昔のエチケット手水~昭和四十年代まで実際に使われた商家のエチケット手水(チョウズ)~前編 | ユージーのブログ

ユージーのブログ

ユージー技建㈱のスタッフブログへ
ようこそ!!


テーマ:

 

 

 

 

新年明けましておめでとうございます門松

本年もユージーブログをよろしくお願いいたします!!

 

 

 

 

 

 

本日の記事は、建築士 児玉博文の執筆連載『UGコラム~落穂拾い~』ですビックリマーク

 

 

2018年初投稿の今回は、昔のエチケット手水~昭和四十年代まで実際に使われた商家のエチケット手水(チョウズ)~をお届けいたしますニコニコ

 

 

 

 

 

 

 

 

昔のエチケット手水

~昭和四十年代まで実際に使われた

商家のエチケット手水~

 

 

 

 

 

1.はじめに

 

 我が国に「水洗トイレ」が一般に普及したのは、実はつい最近の事なのです。平成27年度の統計によれば全国下水道普及率は77.8%と発表されていますが、下水道が整備されていない地域でも「簡易型水洗トイレ完備」という所も増えてはいます。全国的に見てもその普及率はまだまだ低いと思います。因みに東京都下23区では平成24年の足立区を最後に漸く普及率100%を達成しています。

 今では死語となっていますが、便所の事を「雪隠(セッチン)」或いは「厠(カワヤ)」と呼んでいました。最近では「便所」という呼び方も余り聞かれなくなり「トイレ」と呼ばれる事が多くなってきたと思います。

 

 「厠(カワヤ)」の由来と資料に残る「問題点」について紹介します。奈良に都が作られた時の話ですが、この都を「平城京」と呼んでいます。近年目覚ましく平城京の発掘が続き、今まで判らなかった事が次々と発見され、古の生活状態が判明されつつあります。それらの成果を元に平城京の下水道事情について記します。

 

 平城京は敷地の形状が北に向かって低くなっていますから大極殿や内裏に向かって南から川が流れているのです。(この点が京都に築かれた平安京と根本的に異なっています)

 平城京では、区割りされた敷地内に幾つか用水路が引き込まれていました。この用水は、飲料水でもあり庭園の泉水にも使われましたし、別に排水路もありました。

 

 以下官庁街の発掘から判明した「厠」(以降トイレに統一)の状況です。道路脇の排水溝から各敷地内に用水を引き込み、この用水上に二枚の板を掛け渡しその上に乗って用を足していたのです。勿論、専用の小屋掛けがなされていたと思われます。従って、平城京のトイレは完全なる「水洗トイレ」だったのです。これが「カワヤ」の呼び方に定着していったとされているのです。

 別の資料には、平城京に住む人達の汚物の殆どが北に位置する内裏や大極殿に向かって流れ下る為、大極殿の周りは常に汚物の臭いに悩まされることになり非常に評判が悪かった事が記されています。

 

 

 

 

 

2.用を足した後

 

 用を足した後、手を洗う行為を指すと同時に「便所」を指す便利な言葉として使用されています。全国的に昭和中頃まで一般の民家には、縁の端にトイレが設置され、その扉の近くには水道の蛇口であったり水を張った石鉢やホーロー製の洗面器等が置かれ、併せて手拭き用の手拭が吊られていました。閑静な住宅街であればこれらのトイレを使用する際にどうしてもお小水の流れ落ちる音が響き遠くまで聞こえるものです。これについては気になっていてもどうしようもなかったと思います。その為の工夫として、大名家や大店(オオダナ)の来客用のトイレでは、手水後の水が流れ落ちるのを利用して「水琴窟(すいきんくつ)」に導き涼やかな音色を演出する粋な「雪隠」や「厠」も多くみられます。

 

水琴窟(すいきんくつ)とは・・・水琴窟は、日本庭園の装飾の一つで、手水鉢の近くに作りだした空洞の中に水滴を落下させ、その際に発せられる音を反響させる仕掛けで、手水鉢の排水を処理する機能をもつ。

 

 

 今回はトイレの水琴窟ではなく茶室前に設えられた茶人好みの水琴窟を紹介します。東京都杉並区荻窪にある角川書店の創業者の自宅 近代数寄屋造「角川源義邸(幻戯山房)」の茶室の前庭に設置されている水琴窟です。

 

幻戯山房茶室

 

手水

 

 

水琴窟

 

 

 

 

3.エチケット手水                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                        

 

 ~最近まで使用されていた大商家に伝わる手水~

 手水に設けられた水琴窟を“日本人の細やかな気遣い”と云えばそれまでですが、実際には「トイレ使用時に発生する使用音」の方が大きな問題なのです。戦後、京都に住んでいた作家 谷崎潤一郎の自宅の小便器の中には杉の苗木やヒノキの葉っぱを敷いていた事は有名です。これには使用時の消音と消臭効果を狙った実用的な効果も有りました。ただし、管理面から考えると維持費もなかなか大変だったと想像します。
(■谷崎は疎開直前に銀行預金の大半を換金しており、家族の体に現金を巻付けて疎開列車に乗り込んだ事や疎開中の贅沢な暮らし振りからして敗戦後、疎開地の岡山から京都に移り住んだ時点で相当の現金を持っていた。児玉調)

 では、手間をかけずに出来る対策にはどんな方法が有ったのでしょうか?広島県福山市鞆町鞆の大商家にその実例が残っていますので紹介します。

 

 

 手洗い用の水を入れる焼物の水壺の下部にある注ぎ口の「栓」(醤油樽や清酒樽の出し入れに用いられている物とは少し違っています)に注意してください。

        

樽用の「吞口栓」に似た木栓を取り付けた状況写真(閉・開栓)

手洗用水壺(閉)

 

鞆町鞆「澤村舩具店」内に展示

手洗用水壺(開)

 

使い方は、 

1.トイレを使用する前に「手水壺の木栓を抜く」

2.壺の中の手洗水が木栓に穿たれた小穴から勢いよく「弧を描いて飛び出す」

3.飛び出した水は下に敷いてある小石にぶつかり「水音を立てる」

4.この水音が鳴っている間に「用を足し」最後に「この水で手を洗う」

 

 

 

 

 

 

嘗ては幾つかの支店を持ち手広く商いをしていた澤村舩具店

 

 

 

 

 

 

 

つづく

写真・文責   児玉 博文

 

 

 

 

 

次回の後編もお楽しみに!!

 

 

-----------------------------

 

 

建築士 児玉博文の個人ブログ

↓↓ 『日本建築見聞録』はコチラ♪ ↓↓

http://ameblo.jp/hirofumikodama/

 

 

-----------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

ユージーさんをフォロー

ブログの更新情報が受け取れて、アクセスが簡単になります

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス