てあげて欲しいと頼む、有名なエピソードである。

その信長の行動に、町の人々も、信長のお供の者たちもみんな感動して涙を流している。
このようなことが出来る領主は、今も昔もあまりいなかったのではないだろうか。

皆から疎外されているような民に対しても、平等に人を見る、信長の深い慈愛が感じられる逸話である。 


①現代語訳

『信長公記 巻八』

山中の猿にお情けを掛けられたことについて

この頃、憐情あふれる出来事があった。
美濃と近江の国境に山中という所がある。
その道のほとりに身体に障害のある者が雨露に打たれ、乞食をしていた。

信長は京都への行き帰りでその者を見て、大層不憫に思っていた。
「おおよそ、乞食というものは、住む所も定まらないものだが、この者はいつも変わらずここにいる。これには、どういう理由があるのか。」とある時、不審に抱き、その土地の者に尋ねた。

その土地の者は、その由来を答えた。
「昔、当地山中の宿で常盤御前を殺した者がおります。その報いにより、殺した者の子孫は代々身体に障害を持って生まれ、あのように乞食をしております。”山中の猿”というのは、この者のことで御座います。」と言った。

六月二十六日、信長は急に上洛することになった。
その多忙の最中、かの乞食のことを思い出し、木綿二十反を自ら用意し、供の者に持たせ、山中の宿で馬を止め、「この町の者は、男女を問わず出て来なさい。言い付けたいことがある。」とのお言葉であった。

一体どのようなことを言われるのかと、恐る恐る出て行ったところ、木綿二十反を乞食の猿に与えた。
土地の者たちは、それを受け取り、「この反物の半分を費用に充てて近くに小屋を作り、餓死しないように情けをかけてやって欲しい。」と言い付けた。

さらに、「近郷の者たちは、麦が収穫できたら麦を一度、秋の収穫後には米を一度、一年に二度ずつ、毎年、負担にならない程度に少しずつこの者に与えてくれれば、信長は嬉しい。」と仰せになった。

あまりのかたじけなさに乞食の猿は言うまでもなく、山中の町中の男女で泣かぬ者はいなかった。
お供の者たちも、身分の上下に関係なく、皆涙を流し、それぞれがみな猿にいくらか銭を拠出した。
そのありがたさは言葉にも尽くし難かった。

信長がこのような慈悲深さがあるが故に、神仏の加護があって、一門は末永く栄えるであろうと感じ入ったものである。



②書き下し文

山中の猿 御憐愍の事

さる程に、哀れなることあり。
美濃国と近江の境に、山中と云ふ処あり。
道のほとりに、頑(かたわ)者雨露にうたれ、乞食して居たり。

京都御上り下りに御覧じ、余りに不便(ふびん)におぼしめし、「総別、乞食は住所不定なるに、此の者は、何(いつ)もかはらず、爰にある事、如何様の子細あるべき」と、或る時、御不審を立てられ、在所の者に御尋ねあり。

所の者、由来を申し上げ候。
昔、当所、山中の宿にて、常盤御前を殺し奉り候。其の因果に依って、先祖の者、代々頑者と生まれて、あの如く乞食仕り候。山中の猿とは、此の者の事なりと、申し上げ候。

六月廿六日、俄に御上洛。
御取紛れ半ば、彼の者の事をおぼしめし出だされ、木綿廿端(たん)御手づから取り出だし、持たせられ、山中の宿にて、御馬をひかへさせられ、
当町の者ども、男女によらず、何れも罷り出で候へ。物を仰せ付けられ候はんと、御言葉候。

いかなる事をか仰せ出ださるべきと、難儀ながら、罷り出で候ところ、木綿廿端、乞食の猿に下され候。
所の者ども請け取り、此の半分を以て、隣家に小屋をさし、餓死せざる様に情を懸けて置き候へと上意候。

其の上、此の隣郷の者ども、麦出来候はば麦を一度、秋後には米を一度、一年に二度づつ、毎年心落(こころおち)に少し宛(ずつ)とらせ候はば、信長公御祝着なさるべしと仰せ出ださる。

忝さの余りに、乞食の猿が事は、云ふに及ばず、山中の町中の男女、袖をしぼらぬ者なし。
御伴の上下、皆落涙なり。
御伴衆何れもいずれも御扶持を加へられ、有り難き仕合せ、申すばかりもなき様体なり。

かくの如く御慈悲深き故に、諸天の御冥利あって、御家長久に御座候と、感じ申すなり。


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参考文献

・『信長公記  巻八』 太田牛一 著
・『現代語訳 信長公記』 太田牛一 著、中川太古 訳、中経出版、2013年


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