うっほ菅原のごりら目線
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2018-05-22 00:00:15

俺の芸人物語62「男塾」

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俺の芸人物語62「男塾」

人生のモットーは行動あるのみ。

何か立ち止まり悩むときがあるといつもそう言い聞かせて、行動することのみによって得られる経験と、新しい景色に身を委ねて来た。

学生の頃は好奇心と勢いだけで生きていた気がする。

今になってみればその時の経験や友人は、今の自分を作ってる大きな成分の1つかもしれない。
しかし失敗なども重ねると考える事に重きを置くようになり、次第に次の一歩が踏み出せなくなる。考え過ぎて深くなるとネガティブな思考に陥り「やっても時間の無駄かも」なんて思うようになり始め得ない。

しかしまた挑戦を続けない限りは、古い自分の殻を破り、夢に辿り着くことは、夢のまた夢になってしまう。

学生の頃の気持ちを忘れずに自分にあれこれ制限をかけずに、どんどん突き進みたい。

それが思ってる夢の形とは違う場所に到達するとしても、夢を追う過程で満足出来なければクソくらえだ。

芸人になって壁にぶつかるたびにそう思えるようになっていた。

アームレスリング大会は右左共に一回戦に挑戦し、0.3秒で瞬殺されてしまった。

残るのはもっと鍛えて挑めば良かったという反省と、両腕のスジへの痛み、会場の「見掛け倒しだよ!」というヤジと笑い声だった。

しかし芸人としての仕事は全う出来たと思い満足していた。相方のマイクフォローもありコンビとして出来は上々だった。明日車のハンドルが握れないぐらいのダメージだと困るが、今日はそのまま打ち上げも兼ねて先方に抑えて頂いた南房総の太平洋が一望できるホテルへ宿泊する。
大会委員長が、大会運営の労いスタッフさんと交信会も兼ねて僕らを晩御飯に招待してくれたのだった。
スタッフの方々はみんな出場者でもあったので両腕がムキムキのマッチョマンだらけだった。聞けば地元の消防士が多く、他には地元で働き腕相撲の為に体を鍛えている、まさに一年の楽しみをそこに照準を合わせた筋トレだ!という屈強男子が勢ぞろい。
何より一番強そうなのが大会委員長で、190センチオーバー体重100キロ超級、このアームレスリング大会も三回連続右左優勝したので、出ると優勝しちゃうのでもう出ない事にしたというまさに男塾塾長江田島平八を実写にしたような、伝説の持ち主だった。

乾杯と同時に、キン肉マン達のお酒の勢いも眼を見張るものがあった。
相方がお酒飲めない分、杯は出場し秒殺された弱い若手お笑い芸人の俺に集中した。
「うっほさん!吉本の芸人ってギャラヤバイってほんとですか?」「うっほさん!なんでお笑い芸人目指そうと思ったんですか?」「うっほさん!尊敬できる先輩芸人って誰ですか?」
と、ありとあらゆる角度からよくある質問が飛び交ってきていたが、いつも通り返答を返していた。
この場合、仕事先のスタッフさんと言うことで当然失礼な対応は出来ない。
しかし同時に出場者と言うこともあり、昨日の敵は今日の友というかアームレスリングを通して絆がぐっと深まった気もしていて、しかも男子ばかりでほぼ男子校出身の俺としては居心地が良過ぎ気も大きくなってきていた。筋肉の触り合い、肩パン、腹パンなどが飛び交う男子校の先輩後輩のコミニュケーションにも似たやり取り。微笑ましかった。
そして筋肉の疲弊と共に酒の勢いも回りに回った。

その勢いで
「うっほ!酒飲めよ!おいうっほ!!!」

と、とりわけ20代前半の若いスタッフの1人が、周りの年長者達が出演者という来客への気遣いをしていたのを無視し、俺に荒く絡んで来た。
当然どこかで絡んだわけでもなく初対面だったので場の雰囲気を和らげる為に、

「いや、うっほて!呼び捨てはおかしいだろ!初めましてだし、俺の方が多分年上だぞ!」

と、ツッコミを入れた時だった。

「おい、今なんて言った…」

と、その場にいるトップの方、男塾塾長江田島平八風大会委員長が、静かな落ち着いたトーンでそう言ったのだった。
声質は天龍源一郎だった。

俺「いや、明らかに年下なにのに初対面で呼び捨てにするのおかしいでしょ!」

リーダー「その事を言ってるんだよ」

俺「なんですか?」

リーダー「お前はお笑い芸人だろ?そんなに俺たちよりエラくて上からガザガザガサガサ?」

俺「え?…」

リーダー「芸能界の事はよく知らないけどチヤホヤされるからって、俺の後輩に向かってその口の聞き方はおかしくないか?ってガザガザガザガザ。」

俺「いやただのツッコミですよ、ツッコミ」

リーダー「なんでもお笑いでやればガザガザガザゃないだろ」

俺「…」
その時点では黙る他なく、言ってる意味がわからなかった。怒られてる最中のこの聞き取り辛さは最も別の危険もはらんでいた。

リーダー「お前も一端の芸人なんだったら、呼び捨てにされた事ぐらいでいちいち腹立てるのはどうなんだ?どっちが立場上ガザガザガザだ?」

俺「…それはお客様です。」

リーダー「明石家さんまが、さんま!って呼び捨てされたら怒るのか?逆だろ?さんまって呼び捨てされるのが芸人としても本懐だろ?なのに呼び捨てされガザガザガザ、俺らのことを見下した様な発言するってのはそういう心持ちが気に食わないから、ガザガザガザガーザ、何も言わないでもう帰れ。ここの飲み代はいいから、もう帰ってくれ。」

言わんとする事がズシンと心に伝わり、帰れと言われた事がショックで立ち尽くしたが、相方がすかさず、

「すみませんでした!お前も悪かったんだから謝れよ!すみませんでした。」

と、謝る事を促して来たので事がどうあれとにかく平謝りした。

「こうなったらリーダーはもう聞かないから、ここは一旦部屋に帰られた方がいいかと思われます。」
と幹事をしていたスタッフさんが促してくれたので、その場を後にした。ついでに
「ああいう時のリーダーは酔って記憶が無いので多分明日には忘れてると思います。朝ご飯はリーダーのお店でご用意すると言っていたので、明日の朝8時にリーダーのお店に来てください!今日はお疲れ様でした。とても盛り上がっていい10周年が迎えられました。ありがとうございます。」

と幹事にフォローを入れていただき少しは救われたが、次の日の朝ご飯はやめとこうかと思うぐらいショックを受けてしまった。

しかし1日を通していとてもお世話になった方だし、もう一度次の日の朝謝ろうと思い床に就いたのだった。

翌朝、南房総の海は朝日が水平線から出てくる姿が綺麗に見えるほど見事に青々と晴れ上がっていた。

俺の気分はまだ沈んだままだったが、相方を起こしリーダーの経営する食堂に約束の時間に向かった。

「おはようございます!昨日はご馳走様でしたありがとうございました!」

「ゴバゴウ!腕筋肉痛じゃないか?」

「両腕取り外したいぐらい筋肉痛が酷いです。」

「ガガガ!そうか、朝飯大盛り食っていけよ!今日はアジのガザガザ定食ガザ。」

「昨日は飲みの席ですみませんでした。」

「お前らいつの間にか帰ってたな!俺は飲み過ぎて最後記憶が無いよ。」

一体どの辺から記憶ないんだろう。

「お前らいつか売れるかも知んねーから、サイン貰っておこうかな。食ってから色紙に書いてくれよ。いいだろ?」

「もちろんです!いつかじゃなく、すぐ売れたいと思ってます!」

「イベントの盛り上げ方もさすがプロの芸人さんだな。いつもより盛り上がったよ。ありがとう。」

「こちらこそありがとうございます。イベント白熱して楽しかったです!」

涙が出るぐらい嬉しい一言だった。

最終的にはあのタメ口事件の時の事は覚えてなさそうだったのも幸いだったが、リーダーは町の有力者でもあるので金輪際絶縁されたかと思って絶望しかなかったのだからホッとして、その場は気が緩んだからかご飯を三杯もおかわりしてしまった。

そしてそれ以来、打ち上げに行く時も芸人として見られてるという事を心に刻み、分け隔てなく失礼のない様気配りをする様に努力している。特にお酒の席は言葉尻ひとつ取ってもトラブルに繋がる。

苦い経験の全てが血となり肉となり俺を形成する一部になっていて、それでも怖がらず、懐に飛び込む精神を忘れずに心に正直になって「行動あるのみ」と言い聞かせて突き進むのだった。


続く。

2018-05-20 00:00:30

俺の芸人物語61「勝って兜の緒がゆるんだ夏」

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夏は好きな季節だ。

人一倍日焼けしやすい体質の俺は、外ではしゃぎまくったら冬前ぐらいまで黒さの後遺症が残る。

それは夏忙しかったという勲章になる気が勝手にしていた。
後々わかるのだが、全国の住みます芸人は他の芸人と比べると夏場2倍黒くなるというあるあるができるほど、外のイベントで直射日光の下、汗をかきながら地域の方々と協力しあって早く馴染もうと努力しているという事を黒さで体現しているに他ならなかった。

住みます初年度の夏は地域の特色が強い面白いイベントが盛りだくさんだった。

それに加えてどれもこれも初めて経験する事ばかりで、色鮮やかに鮮明に記憶している。

それぐらい毎回のステージに掛けていた。

茂原本納駅近くの吉井地区で行われた地域新聞社主催の枝豆とうもろこし収穫祭りでは、枝豆畑のど真ん中にテントを並べて、枝豆ととうもろこしの収穫し放題。畑しか無い場所に多くの車が訪れ農道は車がずらっと並ぶ景色になっていた。
畑では家族連れやカップルたちが競って、たわわに実った枝豆の苗やとうもろこしをこれでもかというほど収穫していた。
天気こそ曇り空で優れなかったが、中でもメインのイベントは「とうもろこしの早食い競争」という初めて聞く競争で、その盛り上げMCで呼んでいただいたのだった。
参加者は20名。10名づつ予選を行い、決勝は上位6名で行う。僕も参加者としてもエントリーして優勝を狙った。
結果、お笑いとして頑張る方向性を間違えて優勝してしまった。しかも圧倒的なスピードで綺麗に食べきっていた。
優勝した商品は「とうもろこし10本と枝豆3キロ」終わった途端、土砂降りになりイベント終了。テントに入ってても跳ね返りの雨でズボンが濡れるぐらいの大雨だった。
帰ってバンブーラウンジ満さんにお裾分けし、バーに集まった常連の皆さんと美味しく頂く。
「これって凄い特典ですよね!こっちとしてはいつでもウエルカムですから!」
「ダントツ優勝で、すぐ土砂降るって天に怒られてますよね〜」
「お笑い的には勝っちゃいけないでしょ!ハッハッハ!!!」
などヤイヤイ言われながら、戦利品の茹でトウモロコシと枝豆をつまみに日課のインターネット配信をしていた。

外房九十九里にある、スポーツではテニスに力を入れている白子町では、初めて行われるという「白子玉ねぎの早食い競争」がメインで行われる、白子元気祭りの盛り上げMCをやらせて頂いた。実行委員会の方々は、まだ若くイベントも地域の有志や仲間で立ち上げた初々しいメンバーで皆青地のTシャツに背中に「白子町」文字入りのお揃いのユニフォームが団結力を表しているように見え、千葉に来て初年度の僕らとは、これからイベントを大きくして知名度を上げていくという目的が完全に一致していたので、打ち解けるのも早く気合が入った。
リーダーがまだ若い女性だったので、イベント自体も女性目線の女性客ターゲットにしているようなキメの細やかな配慮の行き届いた対応は楽屋まで及んでおり、とても仕事がしやすい環境で期待に応えなくてはと感じた。

白子玉ねぎというのは、他の玉ねぎと比べると辛味が圧倒的に少なく甘みがある食べやすさが特徴だと地域の方々は口々に宣伝していた。
屋台には白子玉ねぎのブイヨンベースを使ったスープ、オニオンスライスを使ったマリネ、オニオンドレッシング、オニオンフライなど、まさに玉ねぎづくしの地域特色の強い食材が並んでいた。
玉ねぎの早食い大会はステージで行われる催し物の看板イベントだった。
参加者は15人にも及び、地域の早食い自慢の男性や好奇心旺盛な小学生、その中に俺も混ざっていた。
ゆくゆくはギネスの記録に挑戦するという事で1玉約30秒以内で食べきることにチャレンジしつつ、その日一番早く食べた人が優勝というシンプルなルール。
こういう他のイベントには無い変わった企画があるだけで芸人冥利につきる。ネタを披露する以上のプラスαの芸人力が引き出されるからだ。
参加するなら真剣にやらないと見てる周りは冷めてしまう。
第1回戦は男性7人で行われた。
向けられたマイクに「玉ねぎは丸かじりに限りますよ。優勝します!」
と嘯きその場の笑いは取ったものの、実際スタートし玉ねぎにかじりついてみると思いの外辛みが鼻をつき、涙が溢れでる。
「うちの地域の玉ねぎは生でスライスして食べると甘いのが特徴なんですよ。辛味なんか一切無いですよ。」
脳裏にその言葉がよぎったが、とめどなく涙が溢れ、口の中は玉ねぎの匂いが充満する。
一度感情と味覚を捨て、りんご貪る速さで玉ねぎを食い切った。
「1分03秒」
他の挑戦者を見渡すと、途中で戦意喪失し一口食べたきり空を見上げる男たちの姿。中にはトイレに駆け込む者もいた。

気がつけば断トツ一位、というか不戦勝のような感じで予選を突破。
決勝ももう一度、味覚と感情を殺してチャレンジ。辛酸を10年舐め続けている芸人は火事場のクソ力というか忍耐力が培われている。

空気も読まず、優勝してしまった。

その辛さを味わっていた挑戦者達には拍手喝采で迎えられたが、お客さんの眼差しは祝福よりも同情して辛そうな顔をして優しく見守られてたように思う。

優勝商品はなんと、白子玉ねぎ10キロ。

思わず我慢していた辛さが一気にこみ上げ、トイレに駆け込んでしまった。

その後、玉ねぎ10キロはご近所さんやお世話になっているお店にお裾分けさせていただき、自宅でスライサーに掛けて鰹節とだし醤油でとても甘くて美味しくいただいた。

他にも匝瑳市八重垣神社のお祭りのお笑いステージ後、屋台テントでフランクフルトを商工会青年部の皆さんと焼く仕事や、市内の植木を見てウォーキングするイベントでお客さん達と交流しながら完歩したり、赤ピーマンとマスカルポーネチーズを使った、めでたい紅白ピザを考案させてもらって居酒屋MAKIさんに置いて頂いたり、ご当地アイドルオーディションのMCで小学生ご当地アイドル結成から携わらせてもらったり、洗面器に入れられたかき氷を早食いし頭が痛くなる美味しい?仕事をさせていただき、濃厚な経験値を積み上げさせて頂いた。

初めて泊まりでの仕事をしたのもその頃で、南房総で年に一度開催しているアームレスリング大会がその年10周年という事で記念のMC兼出場者として抜擢して頂いたのだった。
楽屋には「ウツボ菅原 様」としっかりとした字体で書いて下さって歓迎してくれた。

この時点ではこの後、大変な事になるとは露知らず、ただただ怪我しないよう腕のストレッチをして来たるアームレスリング対戦を楽しみにしていたのだった。

続く。
2018-05-17 00:00:45

俺の芸人物語60「でたらめ」

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  黒豆の苗と落花生が勢いよく成長してきはじめ毎朝愛でるのが日課の楽しみになって来ていた。ホワイトボードに黒豆くんと落花生太郎くん、生子ちゃんの絵を描きマメにツイートしていた。
ようやく順調に行き始めてると感じていたのだが、周りに迷惑を掛け社会人としても常識を疑う恥ずかしい事が発覚した。

大家さんより相方づてに伝言が届き
「入室してから三ヶ月の家賃が未納になってるようだ。どうなっているのか?」
と伝えてくれとの事だった。

自分の生活が疎かになっていた。自分がしなければならない仕事に対しては全力投球で、日々バタバタしていたが、悪い意味で言うと無頓着でもあった。
収入は僅かながらではあったが生活できるギリギリはあったはず。引き落とされて無かったのか?と考えてみたものの、どんぶり勘定にしても酷すぎる誤差。明日中に払わないと次の日から退去してもらわないといけない、とまで付け加えられていた。
しかし家賃3ヶ月分といえばかなりの額。
引っ越す時によしもとからまとまった額借金し約2年給料天引きになっていたので、他から借金するのは返済も考えると計算上難しかった。
すぐさま、恥も外聞も捨て弟を頼った。弟は返事1つで無期限でその額を貸してくれると言う。

本当に心の底から情けない兄だと思った。

家族に借金する時に頭を下げ慣れてはいたが、5つも年が離れた弟には初めての事で絶対に止めようと思っていたが切羽詰まりすぎて他にいなかった。もう頭が上がらない。
弟が住んでいる東京の郊外の町まで車を飛ばし、近くのファミレスで落ち合った。
「兄ちゃん大丈夫?」と言われたが、その場を乗り切る気持ちで精一杯で、どんな言葉でも格好もつかないし、深刻な状況は伝わっており付け焼き刃の雰囲気を取り繕うことしか出来なかった。

弟は全力で応援してくれている。
その気持ちを裏切ることはできない。だから月に幾らかでも返していきたい。千葉に来てからアルバイトは一旦辞めていたのだが、返済と生活維持の為には新しいアルバイトを探さなければならない。

お笑い100パーセントで生きていきたいのに、アルバイトに時間を割かなければいけないジレンマ。

これはお笑いを始めて10年ずっと感じて来てどこかで理由を探しながら折り合いをつけている感情。

特技になるはず、エピソードになるはず、自分に投資する為、などなど、様々な理由を無理やり自分に言い聞かせてきた。

その代わり、お笑いに使える人生の時間を奪われている感覚があるのも事実。

結果、年月経っても中途半端なままダラダラ上手に両立を続けて来てしまっている。

千葉に来て、その状況を変えたくてお笑いの収入だけで食べていきたい、自分を追い込みたい気持ちだけが空回りして、家族や周りに迷惑を掛けていた。

節約の為とは言え、自炊する時にいつも情けない気持ちになる。お腹を満たす為の最低限の食事。質より、量。同じメニューのローテーション。安くたくさん食べれてお腹を満たされる方法は無限に開拓してきた。無駄な技術だ。

新しく始めたアルバイトは、新浦安にあるホテルで清掃とベッドメーキングの仕事。職場のほぼ全員がパートの主婦さん達だった。
宿泊客は夢の国の雰囲気を漂わせた人々。
50部屋ほどのシーツやゴミを片付け、新しい物と交換する。
夢の国を支える仕事として、こんな側面もあるんだなぁとなんとなく思っていたが、夢を与える側の仕事としては限りなく程遠く、それが一番現状の情けなさを感じる事が出来てハングリー精神を強くさせていたと思う。

同じ頃、自分のでたらめさが表面化してきて問題になる事が続いた。
アパートの空き駐車場に荷物の積み下ろしなどを兼ねて小一時間駐車する事があった。全ての駐車場は住人の契約で埋まっていたが、時間帯によっては車が出払って空いてる時もあったので「少しだったら良いだろう。誰かが言って来たらどけば良いか。」と気軽に思っていたのが後に仇となった。
ある日の朝車を駐車スペースに停め、仕事までの時間準備などで小一時間してから出発の為移動させた。すると後ろからクラクションを鳴らしながら黒塗りのライトバンが自分の車を煽って来た。窓を開けて手を出して路肩に寄せるように何か大声で叫んでいる。
アパートから出て1〜2分の出来事だったので驚き、路肩に車を停車した。
するとライトバンからはイカツイ若者が出て来て
「オタク、いつもうちの駐車場に無断で停めてるよな。毎日チェックしてるから。今回も停めてたから。何のつもり?オタクどこのもん?」
と凄い勢いで詰められる。咄嗟に
「すみませんでした。もうしませんので許してもらえませんか?」
と謝罪の言葉が出て来たが、相手の勢いが凄かったので後々大きな問題にならないか心配になってその場でうまくまとめれればと焦っていた。

「あんた知ってるけど、同じアパートの住人だよな。お笑い芸人だろ?知ってるぞ?」

「いえ違います。」

「嘘つくなよ。ゴールデンボーイズだろ?なんだよその嘘。バレるような嘘つくなよ。」

「いえ、違います。もうしませんので勘弁してもらえませんか?」

「嘘ついてるようなやつ信用出来ないわ。俺お前の相方の同級生なんだよ。お前その嘘、すぐバレるぞ。情けないな。そんなやつ誰が応援するんだよ。」

全てバレていた。
となると、芸人じゃないと言った嘘は本当に情けない。知ってて、我慢していたんだと思ったら本当に申し訳なかった。
しかし一度ついた嘘は其処で覆すことは出来ず
「もうしませんので許してください。すみませんでした。仕事なのでもう行きます。」

「逃げるんか!お前の相方にも言っとくからな!!」

「すみませんでした。」

相方の同級生の親が大家さんのアパートに、別の同級生が住んでいて、そのどちらにも迷惑を掛けている。

相方に合わせる顔がない。迷惑を掛けてしまってる。

隣の部屋からは苦情も出ている。

自分が災いの種とはいえ生活する事が本当に苦しかった。

前向きに解消できる事から取り組まないといけないとわかっていても、やりたい事を続ける為に起きている出来事。

その日の夜相方が「友達から凄い剣幕で連絡きたけど事実?」
「その通りだよ。凄い迷惑かけて申し訳ない。改めて謝罪する機会作れたらと思ってるよ。」
「幼馴染だから俺からも謝罪言っとくから。最初芸人じゃないって言ったの?」
「…咄嗟に問題になるって思って隠してしまった。」
相方はそれを聞き笑っていた。
「近くに住んでたら絶対バレるじゃん。隠したのは印象も良くないし!ただでさえ顔にインパクトあるんだから!」
と言って笑っていた。
「お前の相方って色黒くてゴリラみたいな奴だよな?って言われたよ!笑」

笑ってくれているのがせめてもの救いになった。そして幼馴染に悪い事したと思ったが、相方が心強く、唯一無二の仲間で居てくれる事が心の支えになった。

問題が起こってから判るのも遅かったが、相方は裏側では全力で俺のこともサポートしてくれているのが伝わってきた。

後日改めて菓子折りを持って相方と一緒に、駐車場の幼馴染に謝罪に行った。
あのとき怖かった隣人が笑いながら
「芸人だよな?って聞いた後、違いますってバレバレの嘘つくから、本気で怒ろうと思ったけど笑いそうになったよ!もう別に大丈夫だから。一声かけてくれれば駐車場使っても良いからね。友達みんな応援してるから。」
と、相方の顔を立ててくれ寛容に許してくれた。

相方にはとても申し訳なかったが、これらの事件のお陰で相方の頼り甲斐のある存在感と、2人でこれから誰も知り合いの居ない土地に乗り込んでいくときの心強さを、しっかりと感じれる出来事となった。


続く。
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