『コクヨの結果を出すノート術』コクヨ株式会社 三笠書房 | 本の虫の生態記録

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キャンパスノートでおなじみ。

日本で一番ノートを売っている

社員たちのノートとは?

学生時代にお世話になっている方は多いでしょうね。
と言いながら
漫歩は中学からマルマンのルーズリーフでしたので
あまりピンとこないのだけれど
今はコクヨの歴史的定番の野帳でお世話になってます。
あ~それからカウネットなんかもね。
 
さてさて、まず最初にディスちゃうのね。
この本のタイトルどうですか?
あまりにも普通すぎると思いませんか?
コクヨっていう企業を表しているいるとしたら
正解なんだろうけれど
カターイ!と私は思います。
漫歩がタイトルをつけるとしたら
『コクヨ社員のノートの奥義』
『ノートを一番知っているコクヨのノートメソッド」
とかつけると思います。
普通すぎて読者にアピールできてないと思う。
しかも「結果を出す」なんていう一般のサラリーマンが
聞かされている、言わされているウンザリ言葉なわけで
ひいちゃうんじゃないかと思うわけです。
 
コクヨのイメージは
良くも悪くもそういう固いイメージ。
商品もそのイメージ。
漫歩も愛用している野帳もカラーバリエーションが変わらない。
最近は少しずつ出てきたけれど
推してこない。
最近はやりのロルバーンみたいにバリエーションを増やせれば
漫歩は確信するんだけれど
世界で爆売れすると思いますよ。残念。
 
さて前置きが長くなってしまった。
「ノートする」という作業は
小学校時代から迷走してました。
まず、低学年。先生より「汚い」と漫歩のノートを否定される。
キタナイは低学年の子供にとって最低の貶し言葉ですよ。
もうそれでノートする行為のメンタルなくしました。
中学年では、自分の勉強のための、自分だけのノートなのに
定期的に第三者である先生に提出させられ、評価されるという不条理。
またまた「汚くて読めない」との小言。
漫歩自身が読めればいいわけで
先生が読めなくても何か問題があるのか?
漫歩のノートで先生が日常勉強するのかと問えば
「素直になれ」とかはぐらかす。
もう仕方なく先生に評価されるだけの
自分にとって何の意味も持たないノート作品を書くようになる。
工夫なんかしないよね。
そして高学年
担任の女性教師がどうやら社会授業が苦手らしく
授業時間いっぱいに板書したものをノートしろという
かみ砕いた説明いっさいなし、
「ノートに書きて覚えるしかないのだ」というわけわかんない授業で
退屈で退屈で、そのプロテスタントもあって
板書とは全く違う図や絵を多用したノートをしていたら
「どうして、私の言うことが聞けないのだ」
と怒り出したので
「私は先生と違って、字を書いて覚えるのが苦手なので
図や絵を書いて覚えるほうが得意なんです」
と言ったらテストの成績はこの時抜群に良かったのに
通信簿は下げられた。
こんな仕打ちをされてノート術に興味をもつなんてこと
できるわけがありませんよ。
だから、今こんなにノートに対する考え方のバリエーションがあり
それを覗き見れるっていう幸せはあります。
こういう本があの当時あったらなぁと
読ませていただきました。