親が自己否定しているのを幸せと思う子供はいないよね。

まずこの時点でなんか自己否定やめたほうがよさそうなのわかるよね。

 

自己否定って単なる癖だから治せる。

本質は否定できないくらい素晴らしいからさ。

 

 

もし自己否定したとしても、魂はそれも人生の楽しみの一つだと思って生まれてきているから、別にいいんだけどさ。

人生って絶対大丈夫だから。

 

でももしも自己否定する自分が今とても苦しいなと思うなら読んで。

 

 

私は子育てで胎教を実践し、その後深く学んでいくうちに思ったの。

 

 

子供が親を選んで生まれてくるのは、絶対的な事実。

この親の元に生まれたら、自分の思い通りの人生が送れるなって確信し、決めた。

 

 

親がどんな状態であろうと、それはその子の完璧な選択なのだ。

 

 

貧乏でも、不健康でも、美しくなくても、料理ができなくても、性格悪くても、わがままでも、男ったらしでも。いいのだよそれで。

 

 

それが必要な条件だから、その子はその親のお腹に入ったのだからそのままで完璧。

 

 

だからホッとしたらいい。

いいや!この私で。って。

 

 

無理に違う自分になろうと

こんな自分じゃダメだ!

もっと良い母親にならなくちゃ!

もっと尽くしてあげなくちゃ!

もっと大人にならなくちゃ!

 

 

なんて無理矢理違う自分を目指して苦労して、

すごい?(自分自身じゃない)自分になれないことに疲弊して

ああ!私は何てダメな人間なんだ!

とか自己否定する。

 

 

でもそれってさ、子供の期待裏切ってるし、

親を選んだ子供に対して失礼だよね。

そこにまず気づいて欲しい。

 

 

ただあんたが産んでくれたら完璧なのに、余計なことばっかしやがって!

あんたが好きなように生きててくれたら、それで完璧なんだよ!

なのに、こっちに力がないかのように無理な世話焼きやがって!!

こっちは勝手に成長できるってんだよ!

 

 

で不登校とかね。

ちょっとジャブ入れてみてんのね。親に。

 

 

私の娘たちも私がやりたいことしてる時は勝手に成長する。

でも逆に、私が自分のことを後回しにして、子供の心配して余計な世話を焼くと子供の心身が病む。

 

 

そうやって教えてくれてるんだよね。

これ「望む現実じゃないでしょ!」って。

本当はママ違うことしてたいでしょ。

何したいの???

望まない現実を見ると、望む現実がわかる。

 

 

こんなの嫌だ。じゃ~何がいいのか。

「嫌」の反対側にある望むものは何なのか。

それを人の目を気にせず自分のために実行した時、

気づけば子供の問題は治まっているんだよね。

 

 

でも自分のために生きることを遠慮していたら

いつまでたっても子供は「望まない現実」を見せつけてくれる。

それはいじわるじゃなくて、真剣だから。

母親に幸せでいて欲しいのだ。

無理しない状態はみんな幸せだから、幸せに戻って欲しいと言った方がいいかな。


子供の親に対する愛はすごいのだ。

自分を傷付けてでも親の幸せを実現させようとする。無意識に。



それが彼らのこの世の一番の目的だから。

親を幸せにしてないと、次に行けないんだって。

次と言うのはもちろん自分の為の人生。


だから子供に幸せになってほしかったら、親は自分を幸せにしちゃえばいいの。

 

 

自己否定している暇があったら、

自分のところに生まれてきた子供の勇気に拍手を送り、感謝しよ。親になれて幸せだよね。

子供はただ尊敬の眼差しで見守ったらいい。

所詮私たちより進化しているんだから、心配する必要なんかない存在。

 

 

そして自分自身もね。

この親に生まれた自分は完璧に成功している。

自分は、この親を選ぶことで、自己実現できることを知っていた。選び放題の中で一番の人を選んだんだから。

 

 

苦しい思い出もムカつく経験もみんな体験したかったんだよね。魂の次元の自分は。

だからもう材料は揃ってるんだし、自己実現するだけだよね。

 

 

最近人生が動き出して、それをすごく感じる。

自分って何にも付け加えなくても

ただ自分の欲に従って生きていればうまくいく。

自分って完璧なんだって。

 

ただ好きな事しているだけで完璧。

 

 

もちろん日々の生活には、ゲ!って思うこともある。

でもそれを乗り越えるのも楽しいし、乗り越えるたびに自分が大きく逞しくなっていくのがわかるからとっても幸せ。

 


私達は不完全から完璧に変化するのではなく、

もともとある完璧が拡張する存在なんだよ。

宇宙と同じジャ〜〜〜ん!!!

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