昔のエチケット手水~昭和四十年代まで実際に使われた商家のエチケット手水(チョウズ)~後編 | ユージーのブログ

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皆さんこんにちは雪

 

 

 

 

 

本日は、前回の落穂拾いの続き 昔のエチケット手水~昭和四十年代まで実際に使われた商家のエチケット手水(チョウズ)~後編をお届けいたします晴れ

 

 

(前編はコチラ

 

 

 

 

 

 

 

4.実際に使われていた手水用の水壺

 

 今回は「太田家住宅を守る会:パンフレットより 鞆町鞆の大商家「太田家住宅」の概要を紹介します。(原文のまま) 

 

■太田家住宅は、平成3年(1991)5月31日に重要文化財指定を受けた瀬戸内海を代表する建造物群です。建物は主屋や保命酒醸造蔵など9棟からなり、敷地の四方は道路で囲まれています。敷地の南東部に建つ主屋は、東側の道路を隔てて同じく重要文化財指定を受けた別邸「太田家住宅朝宗亭」と向かい合っています。


 建物の建築年代は、文書や日記、棟札などから主屋が18世紀中期、炊事場・南保命酒蔵が18世紀後期、北保命酒蔵が天明8年(1789)、東保命酒蔵が寛政7年(1795)、釜屋・新蔵・北土蔵が19世紀前期頃と考えられています。これら一連の建物は江戸時代中期から後期にかけて、保命酒屋中村家によって、家屋敷を購入しながら拡張、増築されてほぼ現在の規模になり、明治期に太田家が受け継ぎ今日に至っています。

 

 江戸時代、福山藩主である水野家の鞆町奉行に願い出て「家伝の薬法を以て焼酎製銘酒をつくり【十六味地黄保命酒】と名付けて製造販売」を始め、後に藩の御用銘酒屋となり繁栄します。幕末には公武合体派によって都を追われ長州に下る公卿らがここに立ち寄った事から「鞆七卿落遺蹟」として有名となりますし、江戸時代を通じての「朝鮮通信使」ゆかりの地です。(2017年には福禅寺対潮楼朝鮮通信使関係資料6点がユネスコ記憶遺産に登録されました)そんな事から、かの地には昔から文人墨客の訪問が後を絶たず、多くの来訪客をもてなした事が判ります。

 

 

 そんな時に重宝した「もてなしの心配りから生まれた手水桶(焼物の壺)」だったのでしょう。因みに、写真Aの奥が厠(かわや)です。エチケットとしてお客様は渡り廊下から手を伸ばして簡単に手水用の壺の木栓を外す事が出来ますが多くの場合、お客が席を立つと同時に女中さん達が気を利かせて何気に木栓を抜いていたのでしょう。心配りが憎いですネ。

 

 因みに壺は足元の腐朽への配慮から、木柱ではなく石柱の上に置かれています。

 

 

太田家住宅 正門

 

 

写真A 手水用の水壺

 

 

太田家住宅 住所:広島県福山市鞆町鞆 842

 

 

 

 

 

 

 

 

5.さいごに

 

 現代の「音姫(注-1)」の機能が 実は江戸から昭和にかけて既に製品として使われていた事の驚き!

 また、明治維新という大きな時代の変革の渦に巻き込まれた「保命酒製造中村家」が明治期にその家財を太田家に譲渡します。そして保命酒の製造も凡そ350年間の歴史に幕を下ろす事になりますが、この時に製造方法を限定公開しました。

 

 現在、鞆には4軒の「保命酒屋」さんがそれぞれ独自のブレンドで製造した「保命酒」を販売し、お互いしのぎを削っています。幕末には「西の保命酒、東の養命酒」(注-2)と言われ一世を風靡、ペリー提督にも保命酒が振舞われたともいわれている「逸品」です。

 

 是非一度、備後国福山鞆の浦を探訪して、太田家や澤村家に残る「エチケット用の手水壺」の見学と現代の「保命酒」の味を賞味してみてください。筆者「お勧め処」です。

 

 

 

 

 

注-1:「音姫」TOTO×マガジンハウス GREEN STORYより        

このユニークな商品は1988年に誕生。当時各地を悩ませた渇水がきっかけに、高まる節水意識に応えて商品化。以来「音消し」用の無駄な水削減に貢献。

 

 

注-2 : 幕末期「西の保命酒、東の養命酒」と呼ばれたものの、明治期に入ると保命酒は一気にその販売量を減らしていきます。丁度この頃、越後長岡の「機那サフラン酒本舗」が数百年の歴史を持つ吉澤家秘伝の薬草酒を醸造販売し【機那サフラン酒】と銘打って販売します。

尚、住所は新潟県長岡市摂田屋4-6-33 ですが現御当主にお伺いした処、機那(キナ)は地名とのことでした。

 昭和初期には海外にまでその販路を広げ吉澤家は財をなします。(特にハワイでは高評価だった)

この時期には「サフラン酒か、養命酒」と世間で喧伝されました。

(以下パンフレットより)

~ 因みに、現在では薬用ではなく、リキュールの扱いとなっていて、薬効をうたうことはできません~と明記されています。【児玉調】

 

 

 

 

 

(完)

写真・文責   児玉 博文

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔のエチケット手水~昭和四十年代まで実際に使われた商家のエチケット手水(チョウズ) いかがでしたかにひひ

 

 

 

「水洗トイレ」が一般に普及されたのはつい最近であることや、現在では数多く使われているエチケット製品の機能が古くから存在していたことに驚きましたビックリマーク

 

 

 

 

 

 

 

次回の落穂拾いもお楽しみに虹

 

 

 

 

 

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