ルンペン放浪記

労働者のありったけ


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昨日は「マトリョーナの家」(ソルジェニーツィン)を家中かきまわして探し出した。数日前、東京新聞の田原牧がこちら特報部のコラムで「ひとりの義人なくして村は立ちゆかぬ」というロシアのことわざを引用していたからだ。

 

60歳のマトリョーナはボロボロの家にひとりで暮らしていて、粗末なものしか食べてはいないがしあわせそうだ。
ボロボロの家の中2階の材木をむしり取った戦争前の婚約者に橇で運ばれているとき、途中まで運んでやっていると、バックしてきた機関車に轢かれて死んだ。

 

それらのことをソルジェニーツィンはこう書いて締めくくる。

 

●だが、マトリョーナは、何も自分のものにしなかった・・・
家財をそろえようともしなかった・・・品物を買い、そのあとで、自分の命よりもそれを大事にするために、あくせくすることもなかった。

 

きれいな服をほしがろうともしなかった。醜いものや悪しきものを美しく飾り立てる服を。
自分の夫にすら理解されず、棄てられたひと。
6人の子供をなくしながら、おおらかな気持ちをなくさなかったひと。


妹や義理の姉たちとちがって、滑稽なほどばか正直で、他人のためにただ働きばかりしていたひと――このひとは、死に臨んでもなんの貯えもなかった。薄汚れた白山羊と、びっこの猫と、ゴムの樹・・・


われわれはこのひとのすぐそばで暮らしておりながら、だれひとり理解できなかったのだ。このひとこそ、ひとりの義人なくして村はたちゆかず、という諺にいうあの義人であることを。


都だとて同じこと。
われらの地球全体だとても。●

                                              ――訳は木村浩による。――

 

 

義人というのは、わたしのことばでいえばまっとうなひとということだ。
プラカードをぶら下げて、買い物に行ったり、留置所に、あるいは役所やスーパーに行ったりしているとまっとうなひとにときおり出くわす。

 


果たして、今年はどうなることやら。

10日は二番目の倅のことで弁護士との打ち合わせ、11日はさいたま裁判所川越支部だ。
追起訴があったのでその日で裁判は終わらない。あとは、ろくでもない長男にすべてをまかせて、19日から一月の間、かーちゃんとまたデンバーへ行く。

 

 

 

 

 

 

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