ルンペン放浪記

ルンペン放浪記

労働者のありったけ



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(先月土に戻った13歳のめす犬。)

 

 

 

 

これで何度目か。

孫娘が出来てからというもの、このところ荷物をいっぱい抱えて毎年冬と夏に行く。

 

こっちもひどい(まだ殺されずにすんでいるだけでも儲けもんだ)が向こうもやっぱりひどい。

物価はばか高いし、保育園も病院もおったまげるほどだ。

 

しかし、向こうに行けば、こっちでは決して手を出すことのないホタテや蟹、ニシン、キノコ類にありつける。

すれ違うひとたちの微笑や、ホームレスの笑顔にも。

放射能も電磁波も微量なら、モンサントも遺伝子組み換え食品も少ない。――それだけでもどれほどホッとすることか。

 

身のまわりのものを処分しつつ死を待っている日々だが、さて、今回も少しは元気をさずかって戻って来れるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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スターリンのことを手紙の中で髭のおやじと揶揄しただけで7年の流刑を貰う暗黒時代とまでは行かなくとも、なにやらそれに似たどす黒い政治といい、どうにもならない放射能の食い物といい、日々重くのしかかってくる8%の消費税といい、毎日のように襲いかかってくるろくでなしどもといい、この7年はいいことなんてこれっぽっちもありゃしない。

 

それでもなんとか爪に火を灯してジリピンの余生をやりくりしていると、歳のせいか、酒も煙草もめっきり減り、テレビもネットもすっかり見なくなってしまった。

要するに、何もかもがちっとも面白くないのだ。

 

森の小道や川辺を年老いた老犬といっしょにふらふらよろめきながら、この世の最後を思わせる悪政など屁とも思わずに生き延びている狸や狐、ハクビシンやかわいいカワウソ(月曜日に生まれて初めて見た!)や小さな花を見て、辺野古や飯舘村やデンバーや、ビル建築でどっさり歩合を稼いだ遠い昔の、あれこれを思い出して過ごす毎日だ。

 

すると、ときおりホームレスがやってくる。


友達づきあいしていたホームレスはあらかたあの世に消えたが(行方不明も何人もいるが、まちがいなくどこかの片隅で息を引き取ったことだろう!)、どんな災難にあっても、どれほど放射能にまみれても、どんなにいじめられても生きようという本能にめぐまれた人しか、今は生き残ってはいない。

 

彼ら彼女らのおかげで、わたしもなんとか70代の半ばまで生き延びてきたが、財布はもちろん、なけなしの体力も底をついてしまった。

 

もうどこにも行けやしない。

 

しかし、行けなくてもちっとも構わない。

 

やってきたホームレス達のチャリのパンクを修繕してやったり、貰ったりんごを分けてやり、ときにはなけなしの1000円札を奮発してやったりすると、それだけで泣いて喜ぶ彼らのやつれた顔形をこの目でしかと見るだけで十分だ。

 

それに、何十年も前から当地で政治活動に勤しんできた博覧強記のリベラルさんたちの隅っこに紛れ込んで、戦争なんてヤメロ! 原発なんてヤメロ!と、プラカードをぶら下げて、スタンディングしているだけで、それだけで十分すぎるほど十分しあわせだ。

 

 

 

 

それでも19日()から、「ガン病棟」上・下(ソルジェニーツィン)を持って、デンバーへ飛ぶ。

ひと月の間孫娘の世話を焼くためだ。

 

 

向こうは-13という。

今まで経験したことのない温度だ。

近くを流れるベアクリーク川の岸辺で陽気に暮らしている大勢のホームレス達がいる。

 

 

 

どんな風に寒いのか、目玉が飛び出るのか、それとも凍りつくのか、そいつをとても知りたいと思う。

-6℃は知っているが-13度とは?

果たして?

 

 

 

 

 


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昨日は「マトリョーナの家」(ソルジェニーツィン)を家中かきまわして探し出した。数日前、東京新聞の田原牧がこちら特報部のコラムで「ひとりの義人なくして村は立ちゆかぬ」というロシアのことわざを引用していたからだ。

 

60歳のマトリョーナはボロボロの家にひとりで暮らしていて、粗末なものしか食べてはいないがしあわせそうだ。
ボロボロの家の中2階の材木をむしり取った戦争前の婚約者に橇で運ばれているとき、途中まで運んでやっていると、バックしてきた機関車に轢かれて死んだ。

 

それらのことをソルジェニーツィンはこう書いて締めくくる。

 

●だが、マトリョーナは、何も自分のものにしなかった・・・
家財をそろえようともしなかった・・・品物を買い、そのあとで、自分の命よりもそれを大事にするために、あくせくすることもなかった。

 

きれいな服をほしがろうともしなかった。醜いものや悪しきものを美しく飾り立てる服を。
自分の夫にすら理解されず、棄てられたひと。
6人の子供をなくしながら、おおらかな気持ちをなくさなかったひと。


妹や義理の姉たちとちがって、滑稽なほどばか正直で、他人のためにただ働きばかりしていたひと――このひとは、死に臨んでもなんの貯えもなかった。薄汚れた白山羊と、びっこの猫と、ゴムの樹・・・


われわれはこのひとのすぐそばで暮らしておりながら、だれひとり理解できなかったのだ。このひとこそ、ひとりの義人なくして村はたちゆかず、という諺にいうあの義人であることを。


都だとて同じこと。
われらの地球全体だとても。●

                                              ――訳は木村浩による。――

 

 

義人というのは、わたしのことばでいえばまっとうなひとということだ。
プラカードをぶら下げて、買い物に行ったり、留置所に、あるいは役所やスーパーに行ったりしているとまっとうなひとにときおり出くわす。

 


果たして、今年はどうなることやら。

10日は二番目の倅のことで弁護士との打ち合わせ、11日はさいたま裁判所川越支部だ。
追起訴があったのでその日で裁判は終わらない。あとは、ろくでもない長男にすべてをまかせて、19日から一月の間、かーちゃんとまたデンバーへ行く。

 

 

 

 

 

 


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今年はひどかったが、それほど悲観していない。

2月に高知の高校時代からの、よたよたとして歩けない笠井という友人に会いに行った。また暮には行くぞ、といって別れたが戻ってきてから、おれの方が先に死ぬ、とても行けないぞと電話した。

それからデンバーにひと月行った。

それ以外は何もできなかった。

 

去年は高江や辺野古といろいろあったが今年は何もなかった。死にかかっているわんわんを散歩に連れていき、あとは地元のおかんたちと戦争なんてやめろのスタンディングをしていただけだ。

歩くときつい。

あちこちすると左足が動かなくなる。

死にかかりのわんわんの散歩も辛くなってしまった。

 

それで、昨日4年ぶりに病院で診てもらい、新しい山本という爺の医者にあれこれやって貰って癌ではなさそうだということになった。

その先生に言われた通り2か月ほど降圧剤を服用してみるつもりだ。

 

原発は安全だ、辺野古は猪突猛進、リニアもどんどん、と真逆のことをやっているおらたちの国は滅びそうだが、滅ばないね。

おれたちがいるんだもの。

 

 


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ブログもすっかり管理されてしまった。

 

まっとうなことを書くと突然封鎖される。チラシを撒くとこれ幸いと逮捕される。口コミしかなくなったが、それも共謀罪でぶち込まれるようになってしまった。

 

そういうとき、総選挙が行われている。

 

たぶん、戦争に賛成するろくでなしどもが、さらなるろくでなしを競い合ってピチピチ電気を放って大多数を占めるだろうが、そんなわけにいくもんか。

 

おらたちは戦争なんか嫌だね。

ごく、あたりまえのことだ。

戦争なんてあかんね。

 

 

 

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