今日は相川七瀬の「ParaDOX」から「a piece of memory」を聞いている。
近藤健二の「言語類型の起源と系譜(松柏社)」(以下「近藤論文」という)の論述の続きである。
17 具格的なものから能格主語へ
(f)介詞の「由」
(49)経過我們二人協商,一致同意離婚,離婚時的財産処理,由我們二人解決。
「私たちふたりは協議の末,離婚に一致して同意するにいたりました。離婚時の財産処理は,私たちふたりにて解決いたします。」
(50)她曾経幻想過自己有一個百里挑一的好丈夫,那丈夫一実薪就把全部鈔票交哈她,再由她蛤丈夫分配一定的花銷費用。
「彼女は夢想したことがある。百人にひとりと言えるほどの素敵な夫がいて,給料をそっくり渡してもらい,今度は彼女が定まった小遣いを夫に。渡してあげることを。」
(51)向本署報告的時間是在昨天夜里十一時十分前後,由発現者直接報告的。
「本署へ通報があったのは,昨夜の十一時十五分ごろでしてね。発見者が直接報せてきたんですが……」
「これらの例において「由」は原則的に省略可能であ」り,「「由」を省いても(49)では「我們二人」「私たちふたり」が,(50)では「她」「彼女」が, (51)では「実現者」「発見者」が主語であることに変わりはない」が、「中国語話者の言うところによれば, (50)において「由」を削除すると副詞である「再」の位置が変わるという」
「すなわち,「再由她」「今度は彼女が」が「她再」「彼女が今度」になるというのである」が、「このことは,「由」の要請によって「再」が文頭を占めていること,あるいは逆に「再」が文頭を占めることによって「由」の使用が促されていることを示唆している」
このように「、他動詞文において主語以外の要素が話題として文頭を占めるとき,別の成分が主語であることを明示するため,それに「由」が付加される」ことから、「由」は「他動詞文の主語標識すなわち能格標識である判断される」
(g)能格標識としての「由」の使用条件
「「由」の使用は,何が話題であるかによって義務的である場合と義務的でない場合とがある」
「(49)では目的語の「離婚時的財産経理」「離婚時の財産処理」が話題化されており,「由」の使用は義務的でない」が、「(50)では,副詞の「再」が話題として「今度は」といった意味を表しており,これを話題として文頭にとどめる限り「由」の使用は義務的である」
「また(51)は話題としての目的語が省略された例であり,ここでは(49)の場合と同様に「由」はあってもなくても構わない」
「「由」付きの主語を日本語で-gaを用いて訳すことはできても-waを用いて訳すことができない」ので、「「由」の使用条件は,他動詞文において主語以外の要素が話題として文頭を占め(ただし,省略されることもある),それに続く主語が話題化されていない場合に「由」を使用できる」のである。
「上記の(49)~(51)において「由」は原則的に省略可能であると述べたが,「由」を省略すると主語もまた話題として機能しうる」ので、「「由」の付かない主語は,それ自体も話題として日本語の-waに相当する意味を表しうるのである」
「由」付きの他動詞文主語が話題化されていない主語であるということ,すなわちそれを日本語に訳す際に-waではなく-gaが用いられるということは,それが焦点要素として「まさしく~が」「ほかでもない~が」という意味,あるいは「~ではなく~が」といった対比的意味を表す可能性を示唆して」おり、「「由」付き主語はそのような意味を表すことができる」が、「そのような意味を表すのに,焦点標識の「来」を伴う以下のような例がしばしば見受けられる」
(52)我是中文系講師倪吾誠太太,我来領月薪……他説了,以後由我一来領取……他把図章交給我了……
「私,中文科講師の倪吾誠の妻ですが,お給料を頂きに参りました……。主人に言われまして,これからは私が受け取りに伺うようにと……。主人は印鑑を私に渡してくれました……」
(53)「九・一三」林彪事件以後,是由他来解散這所監獄的。
「「九・一三」林彪事件以後,彼がこの監獄を解散させたのだった。」
(h)具格から能格へ
「「由」は「~により」という意味の介詞であ」り、「「~により」というのは,いわば具格的な意味である」が、「この具格的意味を表す「由」が、「能格標識となった過程を明らかにするには,まず最初に,「由」が自動詞文において「~から」「~で」「~により」などの意味で用いられるという事実を確認しておかねばならない」
(54)原子核由陽子和中子組成。
「原子核は陽子と中性子から成る。」
(55)樹由風雨刮倒了。
「木は風雨で倒れた。」
(56)門由爹和娘推開的。
「扉は父と母により開いた。」
「(54)~(56)の各文」は「話題と題述の関係を明示的に示すために「~是~的」という構文に変形でき」、「次は,そのような講文に変形した例である」
(57)原子核是由辰子和中子組成的。
「原子核は陽子と中性子から成る。」
(58)樹是由風雨刮倒的。
「木は風雨で倒れた。」
(59)門是由爹和娘推開的。
「扉は父と母により開いた。」
「(54)~(56)と(57)~(59)の文において「組成」「刮倒」「推開」は自動詞として機能しているが,中国語では自動詞と他動詞の形態上の区別は基本的に存在しない」ので,「それらと同じ形態を他動詞として用いることが可能であ」り、「副詞的要素として表されたものが他動詞文主語として表される」
(60)陽子和中子組成原子核。
「陽子と中性子が原子核を構成する。」
(61)風雨刮倒了樹。
「風雨が木を倒した。」
(62) 爹和娘推開的了門。
「父と母とが扉を開いた。」
「これらはSVOという語順のごく普通の他動詞文であるが,目的語が話題化されると次のように「~是~的」構文をとる」
(63)原子核是陽子和中子組成的。
「原子核は陽子と中性子が構成する。」
(64)椡是風雨刮倒的。
「木は風雨が倒した。」
(65)門是爹和娘推開的。
「扉は父と母とが開いた。」
「 (57)~(59)の自動詞文と(63)~(65)の他動詞文と」は「よく似ている」が、「まさにこの類似性によって,「由」を含む自動詞文が二つの方法で異分析を受けることにな」り、「異化と同化と呼びうる二つの変化が起こったのである」
(i)異化と同化
「まず異化現象について言うと, (57)~(59)の類が(63)~(65)の類との差を拡げ,その一部が受動文として異分析されるに至」り、「その結果として,「由」を明確な受動態標識である「被」に置き換えることが可能となった」
「もっとも,受動的意味を表すすべての場合に「被」の使用が可能になったというわけではな」く、「たとえば,中国語話者によると,以下の(66)の「送行」と(67)の「帯去」はそれぞれ「進められる」「連れて行かれる」という受動的意味を表すように認識されはするけれども, (66)については「由」を「被」に置換できないという」
(66)座談進行得比較表面,主要由健淡而又博学的代表団団長与徳方的几位学者進行。
「座談は比較的表面的に進行し,主に話し上手で博学な代表団団長とドイツ側数名の学者によって進められた。」
(67)他第一次去「民衆教育館」是在下学以後由一位高年級同学帯去的。
「「民衆教育館」へ最初に行ったのは,放課後,上級生に連れて行ってもらったときだった。」
「次に同化現象について言うと,(57)~(59)の類は(63)~(65)の類との差を縮め,その一部が他動詞文として異分析されるに至」り、「具格的な副詞句であったものが主語となり,話題としての主語であったものが話題としての目的語となった」
「こうして「由」は, (49)~(51)におけるように,他動詞文の主語標識,つまり能格標識と言いうるものに変質したのである」が、「この変化には何らの形態変化も伴っていない」
「具格的な「由」の能格的なものへの変化は,上述のとおり,「由」を含む自動詞文が話題化された目的語を文頭に据えた他動詞文と同化して「由十名詞句」が主語として異分析されることによって生じたと考えることができ」、「このように考えることによって,「由」付き主語が何ゆえに話題に次ぐ位置を占めるかが容易に理解される」
(j)「由」構文と話題
「「由」付き主語を含む構文,すなわち中国語の能格構文と言いうるような文において話題が文頭を占めるのは,その構文が(54)~(56)あるいは(57)~(59)のような自動詞文であったとき以来の性質であ」り,「そのような自動詞文では文頭を話題としての主語が占め」、「後にそれが目的語として異分析されることになっても,それはやはり話題としての目的語であった」
「このように,「由」の前に話題要素が置かれるのは今も昔も変わらない」が、「これを裏返して言えば,「由」は昔ながらの非常に限られた範囲で一種の能格標識として機能しているのである」
「もっとも「由」付き主語の前に目的語以外の要素を話題として置く用法は,話題としての目的語を置く用法から派生した新しい型であると言え」る。
「ところで,「由」付きの主語が話題とならないのは,その前身が具格的要素であったことによる」が、「そもそも具格的なものは話題にはなりにくいのである」
(k)「由」付き主語の使用範囲
「主語に「由」を付加できるのは他動詞文の文頭に主語以外の要素が話題として置かれ,かつ主語が話題でない場合である」が,「この原則は次のような名詞節の中では通用しない」
(68)北面壁上那幅由意大利記者照的周恩来総理的遺像,像框上挂了一条黒紗,両端垂落下来,搭在一盆没有生気的文竹上。
「北の壁にかかったあのイタリアの記者が撮った周恩来総理の遺影は,額縁に黒いリボンがかけられ,リボンの両端はだらりと垂れて,まるで生気を失った文竹の盆栽の上にひっかかっている」
「名詞節の中で話題に先行されることなしに用いられるこのような「由」付き主語の用法は,おそらく「由」の能格標識としての機能が確立してから生まれた新しい用法である」
ここまでの近藤論文の論述に異論はない。
近藤論文によれば、「「由」は「~により」という意味の介詞であ」り、「「~により」というのは,いわば具格的な意味である」が、自動詞文の「具格的意味を表す「由」が」、「受動文として異分析」されたり、「他動詞文として異分析され」たりして、「能格標識となった」という。
こうした近藤論文の指摘から、自動詞文から受動文や他動詞文が「異分析」によって誕生したことと、能格は具格から誕生したことが分かる。
そうすると、初期の現生人類の言語は、具格を持った自動詞文であったと考えられる。