【ネタバレ注意】コジとオカ研とポゼッションのDybbuk BOX【追跡調査】 | BUSTA KRUPPIN'

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‪独立攻性実力主義。‬


テーマ:
『ディビューク』(Dibbuk.Dybbuk)




それは紀元後16世紀後半からユダヤ民話のなかでイディッシュ語で伝えられた悪魔で



古代ヘブライ語で『封じこめた霊(ディビューク)』と呼ばれ、その悪魔を封じたとされる箱(はこ)は実際に存在しています。



劇中では1920年代にポーランドで造られたとされる『ディビュークの箱』


撮影用に再現された箱に刻まれた文字はヘブライ語でしたが


箱の中のモノがささやく言葉はポーランド語だったようです
(劇場公開された本編ではそこまで翻訳はされてません)



冒頭部分で老婆が亡くなるシーンでは

"I will eat your heart."(英訳すると)

「おまえの心臓を食ってやる」




箱がエミリーにしゃべるところでは

"You are my friend.Emmmiilllyyyy."

「おまえはわたしの友達。エミリーーーー!」



エミリーが捨てられた箱を回収した場面

"Why are you running away from your Dad?"

"Emily you look rather beautiful today."

"I want to live inside you."

"May I live inside you?"
"I will be yours."


「どうしてパパから逃げるの?」

「きょうのエミリーはきれいだね」

「エミリーの中に入りたい」

「入っていい?」

「わたしはおまえのものになる」




って不気味なことを話していたんだそうで…(汗)






その木箱は 数々の宿主(やどぬし)?の元を 長い年月をかけてめぐりながら


記録に残るなかでは 2000年にオレゴン州でガレッジセールに出されていたのが分かっています



そもそも木箱は103歳で亡くなったポーランド人女性が(劇中のポーランド設定はここが起源)


移民としてアメリカに来た時、祖国から持ってきたもので

「木箱は絶対に開けてはいけない、私が死んだら箱も一緒に葬(ほうむ)って欲しい」

と家族にお願いしていたものだが


ユダヤ教の慣わしからそれが叶わず、処理に困った孫娘が遺品整理としてガレッジセールに出したらしいです


そのガレッジセールで 木箱は近所に住む骨董品(こっとうひん)収集家のケヴィン・マニスに売られました


しかしマニスが木箱を手にいれたその日から 超常現象が起きはじめ 体調も悪化し『不気味なこと』が続きました


マニスは2003年6月に箱をeBayと言うネットオークションに出品し

それを今度はミズーリ州の大学生 ヨシフ・ネイツケが140ドルで買い取りました



家の中の悪臭、害虫の蔓延(まんえん)、電気機器の故障、幻覚など


今度はネイツケの身にも『不気味なこと』が起きはじめます




2004年2月 ネイツケはネットオークションに箱を出品しました


その解説のらんには 箱を手にしてからのこれまでの不思議な出来事が書き添えられていました


「……最も気味が悪いのは、先週の火曜日に僕の髪の毛がぬけ始めたことだ。僕は20代前半で医者から血液検査に異常はないという結果を受け取ったところなのに…」と



2004年 2月9日
大学の博物館館長を勤めるジェイソン・ハクストンが 出品されていた箱を280ドルで落札し手に入れました


その後、ハクストンの身にも『不気味なこと』が多発したことで


それから約半年ほどで 『ディビュークの箱』がもつ呪い(のろい)の力がユダヤ新聞やフォワード紙などのマスコミに取り上げられ話題になりました



映画で紹介されてるのはロサンゼルス・タイムズ紙の記事
『Jinx in a BOX』で


その記事に触発された数々の評論や分析、特集が組まれました


コジはリアルタイムではでんでん気づかなかった(汗)



今現在は誰がその箱の所有者なのかは分からないけど

ネットには 本物の『木箱』が開放されてる写真もあり 仮に本当に悪魔がいたならば とっくにこの世界に解き放たれている訳ですね(汗)



木箱のなかには

2つの髪の束(たば)、御影石(みかげいし)、乾燥したバラのつぼみ、ゴブレット、小麦、コイン、燭台(ロウソクを立てる台)


そして ユダヤ教に伝えられる悪魔

『ディビューク』が入っていたそうです




ハクストンはブルックリンに住む正統派ユダヤ教の簿記係で

カバラを学んだ父親を持つレベッカ・エデリーの助けを借りました。


その木箱はもとは神聖なものだが 誰かが何らかの目的のために意図的に 霊魂のようなものを封じこめたのだと彼女は確信しています



考えてみると ユダヤ人は古来からその特別な存在ゆえに

迫害(はくがい)、虐殺(ぎゃくさつ)、弾圧され

土地を追われて来ました。(もちろんポーランドでも)


本来、博愛主義のユダヤ教の思想からしたら あってはいけないモノだけど


積年の恨(うら)みと禍々(まがまが)しい怨念(おんねん)をこめて 故意に仕掛けられた箱だとしたら それもまた恐ろしい。


そもそも ユダヤ人と日本人とでは 共通する部分が多い点から 日ユ同祖論(日本とユダヤは同じ祖先)とゆー説がありますが


ユダヤ教の歴史に詳しいラビの話では ユダヤの『失われた10支族』のうち土地を追われて東に向かったものが いまの日本人の宗教や文化、生活のルーツなのかもしれないと話します



特に不思議なのは

ユダヤ人のシンボルマークで国旗にも印される『ダビデの星』と

日本に古来からある古神道や陰陽道における『六芒星(ろくぼうせい)』のように

ユダヤ教と 日本古来の『古神道』とでも 共通する部分があります



移住民の意味をもつヘブライ人を起源にして ユダヤの宗教観は土地を追われ 大陸を東に渡り

各国でシンジケートをつくりながらシルクロードで絹(きぬ)ビジネスを生みます

その絹ビジネスで栄えるのが中央アジアにあった弓月(中国読みでクンユエ)という国で


やがて弓月の秦氏一族が万里の長城の重労働な建設を逃れて朝鮮半島へ、

そして当時 応神天皇が統治していた日本へと移住し日本の各地に神社仏閣を建立し平安京をつくりました


おそらくユダヤが仏教に影響を受けながら陰陽道を生み(ダビデの星→六芒星) 日本に渡り

日本に古くからある修験道と交わって 多神教(神は唯一のものではなく多くの存在が神だとする)である『神道』になった


のではないかと コジは考えます



実際 京都の祇園祭で
古代ヘブライ語で書かれた旧約聖書の文言が 日本古来からのお祭りや民謡に伝えられてたりもするのも

全てが秦氏の伝え広げたものだと思います


ここで関連サイトからコピペ



>朝鮮半島から渡来した秦氏は、日本の宗教文化や衣食住に大きな影響を及ぼすさまざまな貢献を行い、海外からは秦王国と称されるまでの権力を握りました。そして京都の周辺に多くの拠点を構え、優れた知識と高度な技術だけでなく、大きな経済力も誇示していました。
その卓越した政治経済力を活かして平安京の造営まで担い、皇室との血縁関係があることも知られています。
日本文化の礎を造った秦氏の功績は疑いもない事実であり、天皇家とも親密な関わり合いがあったにも関わらず、これまで日本の歴史教育において秦氏の存在がさほど重要視されなかったのはなぜでしょうか。
秦氏の出自をたどっていくことは、少なくとも日本人のルーツそのものについて考察することであり、その歴史的背景の解釈によっては、従来の定説に反する結論に発展しかねません。
また、皇室の血統や出自についても言及することにもなりかねないため、これまで多くの歴史家は公に議論することを躊躇し、学校教育においては踏み込んだ記述ができなかったと考えられます。


その秦氏のルーツはイスラエルで、中でも南ユダ王国のユダ族であると考えられます。
ユダ族は、国家を失った後、世界各地に離散し、それぞれの地域において、文化、教育、政治、経済面など多岐に渡り大きな貢献を成し遂げました。そしてどんなに離散しても、決して自国の文化、言語、宗教観を忘れることなく、世代を超えて自国民の生きざまを後世に伝承してきました。

だからこそ、2,600年も前に国家が滅亡しても、ヘブライ語は死語となるどころか、聖書を読むために不可欠な古代ヘブライ語として今日まで存続し続け、1948年にイスラエル国家が再建された際には、国語としてヘブライ語が復活を遂げたのです。
このような特異な文化を持つ民族であり、しかも痕跡を殆ど残さずに民族移動を続け、世界各地に土着してきたという歴史的背景を踏まえると、最終的に日本に定住したものとする秦氏の正体も見極めづらく、長年不透明のまま放置されることとなりました。

秦氏の正体とは、基本的には中国や朝鮮の文化圏において育まれたイスラエル系のユダ族です。そして大陸における長年の寄留期間を経て、中国大陸の文化を吸収し、現地人との混血もある程度は進んだとも考えられます。いずれにせよ、秦氏とは、中国や朝鮮の影響を多分に受けた西アジア系のユダ族、イスラエル人であり、漢民族や、韓民族ではないのです。

その秦氏は、秦の滅亡を機に、迫害を避けて朝鮮半島に移住し、日本へ渡来する直前まで朝鮮半島に寄留し、今度は韓流文化の影響を受けることとなります。
それが「魏志」において「辰韓人」と記載されている所以でもあります。

神の選民であるイスラエルの血は、長い年月を経て大陸文化によって育まれ、元来の卓越したイスラエル文化に古代中国大陸の優れた文化がブレンドしてさらに磨きがかかったことでしょう。
その研ぎ澄まされたように繊細な美的感覚を誇る独特の文化は、最終的にイスラエル系の秦氏によって日本に持ち込まれ、現在に続く日本文化の礎となったのです




~~~~~キリトリ~~~~~~


とゆー訳で 縄文時代末期から弥生時代にかけてアジアから日本に移住してきた多くの秦氏が

技術的にも高度な 今の文化的な日本の生活の基盤を築いただと考えられます


その拠点が当時 築いた平安京で ユダヤのシンボルマーク『ダビデの星』は陰陽道の『六芒星』としてつながり


妖魔とも称される『疫病』を絶つ形で

陰陽道はやがて 土御門神道(つちみかどしんとう)などに姿を換えながら

日本に『漢字』や『祭り』『冠婚葬祭』や『寺社仏閣』などとして形を残してきました




もちろん 良いものばかりがアジア・朝鮮から伝わった訳ではなくて

妖怪や妖魔、魔物などの存在をとらえる感覚も 古来縄文時代末期から伝えられたと考えられ


いわゆる 日本古来から考えられてきた 『オバケ』の類いも そもそもは大陸から伝わった文化やアングラなものからインスパイアされてるんだと思います




そー言えば コジの大好きな『うしおととら』でも

とら は中国の妖怪だったし 白面のもの も中国で暴れてたんだった


あと中国で話題になった 飛頭蛮(ひとうばん)は 頭だけで飛び交って 人々を食らいつく妖怪だった様で

うしとら作中では 日本ではそれが 夜道で人を襲うのを聞いて 神道の御門さまが箱に封じ込めて 上から要石(かなめいし)でフタをして 人々には
『絶対に開けてはならない』と注意

人々はそれを『餓眠様』と呼んで 世に解き放たれないように長年守り伝えてきた

って話がありました。



で、その後コジが調べると リアルに首を納める『首唐柩』(くびからびつ)だっけかな?

日本にあることを知ったのですよ



ポーランドで造られた呪いの箱がアメリカにたどり着くくらいだもん


秦氏の渡来した道から 日本にも呪いの箱がたどり着くのなんて たやすいことだろうね(汗)


と結論付けました★


邪気退散!!

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